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待ち受けるもの
第140話 双紅 ~マドル 5~
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麻乃を手に入れたことに安堵して、鴇汰とリュの最後を見届けなかったのは失敗だった。
リュが無事ということは、鴇汰も無事でいる可能性がある――。
ロマジェリカに渡ってきた船には手を回しておいた。
この大陸から誰の手も借りずに泉翔へ戻るのは不可能だろう。
マドルたちが泉翔侵攻に出ても、鴇汰がそれまでに戻るとは考えられない。
これ以上、泉翔の防衛力があがってしまうはずもないし、必ずしも無事だとは限らない。
あくまで仮説だ。
とはいえ、今、ここでリュに余計なことを話されては、波乱が起きるのは明らかだ。
(なんとかしなければ……)
背後から視線を感じて振り返ると、麻乃まで表門に出てきていた。
なにも感じていないのか無表情でありながらも、その視線は徐々に近づいてくるリュに向いている。
リュを乗せた馬がゆっくりと門をくぐり、その目がまずジェを見た。
そのまま視線をマドルへ移すと強く睨み据えてくる。
後ろにいた麻乃に気づくと、リュの表情がさらに険しくなった。
強く手綱を引いたせいで馬がいなないて前足を大きくあげ、リュはドサリと馬から落ちた。
立ちあがって歩き始めたリュの動きが鈍い。
誰もそのことには気づいていないようで、ジェが歩み寄っていくのを側近たちも黙って見つめているだけだ。
気に入っていた男が帰ってきたと喜んでいるのが手に取るようにわかる。
「――良く無事で戻ってくれたわね」
「ジェさま、そいつは――」
あと数歩でジェに手の届く位置まできたリュはフードを取り、マドルを睨んだままそういうと、急に咳き込み、何度かむせた。
直後、大量の血を吐いた。
噴水のように口から吐き出された血が、足もとを真っ赤に染めて血溜まりを作っている。
正面にいたジェの真っ白なドレスの裾に血しぶきがはね、ジェは顔色を変えて飛び退くと、今にも倒れそうなリュには見向きもせずに叫び声をあげた。
「ちょっと! 私の服に血がついたわ! すぐに着替えるから新しい服を用意してちょうだい!」
きびすを返して側近たちのもとへ戻ってくるジェの顔は、明らかに嫌悪感を剥き出しにしている。
一時は麻乃に突っかかってまで心配する素振りをみせていたのが、一変して興味をなくしたような態度だ。
あれほどに大量の血を吐いては、もう持たないだろう。
どんなに気に入っていても役に立たなくなった男は必要ないということか。
ともあれ、この状況ならばリュに余計な話しをされる心配もなさそうで、マドルは内心、胸を撫でおろしていた。
ふわりとマドルの左側を弱い風が通り抜け、ジェからリュへと視線を戻した。
膝から崩れて倒れたリュの体を支えたのは、意外にも麻乃だ。
小柄なせいで支えきれなかったのか、血溜まりにぺたりと座り込み、その膝にリュの頭を乗せて抱きかかえている。
力なく伸ばしたリュの手が麻乃の髪に触れ、麻乃はリュの顔に耳を寄せた。
その光景にいいようのない苛立ちを感じる。
数分そうしていたあと、パタリとリュの手が落ちた。
恐らく事切れたのだろう。
麻乃は力強くリュの体を抱き締めてから空を仰いで小さなため息をついた。
「……待ちなよ。この人はあんたの大事な人だったんじゃないのか?」
側近に囲まれ、城へ戻っていこうとしているジェの後姿に向かい、麻乃は低い声で問いかけた。
しきりにドレスの汚れを気にしているジェは、話している時間も惜しいとでもいうように、振り返りもせずに答えた。
「だったらなんだってのさ?」
「この人は……あんたに会うために、こんな体でここへきたというのに……」
「だから、それがどうしたってのよ! もう死んだんだろう? そんなやつに用はないんだよ! 服だけじゃなく足にまで血が飛んだわ! まったく、この私をこんなに汚してくれて……」
風が吹き、砂埃を舞いあげた。
顔にかかった髪を、血に濡れた手で掻きあげた。
麻乃の表情は、わずかに青ざめてみえる。
「この人はあんたの兵隊じゃないのか? それを……このまま放っておくっていうのか?」
「そうよ、私の兵の一人だ! だからどう扱おうが私の勝手だろう!」
忌々しげに振り返り、ヒステリックに叫んだジェは、麻乃の強ばった表情を見てニヤリと笑った。
「……ははぁ、あんたにとっちゃあ、そいつは特別な男だったわねぇ、ほしけりゃくれてやるわよ、死体で良けりゃあね」
見下したように大きな笑い声をあげて、そういった。
古株の側近数人も、それに合わせてニヤニヤとしている。
麻乃はリュのまとっていたマントを外し、血溜まりを避けて地面に横たえるとうつむいたままゆっくりと立ちあがった。
リュが無事ということは、鴇汰も無事でいる可能性がある――。
ロマジェリカに渡ってきた船には手を回しておいた。
この大陸から誰の手も借りずに泉翔へ戻るのは不可能だろう。
マドルたちが泉翔侵攻に出ても、鴇汰がそれまでに戻るとは考えられない。
これ以上、泉翔の防衛力があがってしまうはずもないし、必ずしも無事だとは限らない。
あくまで仮説だ。
とはいえ、今、ここでリュに余計なことを話されては、波乱が起きるのは明らかだ。
(なんとかしなければ……)
背後から視線を感じて振り返ると、麻乃まで表門に出てきていた。
なにも感じていないのか無表情でありながらも、その視線は徐々に近づいてくるリュに向いている。
リュを乗せた馬がゆっくりと門をくぐり、その目がまずジェを見た。
そのまま視線をマドルへ移すと強く睨み据えてくる。
後ろにいた麻乃に気づくと、リュの表情がさらに険しくなった。
強く手綱を引いたせいで馬がいなないて前足を大きくあげ、リュはドサリと馬から落ちた。
立ちあがって歩き始めたリュの動きが鈍い。
誰もそのことには気づいていないようで、ジェが歩み寄っていくのを側近たちも黙って見つめているだけだ。
気に入っていた男が帰ってきたと喜んでいるのが手に取るようにわかる。
「――良く無事で戻ってくれたわね」
「ジェさま、そいつは――」
あと数歩でジェに手の届く位置まできたリュはフードを取り、マドルを睨んだままそういうと、急に咳き込み、何度かむせた。
直後、大量の血を吐いた。
噴水のように口から吐き出された血が、足もとを真っ赤に染めて血溜まりを作っている。
正面にいたジェの真っ白なドレスの裾に血しぶきがはね、ジェは顔色を変えて飛び退くと、今にも倒れそうなリュには見向きもせずに叫び声をあげた。
「ちょっと! 私の服に血がついたわ! すぐに着替えるから新しい服を用意してちょうだい!」
きびすを返して側近たちのもとへ戻ってくるジェの顔は、明らかに嫌悪感を剥き出しにしている。
一時は麻乃に突っかかってまで心配する素振りをみせていたのが、一変して興味をなくしたような態度だ。
あれほどに大量の血を吐いては、もう持たないだろう。
どんなに気に入っていても役に立たなくなった男は必要ないということか。
ともあれ、この状況ならばリュに余計な話しをされる心配もなさそうで、マドルは内心、胸を撫でおろしていた。
ふわりとマドルの左側を弱い風が通り抜け、ジェからリュへと視線を戻した。
膝から崩れて倒れたリュの体を支えたのは、意外にも麻乃だ。
小柄なせいで支えきれなかったのか、血溜まりにぺたりと座り込み、その膝にリュの頭を乗せて抱きかかえている。
力なく伸ばしたリュの手が麻乃の髪に触れ、麻乃はリュの顔に耳を寄せた。
その光景にいいようのない苛立ちを感じる。
数分そうしていたあと、パタリとリュの手が落ちた。
恐らく事切れたのだろう。
麻乃は力強くリュの体を抱き締めてから空を仰いで小さなため息をついた。
「……待ちなよ。この人はあんたの大事な人だったんじゃないのか?」
側近に囲まれ、城へ戻っていこうとしているジェの後姿に向かい、麻乃は低い声で問いかけた。
しきりにドレスの汚れを気にしているジェは、話している時間も惜しいとでもいうように、振り返りもせずに答えた。
「だったらなんだってのさ?」
「この人は……あんたに会うために、こんな体でここへきたというのに……」
「だから、それがどうしたってのよ! もう死んだんだろう? そんなやつに用はないんだよ! 服だけじゃなく足にまで血が飛んだわ! まったく、この私をこんなに汚してくれて……」
風が吹き、砂埃を舞いあげた。
顔にかかった髪を、血に濡れた手で掻きあげた。
麻乃の表情は、わずかに青ざめてみえる。
「この人はあんたの兵隊じゃないのか? それを……このまま放っておくっていうのか?」
「そうよ、私の兵の一人だ! だからどう扱おうが私の勝手だろう!」
忌々しげに振り返り、ヒステリックに叫んだジェは、麻乃の強ばった表情を見てニヤリと笑った。
「……ははぁ、あんたにとっちゃあ、そいつは特別な男だったわねぇ、ほしけりゃくれてやるわよ、死体で良けりゃあね」
見下したように大きな笑い声をあげて、そういった。
古株の側近数人も、それに合わせてニヤニヤとしている。
麻乃はリュのまとっていたマントを外し、血溜まりを避けて地面に横たえるとうつむいたままゆっくりと立ちあがった。
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