359 / 780
待ち受けるもの
第136話 双紅 ~マドル 1~
しおりを挟む
「――西浜だ」
「えっ?」
「あたしは西浜から入る」
ジェが完全に寝ついたのを確認してから、マドルは麻乃の部屋へとやってきた。
麻乃はもう仮眠から覚め、刀の手入れをしていた。
ロマジェリカには、泉翔のような刀の武器がない。
良く使われている剣とは手入れの方法に違いがあるのか、道具に不満を持っているようで、不機嫌な表情だ。
女官に水を汲んで持ってくるよう言いつけてから、マドルに目もくれようとしない麻乃に、泉翔へ向かう予定を聞かせ、資料の一部を手渡した。
本来の目的である泉翔侵攻の件に関しては話しを省いた。
あくまで麻乃が泉翔へ戻り、大陸侵攻を止める手助けをする……という名目を崩さずにおく。
泉翔を落とすとなると、麻乃は首を縦には振らないだろう。
今はそのことは伏せておき、向こうへ渡ったあと、麻乃のおりた浜以外から殲滅をさせていけばいい。
「泉翔には三カ所、上陸のポイントがありますね?」
「……」
その問いかけに、一瞬だけこちらに視線を向け、すぐにまた刀の手入れを続けている。
「ロマジェリカを出航するのは早くて一週間後……遅くても十日後になるでしょう」
「それで問題ない。無理を言っても仕方のないことは承知している」
「そうですか、それは助かります。船は南、北、西のどこへ着けましょう? 貴女の望む場所へ、多少の兵をつけて送り出しますが」
それに対して麻乃は、西浜だと答えた。
意外だ、と思った。
自分の出身場所は避けると思っていた。
その場所には守りたいものたちがいたはずだ。
「当日は兵力の分散を図るため、ほかの浜へも出兵させます。貴女の負担も少しは軽くなるでしょう」
フッと小さなため息が聞こえた。
麻乃は手にしていた刀を机に置くと、椅子の背に深くもたれた。
「確かに、うちの国の兵数はそう多くない。そうは言っても、一斉にかかってこられたら手加減のしようがない。分散させてくれるというのはありがたい」
「手加減をされるつもりですか? あんな目に遭わされたというのに……?」
「……全員が大陸侵攻を目論んでいるわけじゃないのかもしれない。それを企てているやつらを止めればいいだけで殲滅させるつもりはない」
「なるほど……確かに貴女の仰る通りですね」
これも意外だ。
問答無用で泉翔の戦士たちに向かっていくものだとばかり思っていた。
修治を取り逃がしている以上、向こうは持てる力のすべてを使って防衛の準備をしていることだろう。
それなのに手加減するつもりでいるとは……。
ジェが余計な手出しをしないように、マドルは麻乃とは別の浜から上陸する気でいた。
こんな温い思いで泉翔に渡って早いうちに怪我でも負われてしまったら?
そばにいない以上、すぐに対応することは難しくなるかもしれない。
といって麻乃についていると言えば、ジェも黙ってはいないだろう。
「なにか問題でもあると? それともあたしが泉翔を潰さないことが不満か?」
見透かしたような目で見つめられていることに、そう言われて気づいた。
確かに、本来の目的が泉翔を落とすことだと思い出す。
成すべきこと以外を優先して考えるなど、今までなかった。
なによりもまず、麻乃の無事を優先して考えた自分に驚いた。
「貴女が余計な殺戮を行わないことは承知しています。それに対しては、なんの問題もありません。ただ、手を抜いて万が一にも怪我を負わされることがあったら……」
「怪我……?」
「ええ、私はそばにいられないので、そのことが少々気になるのです。できるなら手加減などとは考えてほしくないものですね」
つと視線を窓の外に移した麻乃の表情に、不安の色が浮かんだ。
水を汲んで持ってきた女官に、ありがとうと言葉をかけてから、もう一度マドルを見た。
「てっきりあなたも、あたしと同じ船に乗ると思っていたけれど違うのか……?」
「ええ、私は南の浜から、と考えています」
「そうか……」
立ち上がり、窓辺に立った麻乃は、雲の切れ間に見える月を眺め、なにかを考えている。
妙に不安げに見えるのは、麻乃が怪我に対して過敏になっているせいだろうか。
泉翔にいたときも、傷を負って動けなくなることに対して、麻乃はひどい怖れとジレンマを感じていた。
強い回復術を使えるマドルが身近にいれば、動けなくなるような事態だけは避けられる、そう考えていたのだろう。
「えっ?」
「あたしは西浜から入る」
ジェが完全に寝ついたのを確認してから、マドルは麻乃の部屋へとやってきた。
麻乃はもう仮眠から覚め、刀の手入れをしていた。
ロマジェリカには、泉翔のような刀の武器がない。
良く使われている剣とは手入れの方法に違いがあるのか、道具に不満を持っているようで、不機嫌な表情だ。
女官に水を汲んで持ってくるよう言いつけてから、マドルに目もくれようとしない麻乃に、泉翔へ向かう予定を聞かせ、資料の一部を手渡した。
本来の目的である泉翔侵攻の件に関しては話しを省いた。
あくまで麻乃が泉翔へ戻り、大陸侵攻を止める手助けをする……という名目を崩さずにおく。
泉翔を落とすとなると、麻乃は首を縦には振らないだろう。
今はそのことは伏せておき、向こうへ渡ったあと、麻乃のおりた浜以外から殲滅をさせていけばいい。
「泉翔には三カ所、上陸のポイントがありますね?」
「……」
その問いかけに、一瞬だけこちらに視線を向け、すぐにまた刀の手入れを続けている。
「ロマジェリカを出航するのは早くて一週間後……遅くても十日後になるでしょう」
「それで問題ない。無理を言っても仕方のないことは承知している」
「そうですか、それは助かります。船は南、北、西のどこへ着けましょう? 貴女の望む場所へ、多少の兵をつけて送り出しますが」
それに対して麻乃は、西浜だと答えた。
意外だ、と思った。
自分の出身場所は避けると思っていた。
その場所には守りたいものたちがいたはずだ。
「当日は兵力の分散を図るため、ほかの浜へも出兵させます。貴女の負担も少しは軽くなるでしょう」
フッと小さなため息が聞こえた。
麻乃は手にしていた刀を机に置くと、椅子の背に深くもたれた。
「確かに、うちの国の兵数はそう多くない。そうは言っても、一斉にかかってこられたら手加減のしようがない。分散させてくれるというのはありがたい」
「手加減をされるつもりですか? あんな目に遭わされたというのに……?」
「……全員が大陸侵攻を目論んでいるわけじゃないのかもしれない。それを企てているやつらを止めればいいだけで殲滅させるつもりはない」
「なるほど……確かに貴女の仰る通りですね」
これも意外だ。
問答無用で泉翔の戦士たちに向かっていくものだとばかり思っていた。
修治を取り逃がしている以上、向こうは持てる力のすべてを使って防衛の準備をしていることだろう。
それなのに手加減するつもりでいるとは……。
ジェが余計な手出しをしないように、マドルは麻乃とは別の浜から上陸する気でいた。
こんな温い思いで泉翔に渡って早いうちに怪我でも負われてしまったら?
そばにいない以上、すぐに対応することは難しくなるかもしれない。
といって麻乃についていると言えば、ジェも黙ってはいないだろう。
「なにか問題でもあると? それともあたしが泉翔を潰さないことが不満か?」
見透かしたような目で見つめられていることに、そう言われて気づいた。
確かに、本来の目的が泉翔を落とすことだと思い出す。
成すべきこと以外を優先して考えるなど、今までなかった。
なによりもまず、麻乃の無事を優先して考えた自分に驚いた。
「貴女が余計な殺戮を行わないことは承知しています。それに対しては、なんの問題もありません。ただ、手を抜いて万が一にも怪我を負わされることがあったら……」
「怪我……?」
「ええ、私はそばにいられないので、そのことが少々気になるのです。できるなら手加減などとは考えてほしくないものですね」
つと視線を窓の外に移した麻乃の表情に、不安の色が浮かんだ。
水を汲んで持ってきた女官に、ありがとうと言葉をかけてから、もう一度マドルを見た。
「てっきりあなたも、あたしと同じ船に乗ると思っていたけれど違うのか……?」
「ええ、私は南の浜から、と考えています」
「そうか……」
立ち上がり、窓辺に立った麻乃は、雲の切れ間に見える月を眺め、なにかを考えている。
妙に不安げに見えるのは、麻乃が怪我に対して過敏になっているせいだろうか。
泉翔にいたときも、傷を負って動けなくなることに対して、麻乃はひどい怖れとジレンマを感じていた。
強い回復術を使えるマドルが身近にいれば、動けなくなるような事態だけは避けられる、そう考えていたのだろう。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完)聖女様は頑張らない
青空一夏
ファンタジー
私は大聖女様だった。歴史上最強の聖女だった私はそのあまりに強すぎる力から、悪魔? 魔女?と疑われ追放された。
それも命を救ってやったカール王太子の命令により追放されたのだ。あの恩知らずめ! 侯爵令嬢の色香に負けやがって。本物の聖女より偽物美女の侯爵令嬢を選びやがった。
私は逃亡中に足をすべらせ死んだ? と思ったら聖女認定の最初の日に巻き戻っていた!!
もう全力でこの国の為になんか働くもんか!
異世界ゆるふわ設定ご都合主義ファンタジー。よくあるパターンの聖女もの。ラブコメ要素ありです。楽しく笑えるお話です。(多分😅)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる