蓮華

釜瑪 秋摩

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待ち受けるもの

第136話 双紅 ~マドル 1~

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「――西浜だ」

「えっ?」

「あたしは西浜から入る」

 ジェが完全に寝ついたのを確認してから、マドルは麻乃の部屋へとやってきた。
 麻乃はもう仮眠から覚め、刀の手入れをしていた。
 ロマジェリカには、泉翔のような刀の武器がない。
 良く使われている剣とは手入れの方法に違いがあるのか、道具に不満を持っているようで、不機嫌な表情だ。

 女官に水を汲んで持ってくるよう言いつけてから、マドルに目もくれようとしない麻乃に、泉翔へ向かう予定を聞かせ、資料の一部を手渡した。
 本来の目的である泉翔侵攻の件に関しては話しを省いた。
 あくまで麻乃が泉翔へ戻り、大陸侵攻を止める手助けをする……という名目を崩さずにおく。

 泉翔を落とすとなると、麻乃は首を縦には振らないだろう。
 今はそのことは伏せておき、向こうへ渡ったあと、麻乃のおりた浜以外から殲滅をさせていけばいい。

「泉翔には三カ所、上陸のポイントがありますね?」

「……」

 その問いかけに、一瞬だけこちらに視線を向け、すぐにまた刀の手入れを続けている。

「ロマジェリカを出航するのは早くて一週間後……遅くても十日後になるでしょう」

「それで問題ない。無理を言っても仕方のないことは承知している」

「そうですか、それは助かります。船は南、北、西のどこへ着けましょう? 貴女の望む場所へ、多少の兵をつけて送り出しますが」

 それに対して麻乃は、西浜だと答えた。
 意外だ、と思った。
 自分の出身場所は避けると思っていた。
 その場所には守りたいものたちがいたはずだ。

「当日は兵力の分散を図るため、ほかの浜へも出兵させます。貴女の負担も少しは軽くなるでしょう」

 フッと小さなため息が聞こえた。
 麻乃は手にしていた刀を机に置くと、椅子の背に深くもたれた。

「確かに、うちの国の兵数はそう多くない。そうは言っても、一斉にかかってこられたら手加減のしようがない。分散させてくれるというのはありがたい」

「手加減をされるつもりですか? あんな目に遭わされたというのに……?」

「……全員が大陸侵攻を目論んでいるわけじゃないのかもしれない。それを企てているやつらを止めればいいだけで殲滅させるつもりはない」

「なるほど……確かに貴女の仰る通りですね」

 これも意外だ。
 問答無用で泉翔の戦士たちに向かっていくものだとばかり思っていた。
 修治を取り逃がしている以上、向こうは持てる力のすべてを使って防衛の準備をしていることだろう。

 それなのに手加減するつもりでいるとは……。

 ジェが余計な手出しをしないように、マドルは麻乃とは別の浜から上陸する気でいた。
 こんな温い思いで泉翔に渡って早いうちに怪我でも負われてしまったら?
 そばにいない以上、すぐに対応することは難しくなるかもしれない。
 といって麻乃についていると言えば、ジェも黙ってはいないだろう。

「なにか問題でもあると? それともあたしが泉翔を潰さないことが不満か?」

 見透かしたような目で見つめられていることに、そう言われて気づいた。
 確かに、本来の目的が泉翔を落とすことだと思い出す。
 成すべきこと以外を優先して考えるなど、今までなかった。
 なによりもまず、麻乃の無事を優先して考えた自分に驚いた。

「貴女が余計な殺戮を行わないことは承知しています。それに対しては、なんの問題もありません。ただ、手を抜いて万が一にも怪我を負わされることがあったら……」

「怪我……?」

「ええ、私はそばにいられないので、そのことが少々気になるのです。できるなら手加減などとは考えてほしくないものですね」

 つと視線を窓の外に移した麻乃の表情に、不安の色が浮かんだ。
 水を汲んで持ってきた女官に、ありがとうと言葉をかけてから、もう一度マドルを見た。

「てっきりあなたも、あたしと同じ船に乗ると思っていたけれど違うのか……?」

「ええ、私は南の浜から、と考えています」

「そうか……」

 立ち上がり、窓辺に立った麻乃は、雲の切れ間に見える月を眺め、なにかを考えている。
 妙に不安げに見えるのは、麻乃が怪我に対して過敏になっているせいだろうか。

 泉翔にいたときも、傷を負って動けなくなることに対して、麻乃はひどい怖れとジレンマを感じていた。
 強い回復術を使えるマドルが身近にいれば、動けなくなるような事態だけは避けられる、そう考えていたのだろう。
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