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待ち受けるもの
第132話 合流 ~レイファー 3~
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雨粒はあっという間に大きさを増した。
取り急ぎ雨を凌ぐために、岩場のかたわらにあった岩の窪みに身を寄せた。
本当なら腰を据えて話しのできる船の中が良かったが、長田たちはそれには難色を示した。互いの立場を考えれば、それも当然だろう。
三人は手際良く周囲から小枝を集めてくると火を焚き、それを囲って腰をおろした。
「わが国に残っている一番古い伝承には、大地をまとめあげるものとして、武王という存在について記されていた」
レイファーは身を守るために腕をあげるだけでなく、さまざまな知識も身につけようと文献を読み漁った時期があった。
この伝承に出会ったのは、そのころだ。
文字は薄れ、半ば風化してしまっていた。
それでも辛うじてすべての内容が読み取れた。
それだけ大切に保管されたものなのだろう。
当時から繰り返されていた略奪と殺戮に、平穏を願う小国の一人の男が立ちあがった。
周辺の国々を抑えつけず縛りつけず、少しずつまとめあげていった。
それがジャセンベル国の前身だ。
男は民に決して無理をさせず国を奇麗に治め、大きな信頼を得た。
国内が豊かになると、それに目をつけた近隣の国々からの侵略が始まった。
男は国をあげて対抗するも、複数の国を相手にするのは難しく止まることのない侵略に手をこまねいていた。
そのとき、紅い髪をした女が一人、男の前にあらわれた。
女は男の成そうとしていることに賛同すると押し寄せる他国の進軍をすべて蹴散らした。
その動きはまるで鬼が如く、剣を振るい、先陣を切って戦場を駆け巡り、まるで紅い華が風に舞うように鮮やかに映えた。
男の治める領土は次々に増えていき、その統率力と人柄で、やがて全土を手中に収めることとなった。
女は男とのあいだに子を生し、その後、戦いの中で命を落としたという。
一つとなった大陸には、平穏な時期が数年間続いた。
それは男の衰えと共に少しずつ弱まり、あるとき、謀叛人の手によって男の命が絶たれることになると、あっという間に国々は荒み、均衡の崩れた大陸は、四つの国にわかれた。
どの国も、男が治めていたころの豊かさだけは忘れられず、それを欲してまた争い、奪い合いを繰り返し、今に至る。
それ以後、紅き華の存在はジャセンベルにはあらわれていない。
次にあらわれたときには、紅き華は再生を図るものについていた。
そのときには荒れ果てた土地に豊かな恵みがあふれ、枯れた森は緑を取り戻したという。
たった一人の女の存在が、その能力で男たちの道を切り開き、いつでも高みへ押しあげた。
今、ロマジェリカに紅い華がいるということは、武王以外のどちらかが、ロマジェリカに存在しているとという証しだろう。
紅い華が選んで添っているのが燃やし尽すもののほうだとすれば、泉翔はおろか大陸の存亡に係わってくる。
だからと言って、このまま好き放題させて流されるつもりはない。
どこまでも抗ってやる。
そしてこの手で大陸に豊かさをもたらすため、この機に乗じて制覇に出ることを決めた。
そしてその暁には、レイファー自身の手で国を治めることも――。
「あんたの話しはわかった。泉翔に侵攻してくるわけじゃないってことも……泉翔じゃあ大陸と別れてからの文献しか残っていない。それでも、麻乃のあの家系は鬼神と呼ばれ、これまであらわれたのはすべて男だ。あんたの言う紅い華ってのは、やっぱり庸儀の女じゃないのか?」
「ですから言ったでしょう? あの女は偽物だと。あの髪も……自然のものじゃなく単に染めただけですよ」
「染めただけ?」
サムの言葉に、泉翔の三人が同時に声をあげた。
レイファー自身、偽物だとは思っていても、まさかあの赤髪が染めただけとは思わず、驚いてサムを見た。
「偽物とはいえ、なんらかの能力を持っているかと思ったが……それさえもないということか……」
安部の考え込む表情に、さっき問おうとした疑問を、また思い出した。
「……安部、長田があらわれる前に、なにか言いかけたな? 一体、なにを言おうとした?」
「あ……あぁ……あんたあのとき、華をかたどった痣を見たと言ったが、どこにあったと言った?」
「左腕だ。ヘイトの兵に袖を斬り落とされた、その左腕のここに、長田の肩にあるのと同じ形の黒い痣を見た」
長田に目を向けてから、レイファーは左腕の肘と手首のちょうど真ん中ほどを、右手で押さえてみせた。
「……おかしいな」
「ですよね、そんな場所にあれば、これまでに気づかないわけがないッスよ」
「あぁ、俺も見た記憶がねーよ」
安部は口もとをこぶしで覆うようにしてジッと考え込んでから、小声でつぶやいた。長田も長谷川も、腑に落ちないという表情をみせている。
取り急ぎ雨を凌ぐために、岩場のかたわらにあった岩の窪みに身を寄せた。
本当なら腰を据えて話しのできる船の中が良かったが、長田たちはそれには難色を示した。互いの立場を考えれば、それも当然だろう。
三人は手際良く周囲から小枝を集めてくると火を焚き、それを囲って腰をおろした。
「わが国に残っている一番古い伝承には、大地をまとめあげるものとして、武王という存在について記されていた」
レイファーは身を守るために腕をあげるだけでなく、さまざまな知識も身につけようと文献を読み漁った時期があった。
この伝承に出会ったのは、そのころだ。
文字は薄れ、半ば風化してしまっていた。
それでも辛うじてすべての内容が読み取れた。
それだけ大切に保管されたものなのだろう。
当時から繰り返されていた略奪と殺戮に、平穏を願う小国の一人の男が立ちあがった。
周辺の国々を抑えつけず縛りつけず、少しずつまとめあげていった。
それがジャセンベル国の前身だ。
男は民に決して無理をさせず国を奇麗に治め、大きな信頼を得た。
国内が豊かになると、それに目をつけた近隣の国々からの侵略が始まった。
男は国をあげて対抗するも、複数の国を相手にするのは難しく止まることのない侵略に手をこまねいていた。
そのとき、紅い髪をした女が一人、男の前にあらわれた。
女は男の成そうとしていることに賛同すると押し寄せる他国の進軍をすべて蹴散らした。
その動きはまるで鬼が如く、剣を振るい、先陣を切って戦場を駆け巡り、まるで紅い華が風に舞うように鮮やかに映えた。
男の治める領土は次々に増えていき、その統率力と人柄で、やがて全土を手中に収めることとなった。
女は男とのあいだに子を生し、その後、戦いの中で命を落としたという。
一つとなった大陸には、平穏な時期が数年間続いた。
それは男の衰えと共に少しずつ弱まり、あるとき、謀叛人の手によって男の命が絶たれることになると、あっという間に国々は荒み、均衡の崩れた大陸は、四つの国にわかれた。
どの国も、男が治めていたころの豊かさだけは忘れられず、それを欲してまた争い、奪い合いを繰り返し、今に至る。
それ以後、紅き華の存在はジャセンベルにはあらわれていない。
次にあらわれたときには、紅き華は再生を図るものについていた。
そのときには荒れ果てた土地に豊かな恵みがあふれ、枯れた森は緑を取り戻したという。
たった一人の女の存在が、その能力で男たちの道を切り開き、いつでも高みへ押しあげた。
今、ロマジェリカに紅い華がいるということは、武王以外のどちらかが、ロマジェリカに存在しているとという証しだろう。
紅い華が選んで添っているのが燃やし尽すもののほうだとすれば、泉翔はおろか大陸の存亡に係わってくる。
だからと言って、このまま好き放題させて流されるつもりはない。
どこまでも抗ってやる。
そしてこの手で大陸に豊かさをもたらすため、この機に乗じて制覇に出ることを決めた。
そしてその暁には、レイファー自身の手で国を治めることも――。
「あんたの話しはわかった。泉翔に侵攻してくるわけじゃないってことも……泉翔じゃあ大陸と別れてからの文献しか残っていない。それでも、麻乃のあの家系は鬼神と呼ばれ、これまであらわれたのはすべて男だ。あんたの言う紅い華ってのは、やっぱり庸儀の女じゃないのか?」
「ですから言ったでしょう? あの女は偽物だと。あの髪も……自然のものじゃなく単に染めただけですよ」
「染めただけ?」
サムの言葉に、泉翔の三人が同時に声をあげた。
レイファー自身、偽物だとは思っていても、まさかあの赤髪が染めただけとは思わず、驚いてサムを見た。
「偽物とはいえ、なんらかの能力を持っているかと思ったが……それさえもないということか……」
安部の考え込む表情に、さっき問おうとした疑問を、また思い出した。
「……安部、長田があらわれる前に、なにか言いかけたな? 一体、なにを言おうとした?」
「あ……あぁ……あんたあのとき、華をかたどった痣を見たと言ったが、どこにあったと言った?」
「左腕だ。ヘイトの兵に袖を斬り落とされた、その左腕のここに、長田の肩にあるのと同じ形の黒い痣を見た」
長田に目を向けてから、レイファーは左腕の肘と手首のちょうど真ん中ほどを、右手で押さえてみせた。
「……おかしいな」
「ですよね、そんな場所にあれば、これまでに気づかないわけがないッスよ」
「あぁ、俺も見た記憶がねーよ」
安部は口もとをこぶしで覆うようにしてジッと考え込んでから、小声でつぶやいた。長田も長谷川も、腑に落ちないという表情をみせている。
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