蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
342 / 780
待ち受けるもの

第120話 回復 ~鴇汰 3~

しおりを挟む
「鴇汰くんの使ったボートじゃ、とてもじゃないが泉翔まではたどり着けないだろう? 私が式神を使って一緒に行けば早く着くけれど、嫌なら送り出すだけでも構わないよ。そのぶんスピードが出せずに着くのも遅れるけれどね」

「嫌なわけがないだろ? 俺、ずっと言ってるじゃんか、泉翔で一緒に暮らそうってよ。叔父貴があの国を嫌ってんのかと思ったんだよ」

「別に泉翔が嫌いだなんてことはないよ。ただ、一つ所にとどまるのはどうも苦手でね。これまでは、どうしてもこっちにいる必要があったし……今、ちょうど向こうに用があるから一緒に行くと都合がいいんだよ」

「ふうん……」

 器を手にして一気に薬を飲み干すと、鴇汰はテーブルに両肘をついて頭を抱え、必死に気分の悪さをこらえた。
 眠気も感じるけれど、どうしても耐えられないほどではない。
 大欠伸をして両手で顔をさすり、頬を軽くたたく。

「どっちにしても戻るには叔父貴の手を借りなきゃ……俺にはどうにもできないんだし、一緒に行くってんならそれでいい」

「それじゃあ今夜から明日の昼までしっかり休んで、夜までに支度を済ませることにしよう」

 クロムは立ち上がって隣の部屋へ入り、数分して戻ってくると目の前に虎吼刀を置いた。

「虎吼刀……」

「川底をさらって探し出すのは大変だったよ。でもこれがあったほうがいいだろう? それから荷物も拾えたものをいくつか持ち帰ってきているよ」

「助かるよ。泉翔に戻ればほかにもあるけど、こいつが一番しっくりくるんだ」

 柄を握って感触を確かめながらそう言った。
 一度抜いてみようかと思った瞬間、背後から怒っているような焦りを感じて、鬼灯の存在を思い出した。

「そうだ、叔父貴。厚手の布か革、なんでもいいんだけどあまってないか? できれば少しばかり長めがいいかな」

「革? そんなもの、どうするんだ?」

「俺、鬼灯も連れていかねーと……鞘がないから、なにかで刀身を包んでいかなきゃあぶねーだろ」

 フン……とクロムは小さく鼻息を漏らしてから、鬼灯とその下の小箱を一緒に持ってきた。
 小箱の中から細長い筒状の革袋を出し、掲げてみせると苦笑いをした。

「そう言われるような気がしてね、簡単な袋を作っておいたんだ」

「ホントに? マジで助かるよ」

「でもねぇ、その刀は鴇汰くんのものじゃないだろう? どうも変な癖があるようだし、キミに扱えるのか?」

 心配そうに鴇汰を見ているクロムから革袋を受け取ると、早速、鬼灯をその中に納めた。

「やっぱそういうの、わかる? 正直、俺に扱えるかは自信がねーんだよな。けど……」

 コイツが必要になるんだよ、不意に言葉が口をついて、自分でも驚いた。

「……あれ? いや、でもなんとなく、そんな気がすんだよな」

「必要になる、か……鴇汰くんがそう感じるなら、それでいいのかもしれないな」

 クロムは立ちあがってテーブルの上の器や鍋を片づけると、さらに灯りを増やした。
 窓の外はすっかり夜の色に変わり、静まり返った中に風の通り過ぎる音だけが聞こえてくる。
 そういえば、泉翔に用があると言ったけれど、クロムが泉翔を離れて十七年も経つ。いまさら、なんの用があるというのか。

「なぁ、泉翔に用があるって、もしかして準備がどうこうってのと関係があるのか? あんた向こうで、そんなに親しくしてた人なんていたっけ?」

「そりゃあ……私だってそれなりに人付き合いくらいはあったよ」

「そうだろうけど、今、この時期に……」

 流しに立ったクロムは、鴇汰を振り返りもせずに洗い物を始めた。
 なにか手伝おうかと問いかけても、なにもしなくていいと言う。
 テーブルにうつ伏せて、窓に目を向けた。

(あさって……か……)

 麻乃を大陸に残して自分だけ泉翔に戻ることに、どうしても抵抗がある。
 けれど、みんなが言ったように修治になにか策があるのなら、それに乗ることで無事に救い出せるなら、今は戻るのが一番なんだとは理解している。

 テーブルに乗せたままにしていた鬼灯が、カタリと動いた。
 手を伸ばし、袋の上から柄を握ってみる。
 かすかに伝わってくる熱が、冷静になれと言っている気がする。

 癖があるというけれど、それを抜いてもコイツは自己主張が強すぎる。
 本当に扱えるのかと不安が過ぎった。

『今はおまえで我慢してやるよ』

 そんな言葉が聞こえてきそうなほどに強く、さらに熱がこもった気がして、つい含み笑いを漏らした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

【完結】妃が毒を盛っている。

井上 佳
ファンタジー
2年前から病床に臥しているハイディルベルクの王には、息子が2人いる。 王妃フリーデの息子で第一王子のジークムント。 側妃ガブリエレの息子で第二王子のハルトヴィヒ。 いま王が崩御するようなことがあれば、第一王子が玉座につくことになるのは間違いないだろう。 貴族が集まって出る一番の話題は、王の後継者を推測することだった―― 見舞いに来たエルメンヒルデ・シュティルナー侯爵令嬢。 「エルメンヒルデか……。」 「はい。お側に寄っても?」 「ああ、おいで。」 彼女の行動が、出会いが、全てを解決に導く――。 この優しい王の、原因不明の病気とはいったい……? ※オリジナルファンタジー第1作目カムバックイェイ!! ※妖精王チートですので細かいことは気にしない。 ※隣国の王子はテンプレですよね。 ※イチオシは護衛たちとの気安いやり取り ※最後のほうにざまぁがあるようなないような ※敬語尊敬語滅茶苦茶御免!(なさい) ※他サイトでは佳(ケイ)+苗字で掲載中 ※完結保証……保障と保証がわからない! 2022.11.26 18:30 完結しました。 お付き合いいただきありがとうございました!

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...