蓮華

釜瑪 秋摩

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待ち受けるもの

第118話 回復 ~鴇汰 1~

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 夜が明けて空の青が淡くなってきたころ、鴇汰は無理やりに起こされて例の薬を飲まされた。
 起き抜けであの味は、目を覚ますには十分過ぎるほど衝撃的な味なのに、どういうわけか意識を保っていられない。

 昼にもマルガリータがやってきて、体を起こして薬を流し込む作業を始めても、完全に目を覚ますことができなかった。
 夕方になって、ようやく完全に眠気が消えた。

 視線を動かして、部屋の中をグルっと見回す。
 時計はもうすぐ十七時になろうとしている。
 不思議と食欲が湧いてこないのは、おかしな薬のせいかもしれない。

 それでもずっしりと重かった頭が、今はスッキリしているところをみると、それなりに効果はあるんだろう。

(あんた最近、凄く寝るよね?)

 不意に麻乃に言われた言葉を思い出した。
 川岸でのあの日から、クロムは五日も経っていると言った。
 その間はずっと眠っていたわけだし、昨日から今日まででも、相当な時間を睡眠に費やしている。

 怪我をしていることや、疲れていることを差し引いても寝過ぎじゃないか?
 と思う。
 目が覚めると、横になっているのも退屈で起きあがって窓の外を眺めた。

 小屋から離れたところでクロムが三羽の鳥を放ったのが見える。
 そのあと、窓から見えない位置に歩いていってしまった。
 そろそろ夕飯時だから、小屋に戻ってくるのかと思って待っていても、ドアが開く音も人の気配も感じない。

(そういやあ叔父貴のやつ、時期のための準備がどうとか言ってたな……)

 鴇汰が寝ているあいだにも、その準備とやらをしているんだとしたら、それが一体なんなのかを知りたい。
 今も鳥を放っていたけれど、あれはきっと式神に違いない。
 とすると、三カ所も、一体どこに送ったというのか。

 鴇汰と麻乃を放ってまでやらなければならなかったことだ。
 納得のいく答えが引き出せなければ、絶対にクロムを許せない。

 キュルキュルと腹の虫が鳴き、鴇汰はベッドを抜け出すと調理場に行ってみた。
 部屋のドアを開けた途端に、ほんのりといい香りがしたので、もう夕飯の準備はできているんだろう。

「あれ? なんだよ……なんも作ってねーんじゃん……」

 奇麗に片付いた調理場には、今すぐに食べられるようなものはなにもなかった。

「絶対なんか作ってあると思ったのに」

 だったらこの匂いはなんなのよ……。
 一人ブツブツとつぶやき、それでもなにもない以上は自分でどうにかするしかない。
 この小屋には大きすぎる保存庫が堂々とスペースを占領している。
 今、なにがあるのか気になって保存庫の扉を開けた。

「なんだこりゃ……?」

 一人分にしては多過ぎる食材があふれている。
 もしかすると、鴇汰のためかとも思ったけれど、それにしたって量が多い。
 新しいレシピでも研究してるんだろうか?

 ともあれ、これだけの量があれば、空腹を満たすために少しぐらい使ったところでなんの問題もないだろう。
 とりあえず、見たことのある食材だけをいくつか取り出し、テーブルに並べた。
 時間がかからなくて簡単にできるもの。
 それから鴇汰は六日も食事をとっていないことを考えて、野菜のスープを作ることにした。

 適当に選んだ食材以外は保存庫に戻し、野菜だけでは物足りないから魚を足した。
 麻乃のことを思うと、こんなときにでも腹が減るのにさえ少し苛立ちを感じてしまう。
 それでも今は、早く体調を万全に整えなければならない。

(食えるときにはしっかり食って、明日の昼には絶対に泉翔に戻ってやる)

 どうやらクロムが作り置いていたらしい出汁を見つけ、小さめの鍋に移して温めた。
 野菜はできるだけ細かく刻み、魚をおろして小さめに切ると鍋の中に放り込む。
 煮立ったところで火を止めて、鍋ごとテーブルに運ぶと食器も出さずにそのまま食べた。

 しんと静まり返った小屋の中に、クロムの笑い声が届いた。
 外で誰かと話しでもしているのだろうか。

(そう言えば回復術を使うのに人の手を借りたとか言ってたな……)

 確か、前にクロムが住んでいた場所は、誰も立ち入ってこないような森の奥だった。
 今、この家がどんな場所にあるのかわからないけれど、多少なりとも他人と交流してるのかと思うと、ほんの少しホッとする。

 やけに明るい笑い声だ。
 あんな笑いかたをするんだから、それなりに親しくしているんだろう。
 食べながら、つい鴇汰までニヤリとしてしまう。

 バタンとドアが開き、クロムが戻ってきた。
 調理場に入ってきて灯りを点すなり、一瞬ひどく驚いた顔を見せたので、鴇汰も釣られて驚いた。
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