蓮華

釜瑪 秋摩

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待ち受けるもの

第115話 来訪者 ~岱胡 8~

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 翌日、まるで何事もなかったかのように西区へ移動をすると集まってきた各隊の代表や元蓮華たちと打ち合わせをした。
 各区で印を受けた一般人に関しては、それぞれの区の道場で対応してくれるということになった。
 その取りまとめは、尾形がするという。

 万一、敵兵が堤防を突破した際の注意点など、細かなことまで修治はしっかりと考えていた。
 岱胡には到底、真似のできない姿だ。
 これだけの準備をして、さらに明日のことも考えているんだろう。

 岱胡は明日の船の準備と持ち出す武器、どうしてあの鳥が自分の名前を知っていたのかということだけで、頭が一杯だ。
 生返事を繰り返していたせいで尾形からは拳骨を喰らい、修治には睨まれてしまった。
 打ち合わせが終わるとすぐに茂木を捕まえた。

「俺のアレ、どうなってる? ちょっと明日の夜、必要なんだよね」

「アレ……? あぁ、スコープですね、北にありますよ、増産ももう終わるから戻ったら返せます」

 そう聞いてホッとした。あれなら夜の月島の様子もハッキリ見える。

(こっちは二人だ)

 あの鳥はそう言ったけれど、それが本当かどうかの確認が離れた場所からできる。
 翌朝、茂木が北に戻る車に修治と乗り込み、浜でボートの手配をした。
 修治が周囲の様子を見たいと言い、夜になって少し早目に出発した。

 鳥が双子島の小島と言ったのは、泉翔では月島と呼び、大きい島のほうを枇杷島と呼ぶ。
 北浜から向かって手前が枇杷島、奥に月島と位置している。

「特におかしな気配はないな……大人数がいる様子もない」

 枇杷島を過ぎたあたりで、船首に立っていた修治がそう言った。
 ボートのエンジンを切って手動に切り替え、ゆっくりと月島に近づいていく。

 スコープで照準を合わせて停泊する砂浜を端からゆっくり眺めると、砂浜と森の境目に人影が二つ見えた。
 島の裏側へ続く岩場には小さめの船も確認できた。そこにも一つ、人影がある。

「修治さん、砂浜にはホントに二人しかいませんが、岩場の船にもう一人います」

「そうか……まぁ、一人くらい多かろうが、大した問題じゃないな」

「でも……」

「なんだ? 俺が高々三人を相手に遅れを取ると思うか? 怖いなら、おまえは船で待機していてもいいんだぞ?」

 船首を降り、隣に立って真っすぐに前を見据えた修治は、少しだけ皮肉ないいかたをした。

「行きますよ、行くに決まってるじゃないッスか! だって俺の名前が出てるんスよ? そりゃ……ホントは嫌だけど……俺も行きます!」

 覚悟を決めてそう言い切ると、修治がいつものように笑い、岱胡の頭をクシャクシャとなでてきた。
 いつも麻乃にしていたそれと同じように。

「良く言った。なにかあったときには、援護、頼むぞ」

「わかっています」

 相手の船の反対側にある岩場に船を繋ぎ、修治のあとについて砂浜へ降り立つ。
 スコープを頭に乗せるようにずらし、肉眼で人影を確認した。
 二人ともフード付きのマントをまとい、その顔までは見えない。
 こちらに気づいた二人が振り向き、嫌でも緊張が走る。

「二人か?」

「――そうだ」

「ふ……ん……本当に二人で出向いてくるとは……泉翔の人間は本当に温い……」

 その声に、岱胡は聞き覚えがあった。

(泉翔の人たちは本当に……温いというのは噂どおりか)

 ハッとして、声を殺して修治に訴えた。

「修治さん、アイツ……もしかして大陸の変な式神……」

「あぁ、間違いないだろう」

 修治の手が刀の柄を握っているのが目に入った。
 岱胡も腰に手を当てる。

「争うつもりはないと言ったはずだ」

 二人は被っていたフードを外した。
 見間違えということはない。
 これまで幾度となく目にした顔だ。

「レイファー……それにヘイトの軍師……」

 こちらを嘲笑うようにヘイトの軍師は、元軍師ですよ、と言った。

「ジャセンベルとヘイトは敵対していると聞いている。それが揃ってお出ましとはな……こんなところへ呼びつけて、一体なんの用だという?」

 二人の軍将を前に気圧されてしまった岱胡とは違い、修治は堂々とした態度でそう問いかけた。

「言ったはずだ、この国の女のことだ、とな……どういうことなのか聞かせてもらおうか?」

「――なんのことだ?」

「とぼけるのはやめていただきたいですね。紅い髪の女がロマジェリカに加担した理由ですよ」

 修治と二人、その言葉に顔を見合わせた。
 修治の表情は、これまでにない動揺を浮かべていた。
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