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待ち受けるもの
第107話 結界の中 ~鴇汰 7~
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「なぁ、鴇汰。おまえが泉翔に戻って修治さんに手を貸すことで、その最悪の事態を免れるんだとしても、それでも修治さんに手を貸すのは嫌なのかい?」
穂高の柔らかな口調は、鴇汰の気持ちを穏やかにし、冷静さを取り戻させる。
胸の奥でずっと引っかかっていた思いがスッと浮いてくる気がした。
「けど……俺は……」
「あーっ! ったく焦れったい子ねぇ。男の癖に『だって』『でも』『けど』ってそればっかり。もっとしっかりしなさいよ!」
「おまえ、本当は自分がどうするのが一番なのか、もうわかってんじゃねぇのか?」
見えていないのに、ベッドの横で四人が鴇汰をジッと見つめているのを感じる。
「……そうかもしれない。俺は麻乃が死ぬのだけは嫌だ。それを止められるんだったら、泉翔に戻る。そんで修治に手を貸す」
「良かった……鴇汰さんならきっと、そう言ってくれると思ったよ」
梁瀬がクスリと笑う。
「麻乃を死なせたりするもんか。俺が絶対に止めてみせる。あいつを助けるのは――俺だ」
「言うじゃないの。それならまずは二日間……しっかり怪我を治しなさいよね」
「そうだよ。そして万全の状態で、必ず麻乃を助けてやるんだ。鴇汰にならきっとできる……期待してるよ」
四人の声が急速に遠退き、ハッと目を開いた。
真っ暗な部屋でまだ目が開かないのかと思ったら、もうすっかり夜がふけていて部屋のドアの向こうからわずかに明かりが漏れている。
満足そうに笑っていた四人の声が、鴇汰の耳にしっかりと残っていた。
胸の辺りが変に温かいままで、その癖、体の節々がジワリと痛む。
「……夢、か?」
それにしては生々しい。
(まさか……まさかあいつら……逝っちまってるんじゃ……それで俺に逢いに来たんじゃ……)
言いようのない不安が押し寄せてきて、また涙がにじむ。
カタリとドアが開き、灯が点された。
眩しさに顔をしかめると、クロムが椅子に腰をおろし、問いかけてきた。
「さて、どうするか決めたかな?」
「あぁ。決めた。叔父貴のいうとおりまずは傷を治す。二日間、大人しくしてるよ。そんで泉翔に戻る」
「――そうか、良く言ったね。もしもキミがすぐに助けに行くことを選んだら、私はキミの記憶のすべてを奪い、なにもなかったことにして、ここでずっと二人で暮らすつもりでいたよ」
危なかった――。
(叔父貴ならきっと、本当にそうしただろう)
四人のお陰だ……そう思いながらまた泣きそうになり、グッとそれをこらえた。
クロムが指を鳴らすと、マルガリータが入ってきた。
その手にはまた、今度はさっきより大きなグラスで、あの薬を持っている。
「ちょ……ちょっと待てよ……」
「早く傷を治すんだろう? これは思いのほか効果がありそうでね。一日三回、きっちり飲めば元気百倍だ! そうだな、半日は早く良くなるだろう」
「半……そ、そりゃあ、ありがたいけど……こんな量……無理無理! だいたい、なにが元気百倍だよ! あんた馬鹿か!」
「私が馬鹿なんじゃない、馬鹿なのは鴇汰くんのほうだ。あぁ、もしかしたらこれは、馬鹿にも効くかもしれないな」
クロムは大声で笑う。
ギリギリと歯軋りをしてそれを睨んだ。
「叔父貴は昔っからそうだよ! いつもいつも、俺と穂高に変な真似ばっかしやがって、いい大人の癖にどこまで本気なんだ! 俺は――」
おもちゃじゃねーんだぞ!
そう言いかけたところで、マルガリータがグラスを押しつけ、薬を無理やり流し込んできた。
舌が、喉が、その味をしっかりと覚えていて、激しく拒絶している。
さっきとは別な意味で泣けてきた。
(くっそー! 絶対に仕返ししてやんなきゃ気が済まない!)
朦朧とした中、空になったグラスを見つめたクロムが、こんなものを良く飲めたもんだ、そうポツリとつぶやいたのが聞こえた。
「あとで覚えてろよ……」
かすれた声でクロムに向かってそう言うと、また抗えない睡魔に襲われて目を閉じた。
穂高の柔らかな口調は、鴇汰の気持ちを穏やかにし、冷静さを取り戻させる。
胸の奥でずっと引っかかっていた思いがスッと浮いてくる気がした。
「けど……俺は……」
「あーっ! ったく焦れったい子ねぇ。男の癖に『だって』『でも』『けど』ってそればっかり。もっとしっかりしなさいよ!」
「おまえ、本当は自分がどうするのが一番なのか、もうわかってんじゃねぇのか?」
見えていないのに、ベッドの横で四人が鴇汰をジッと見つめているのを感じる。
「……そうかもしれない。俺は麻乃が死ぬのだけは嫌だ。それを止められるんだったら、泉翔に戻る。そんで修治に手を貸す」
「良かった……鴇汰さんならきっと、そう言ってくれると思ったよ」
梁瀬がクスリと笑う。
「麻乃を死なせたりするもんか。俺が絶対に止めてみせる。あいつを助けるのは――俺だ」
「言うじゃないの。それならまずは二日間……しっかり怪我を治しなさいよね」
「そうだよ。そして万全の状態で、必ず麻乃を助けてやるんだ。鴇汰にならきっとできる……期待してるよ」
四人の声が急速に遠退き、ハッと目を開いた。
真っ暗な部屋でまだ目が開かないのかと思ったら、もうすっかり夜がふけていて部屋のドアの向こうからわずかに明かりが漏れている。
満足そうに笑っていた四人の声が、鴇汰の耳にしっかりと残っていた。
胸の辺りが変に温かいままで、その癖、体の節々がジワリと痛む。
「……夢、か?」
それにしては生々しい。
(まさか……まさかあいつら……逝っちまってるんじゃ……それで俺に逢いに来たんじゃ……)
言いようのない不安が押し寄せてきて、また涙がにじむ。
カタリとドアが開き、灯が点された。
眩しさに顔をしかめると、クロムが椅子に腰をおろし、問いかけてきた。
「さて、どうするか決めたかな?」
「あぁ。決めた。叔父貴のいうとおりまずは傷を治す。二日間、大人しくしてるよ。そんで泉翔に戻る」
「――そうか、良く言ったね。もしもキミがすぐに助けに行くことを選んだら、私はキミの記憶のすべてを奪い、なにもなかったことにして、ここでずっと二人で暮らすつもりでいたよ」
危なかった――。
(叔父貴ならきっと、本当にそうしただろう)
四人のお陰だ……そう思いながらまた泣きそうになり、グッとそれをこらえた。
クロムが指を鳴らすと、マルガリータが入ってきた。
その手にはまた、今度はさっきより大きなグラスで、あの薬を持っている。
「ちょ……ちょっと待てよ……」
「早く傷を治すんだろう? これは思いのほか効果がありそうでね。一日三回、きっちり飲めば元気百倍だ! そうだな、半日は早く良くなるだろう」
「半……そ、そりゃあ、ありがたいけど……こんな量……無理無理! だいたい、なにが元気百倍だよ! あんた馬鹿か!」
「私が馬鹿なんじゃない、馬鹿なのは鴇汰くんのほうだ。あぁ、もしかしたらこれは、馬鹿にも効くかもしれないな」
クロムは大声で笑う。
ギリギリと歯軋りをしてそれを睨んだ。
「叔父貴は昔っからそうだよ! いつもいつも、俺と穂高に変な真似ばっかしやがって、いい大人の癖にどこまで本気なんだ! 俺は――」
おもちゃじゃねーんだぞ!
そう言いかけたところで、マルガリータがグラスを押しつけ、薬を無理やり流し込んできた。
舌が、喉が、その味をしっかりと覚えていて、激しく拒絶している。
さっきとは別な意味で泣けてきた。
(くっそー! 絶対に仕返ししてやんなきゃ気が済まない!)
朦朧とした中、空になったグラスを見つめたクロムが、こんなものを良く飲めたもんだ、そうポツリとつぶやいたのが聞こえた。
「あとで覚えてろよ……」
かすれた声でクロムに向かってそう言うと、また抗えない睡魔に襲われて目を閉じた。
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