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待ち受けるもの
第105話 結界の中 ~鴇汰 5~
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胸がムカムカして止まらない。胃袋のほうも、突然におかしなものを流し込まれたせいか、シクシクと悲しげに痛みを発している。
「キミは彼女のこととなると、少しばかり感情的になり過ぎるようだ。彼女なら今は大丈夫だと言ったろう?」
「なんでそう言いきれるんだよ?」
「それは彼女が本物だからだ」
「だってあいつ、まだ覚醒してないんだぜ? あの国のやつらが麻乃を覚醒させるためになにをするか……」
少し冷えてきたかな、そうつぶやいて立ちあがったクロムは、一番大きな窓を閉め、棚の脇にあった小窓を開けると、こちらを振り返った。
「昨日のことだ。ヘイトの反同盟派の軍勢がロマジェリカに攻め入ってね」
そういって、そのときの状況を話してくれた。
大軍で侵攻したにも関わらず、その半分以下のロマジェリカ軍に撤退せざるを得ないことになったと。
そのとき、ロマジェリカ軍には二人の赤髪の女がいて、そしてその片方は、たった一人で相当な数の兵を打倒したという……。
「一人は庸儀の女だ。もう一人は……」
「麻乃……あいつ覚醒して……あいつがロマジェリカに加担してるなんて……」
「どんな手を使ったのかまでは、まだわからない。けれど今、彼女はあちら側だ。ロマジェリカにしろ他国にしろ彼女の不興を買うことで、反発されるのを恐れているだろう。うっかりすれば、自分たちが滅ぼされかねないのだからね。だから今、大事にされているだろうことは間違いない」
それならなおさら早く麻乃を連れ戻さなきゃならない。
ただ……覚醒してロマジェリカに加担しているとなると、今の麻乃はこれまでのあいつじゃない。
こんな痛む体を引きずって、鴇汰一人で麻乃を連れ戻すことができるんだろうか……?
これからどうすればいいのかを考えていると、視線を感じた。
クロムの瞳が鴇汰をジッと見据えている。
「さあ、ここからが問題だ。キミはもう子どもじゃない。まぁ、少々馬鹿ではあるが……」
「だから馬鹿って言うなっつってんだろ!」
本気なのか冗談なのか判断のつかないクロムの言葉に、気分の悪さも加わってますます苛立つ。
「選択肢は二つ。一つはすぐにでもここを飛び出し、一人では立ちゆかなくても彼女を救いに行って命を落とすか。もう一つはここで二日間辛抱して傷を癒し、泉翔へ戻って仲間たちとともに手を尽くし、彼女を引き戻すか」
目を閉じてその言葉を聞いていた。
気持ちは一つだ。今すぐ麻乃を救いに行く。
けれど麻乃が変わってしまった今、救うどころか対峙しなければならない。
ただでさえ敵わない鴇汰では、クロムのいうとおりあっさりやれて命を落とすのが目に見えている。
(死ぬことなんか怖くはない――)
怖いのは、死ぬことで自分と麻乃の未来が絶対に手に入らなくなる……それだけだ。
泉翔へ戻れば仲間がいるのは確かだ。
だからといって、それで確実に麻乃を引き戻すことができる、そう言える根拠がない。
喉もとまで答えが出掛かっているのに、言葉を探しきれずに返事をためらっていた。
「答えを急ぐ必要はないんだよ。キミが怪我をした日から五日も経ってしまったけれど、まだ時間はある。もう少し休んで夜までに考えをまとめるといい」
ためらいを察したのかクロムはそう言ってマルガリータを誘《いざな》い、部屋を出ていってしまった。
静かな部屋の中に、妙な気配を感じて視線を巡らせた。
いつの間に戻されたのか、小箱の上に鬼灯が置かれている。
『さっさと正しい答えを出して俺も連れていけよな』
そう言っているようにみえて苦笑した。
(そういやぁ、こいつはずいぶんと麻乃を気に入ってるらしい。岱胡が刀匠からそう聞いたって言ってたっけ……)
いつの間にか胸焼けも胃の痛みも消えていた。
その代わり、やけに強い眠気に襲われて目を閉じる。
「待ってろ、おまえも絶対に連れていくからよ……」
鬼灯に語りかけて、そのまま眠りに落ちた。
「キミは彼女のこととなると、少しばかり感情的になり過ぎるようだ。彼女なら今は大丈夫だと言ったろう?」
「なんでそう言いきれるんだよ?」
「それは彼女が本物だからだ」
「だってあいつ、まだ覚醒してないんだぜ? あの国のやつらが麻乃を覚醒させるためになにをするか……」
少し冷えてきたかな、そうつぶやいて立ちあがったクロムは、一番大きな窓を閉め、棚の脇にあった小窓を開けると、こちらを振り返った。
「昨日のことだ。ヘイトの反同盟派の軍勢がロマジェリカに攻め入ってね」
そういって、そのときの状況を話してくれた。
大軍で侵攻したにも関わらず、その半分以下のロマジェリカ軍に撤退せざるを得ないことになったと。
そのとき、ロマジェリカ軍には二人の赤髪の女がいて、そしてその片方は、たった一人で相当な数の兵を打倒したという……。
「一人は庸儀の女だ。もう一人は……」
「麻乃……あいつ覚醒して……あいつがロマジェリカに加担してるなんて……」
「どんな手を使ったのかまでは、まだわからない。けれど今、彼女はあちら側だ。ロマジェリカにしろ他国にしろ彼女の不興を買うことで、反発されるのを恐れているだろう。うっかりすれば、自分たちが滅ぼされかねないのだからね。だから今、大事にされているだろうことは間違いない」
それならなおさら早く麻乃を連れ戻さなきゃならない。
ただ……覚醒してロマジェリカに加担しているとなると、今の麻乃はこれまでのあいつじゃない。
こんな痛む体を引きずって、鴇汰一人で麻乃を連れ戻すことができるんだろうか……?
これからどうすればいいのかを考えていると、視線を感じた。
クロムの瞳が鴇汰をジッと見据えている。
「さあ、ここからが問題だ。キミはもう子どもじゃない。まぁ、少々馬鹿ではあるが……」
「だから馬鹿って言うなっつってんだろ!」
本気なのか冗談なのか判断のつかないクロムの言葉に、気分の悪さも加わってますます苛立つ。
「選択肢は二つ。一つはすぐにでもここを飛び出し、一人では立ちゆかなくても彼女を救いに行って命を落とすか。もう一つはここで二日間辛抱して傷を癒し、泉翔へ戻って仲間たちとともに手を尽くし、彼女を引き戻すか」
目を閉じてその言葉を聞いていた。
気持ちは一つだ。今すぐ麻乃を救いに行く。
けれど麻乃が変わってしまった今、救うどころか対峙しなければならない。
ただでさえ敵わない鴇汰では、クロムのいうとおりあっさりやれて命を落とすのが目に見えている。
(死ぬことなんか怖くはない――)
怖いのは、死ぬことで自分と麻乃の未来が絶対に手に入らなくなる……それだけだ。
泉翔へ戻れば仲間がいるのは確かだ。
だからといって、それで確実に麻乃を引き戻すことができる、そう言える根拠がない。
喉もとまで答えが出掛かっているのに、言葉を探しきれずに返事をためらっていた。
「答えを急ぐ必要はないんだよ。キミが怪我をした日から五日も経ってしまったけれど、まだ時間はある。もう少し休んで夜までに考えをまとめるといい」
ためらいを察したのかクロムはそう言ってマルガリータを誘《いざな》い、部屋を出ていってしまった。
静かな部屋の中に、妙な気配を感じて視線を巡らせた。
いつの間に戻されたのか、小箱の上に鬼灯が置かれている。
『さっさと正しい答えを出して俺も連れていけよな』
そう言っているようにみえて苦笑した。
(そういやぁ、こいつはずいぶんと麻乃を気に入ってるらしい。岱胡が刀匠からそう聞いたって言ってたっけ……)
いつの間にか胸焼けも胃の痛みも消えていた。
その代わり、やけに強い眠気に襲われて目を閉じる。
「待ってろ、おまえも絶対に連れていくからよ……」
鬼灯に語りかけて、そのまま眠りに落ちた。
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