蓮華

釜瑪 秋摩

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待ち受けるもの

第103話 結界の中 ~鴇汰 3~

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「そう、キミは泉翔の戦士だ。それも士官として一部隊を持っているだろう? そのキミが、いつまでも大陸にダラダラと居残っていていいのか? キミの立場として、すぐにでも戻ってやらなければならないことがあるんじゃないのか?」

 あくまで冷静にクロムは言う。
 言われていることは鴇汰にもわかる。
 一番にしなければならないのは、国へ戻って起こったことを報告するということも。

「でも、俺のせいであいつが……麻乃が……俺が馬鹿だったばかりに麻乃を危険な目に合わせて……助けたいんだよ! 助けに行かなきゃいけないんだ! あいつになにかあったら、俺はもう生きていけない……」

 最後に見た矢を受けて崩れ落ちた麻乃の姿を思い出すと、涙があふれる。
 体が動かなくて拭うこともできず、目を閉じてクロムから顔を背けた。
 そっと頭に触れたクロムの手が、やけに温かい。

「……あの子は無事だよ。この先も、ロマジェリカで命を落とすことはない」

 ドクンと胸が脈打つ。
 なぜそう言い切れるのかを、すぐにでも問い質してやりたいのに泣いているせいで息が整わない。
 それに泣き顔を見られるのも嫌だ。
 必死に荒れる呼吸を鎮めた。

「このところ、大陸の様子が変わっているのはキミも知ってるだろう?」

 クロムは髪を梳くように撫でながら問いかけてきた。
 それに小さくうなずく。

 フッと溜息を吐いたクロムが話し始めたのは、ロマジェリカを筆頭にして庸儀とヘイトが同盟を組んだこと、それに反対する勢力があること、三国でジャセンベルを挑発していることだった。

 そんな話しなど、鴇汰には関係ありやしないのに、頭の中は突然にいろいろなことを考え始めた。
 会議で諜報の持って帰った情報が過ぎる。

 クロムはどこからどれほどの情報を集めているのか、今の大陸の状況を事細かに話し続け、ついには赤髪の女の話しが出た。

「……あの女は偽物だ」

 ようやく呼吸が整い、それでも顔は背けたままで呟いた。
 クロムは髪を撫でていた手を止め、ポンポンと軽く頭をたたく。

「泉翔には鬼神の伝承があるね? 大陸は広い……そのぶん、さまざまな血筋にまつわる伝承が多く残っているんだけれど、中の一つに紅い華の伝承がある」

 ふと麻乃を思い出す。
 けれど大陸に残る伝承なら関係がないはずだ。
 ならば庸儀の赤髪の女がそれだというのだろうか?

「その伝承はとても古くてね、まだ泉翔が大陸と一つだったころの話しだとも言われていた。残っていた文献もとても古びていて、内容なんてほとんどわからなかったんだけれど、たった一人だけ、とてもそれに興味を持ってね。その伝承のほとんどを読み解いた人がいたんだよ」

 かつて泉翔が大陸の一部だったことは、鴇汰も古い文献に目を通して知っていた。
 そこから泉の女神さまの信仰が深まり、戦士が生まれたことも……。
 ただ、鴇汰の中でピンとこないほどに遠い昔の話しだ。

「それが姉……キミのお母さんだ」

 突然、母の話しが出て驚き、クロムのほうへ向き直った。

「原本は、あの日……粛清の日の混乱でどうなってしまったかわからない。けれど姉さんが書き遺したものは、私の家に送られていたんだ」

「叔父貴の家に……?」

「そう。遠い昔、いつまでも争いを繰り返す人間に神々はいくつかの力を与え、未来をその手に委ねたと言う。それはすべての破壊か再生か――」

「それが、その伝承?」

 大きくうなずいたクロムは、その伝承を簡単に説明してくれた。

「最も姉さんもすべてを読み解いたわけじゃない、だからわかりにくい部分も多々ある。それでも当時、どんなことが起こったのかは想像できるだろう?」

「そりゃあ……でも、それがなんだっていうんだよ……今はそんな話し関係ないじゃんか!」

「キミは……馬鹿だと思っていたけれど、本当に困ったほどに馬鹿だなぁ……」

「だから馬鹿ってゆーな!」

 大袈裟に肩を落としてため息をついたクロムを睨んだ。
 窓の外で木々が風を受け、ざわざわと揺れている。

 視線を向けると、また、ついとツバメがよぎった。
 きっと巣作りか餌を取りに飛び回っているのだろう。

「いいかい? 偽物が出たということは庸儀は紅い華にまつわる伝承を持っているということだ。大陸に紅い華が出なかったのは、泉翔にあったからだ。要するに二者はイコールなんだよ」

「それはだいたいわかる」

 憮然としてそう答えると、いい子だ、とつぶやいてクロムは続けた。

「今、赤髪の女はどこにいる?」

「庸儀……いや、待てよ? 庸儀はロマジェリカと組んでいる。異人は処刑されるはずなのに、赤髪の女は生きている。ということは、ロマジェリカは……そうすると、あとから組んだヘイトも伝承を知っている?」

「そう。その二国も紅い華の存在を知っている、ということになる。わかるね?」

 うなずいて目を閉じた。
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