蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
323 / 780
待ち受けるもの

第101話 結界の中 ~鴇汰 1~

しおりを挟む
 ムズムズとくすぐったい感触を頬に受け、眩しさを感じて目を開いた。
 銀色の長い髪が頬に触れている。
 カーテンが風で揺れたのが目に入り、鴇汰はハッとして飛び起きた。

「マルガリータ……?」

 生成り地のシワ一つないシーツ、見覚えのない部屋の中、ベッドに腰をおろして鴇汰を見つめているのは、叔父のクロムの式神だ。

 マルガリータは優しげな顔でほほ笑むと、ポンと音を立てていつものように鳥に姿を変え、窓の外へと飛び立っていった。

 自分の置かれている状況がつかめなくて、ジッと握りしめたシーツを見つめ、頭を働かせようとした。頭の芯が痺れるようで、なにも思い出せないことに苛立つ。

「クソッ!」

 舌打ちをしてベッドからおりた途端、足に力が入らず鴇汰は思いきり床に崩れ落ちた。

「……なんだってんだよ!」

 誰もいない小屋の中で一人、悪態をついてみても虚しさが広がるだけだ。
 不意に部屋の片隅から鴇汰に問いかけるような呼んでいるような、そんな意識を感じて視線を巡らせた。

 テーブルの足の向こう側に小箱に乗せられた赤い刀身が見え、床を這って移動すると、それを前に胡座を組んだ。
 二度、深呼吸をしてから刀を見つめる。

 とにかく頭が重い。
 こめかみを左手の指先で揉みほぐしながら、右手で刀の柄を握り締めた。

 瞬間、バチッと静電気が起きたように手のひらが痛んだ。
 右肩にも刺すような痛みを感じて柄を離すと、刀が床にゴトリと転げて落ちた。

 肩を押さえようとした自分の姿を離れたところから見ているようなイメージが、頭の奥に広がる。
 揺れた体、肩に伸ばした手、ふらついた足もとにするりと落ちた刀、そして崩れ落ちるように倒れたその左肘をつかんだ手……。

 まるで自分の肘をつかまれたような感覚に、背筋がゾッとして鴇汰は振り返った。
 背後には誰もいない。
 胡坐をかいた膝頭に、こつんと刀の鍔が当たった。

 もう一度、そっと柄に手を伸ばし、軽く指先で触れてみてから握り締めた。
 柄から手のひらに、ジワリと伝わってくる熱に変な焦りを感じさせられる。
 また、カーテンが揺れ、その動きに視線を移した。

 ふわふわと揺れている真っ白なレースが陽の光を受けてオレンジ色に染まっている。
 熱を持った柄から急かすような衝動を感じて目眩がした。
 まぶたを閉じた暗い中に赤茶色のなにかが揺れて見え、鴇汰は目を開けて手にした刀をジッと眺めた。

「……鬼灯? ……そうだ! 麻乃!」

 勢い良く立ちあがった。今度は足もともしっかりしている。

(なんですぐに思い出さなかったんだ!)

 刀を握り締めたまま大股で部屋を横切り、部屋のドアノブに手を伸ばすと、そのドアがパッと開いた。
 勢いがついて止まれずに、中に入ってこようとした人影に体当りをして、鴇汰は転んで尻餅をついた。

「目が覚めたばかりとは思えない勢いだな、一体、なにをしているんだ?」

 そう言った人影は叔父のクロムだ。差し延べられた手を取ると、クロムは強い力で鴇汰を引き寄せ、体が人形のように立ちあがった。

「おまけにそんなものを握り締めて……物騒な真似は良くないだろう?」

「お……なんで俺、こんなトコで……捕まっちまったんだよ! 助けに……早くしねーとヤバイんだよ!」

 クロムは鴇汰の肩をそっと押してドアの前から退かすと、脇に抱えていた籠を机に置き、振り向きざまに手にした杖先で体じゅうを突いてきた。

「キミの、その体で、一体、誰を、助けようって、言う?」

 一言こぼすたびに一カ所、そのたびに体じゅうに激痛が走って床にうずくまって悶絶した。

「背中、肩、腕、足、どこを取ってもひどかった。今はそこそこに回復しているけれどね。誰かを助けに出られるほどまで回復したわけじゃない」

「――叔父貴、頼むよ。遊んでる場合じゃねーんだって!」

 あまりの痛みに膝が笑ってしまって、鴇汰は立ちあがることもできなくなった。

「それに、どうやら頭も打っていたらしい。馬鹿なのはもともとだとしても、急にそんなに動いたら、ますますひどくなる」

「ばっ……馬鹿って言うな!」

 そう叫んで、また痛みに身をよじる。
 クロムは腰を沈めて目の前にひざまずくと、そっと頭をなでてきた。

「鴇汰くん、キミが焦るのはわかる。一緒にいた子がロマジェリカにさらわれたんだろう?」

「知ってたのかよ! だったら――」

「私は回復術がそんなにうまくない。それは知ってるね? あの日、キミが川に落ちてだいぶ流されてから、ようやく見つけたときには本当にひどい怪我だった……」

 クロムが指を鳴らすとマルガリータの姿があらわれた。
 鴇汰の体を軽々と抱きあげ、嫌がる間もなくベッドに横たえられてしまった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

処理中です...