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待ち受けるもの
第101話 結界の中 ~鴇汰 1~
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ムズムズとくすぐったい感触を頬に受け、眩しさを感じて目を開いた。
銀色の長い髪が頬に触れている。
カーテンが風で揺れたのが目に入り、鴇汰はハッとして飛び起きた。
「マルガリータ……?」
生成り地のシワ一つないシーツ、見覚えのない部屋の中、ベッドに腰をおろして鴇汰を見つめているのは、叔父のクロムの式神だ。
マルガリータは優しげな顔でほほ笑むと、ポンと音を立てていつものように鳥に姿を変え、窓の外へと飛び立っていった。
自分の置かれている状況がつかめなくて、ジッと握りしめたシーツを見つめ、頭を働かせようとした。頭の芯が痺れるようで、なにも思い出せないことに苛立つ。
「クソッ!」
舌打ちをしてベッドからおりた途端、足に力が入らず鴇汰は思いきり床に崩れ落ちた。
「……なんだってんだよ!」
誰もいない小屋の中で一人、悪態をついてみても虚しさが広がるだけだ。
不意に部屋の片隅から鴇汰に問いかけるような呼んでいるような、そんな意識を感じて視線を巡らせた。
テーブルの足の向こう側に小箱に乗せられた赤い刀身が見え、床を這って移動すると、それを前に胡座を組んだ。
二度、深呼吸をしてから刀を見つめる。
とにかく頭が重い。
こめかみを左手の指先で揉みほぐしながら、右手で刀の柄を握り締めた。
瞬間、バチッと静電気が起きたように手のひらが痛んだ。
右肩にも刺すような痛みを感じて柄を離すと、刀が床にゴトリと転げて落ちた。
肩を押さえようとした自分の姿を離れたところから見ているようなイメージが、頭の奥に広がる。
揺れた体、肩に伸ばした手、ふらついた足もとにするりと落ちた刀、そして崩れ落ちるように倒れたその左肘をつかんだ手……。
まるで自分の肘をつかまれたような感覚に、背筋がゾッとして鴇汰は振り返った。
背後には誰もいない。
胡坐をかいた膝頭に、こつんと刀の鍔が当たった。
もう一度、そっと柄に手を伸ばし、軽く指先で触れてみてから握り締めた。
柄から手のひらに、ジワリと伝わってくる熱に変な焦りを感じさせられる。
また、カーテンが揺れ、その動きに視線を移した。
ふわふわと揺れている真っ白なレースが陽の光を受けてオレンジ色に染まっている。
熱を持った柄から急かすような衝動を感じて目眩がした。
まぶたを閉じた暗い中に赤茶色のなにかが揺れて見え、鴇汰は目を開けて手にした刀をジッと眺めた。
「……鬼灯? ……そうだ! 麻乃!」
勢い良く立ちあがった。今度は足もともしっかりしている。
(なんですぐに思い出さなかったんだ!)
刀を握り締めたまま大股で部屋を横切り、部屋のドアノブに手を伸ばすと、そのドアがパッと開いた。
勢いがついて止まれずに、中に入ってこようとした人影に体当りをして、鴇汰は転んで尻餅をついた。
「目が覚めたばかりとは思えない勢いだな、一体、なにをしているんだ?」
そう言った人影は叔父のクロムだ。差し延べられた手を取ると、クロムは強い力で鴇汰を引き寄せ、体が人形のように立ちあがった。
「おまけにそんなものを握り締めて……物騒な真似は良くないだろう?」
「お……なんで俺、こんなトコで……捕まっちまったんだよ! 助けに……早くしねーとヤバイんだよ!」
クロムは鴇汰の肩をそっと押してドアの前から退かすと、脇に抱えていた籠を机に置き、振り向きざまに手にした杖先で体じゅうを突いてきた。
「キミの、その体で、一体、誰を、助けようって、言う?」
一言こぼすたびに一カ所、そのたびに体じゅうに激痛が走って床にうずくまって悶絶した。
「背中、肩、腕、足、どこを取ってもひどかった。今はそこそこに回復しているけれどね。誰かを助けに出られるほどまで回復したわけじゃない」
「――叔父貴、頼むよ。遊んでる場合じゃねーんだって!」
あまりの痛みに膝が笑ってしまって、鴇汰は立ちあがることもできなくなった。
「それに、どうやら頭も打っていたらしい。馬鹿なのはもともとだとしても、急にそんなに動いたら、ますますひどくなる」
「ばっ……馬鹿って言うな!」
そう叫んで、また痛みに身をよじる。
クロムは腰を沈めて目の前にひざまずくと、そっと頭をなでてきた。
「鴇汰くん、キミが焦るのはわかる。一緒にいた子がロマジェリカにさらわれたんだろう?」
「知ってたのかよ! だったら――」
「私は回復術がそんなにうまくない。それは知ってるね? あの日、キミが川に落ちてだいぶ流されてから、ようやく見つけたときには本当にひどい怪我だった……」
クロムが指を鳴らすとマルガリータの姿があらわれた。
鴇汰の体を軽々と抱きあげ、嫌がる間もなくベッドに横たえられてしまった。
銀色の長い髪が頬に触れている。
カーテンが風で揺れたのが目に入り、鴇汰はハッとして飛び起きた。
「マルガリータ……?」
生成り地のシワ一つないシーツ、見覚えのない部屋の中、ベッドに腰をおろして鴇汰を見つめているのは、叔父のクロムの式神だ。
マルガリータは優しげな顔でほほ笑むと、ポンと音を立てていつものように鳥に姿を変え、窓の外へと飛び立っていった。
自分の置かれている状況がつかめなくて、ジッと握りしめたシーツを見つめ、頭を働かせようとした。頭の芯が痺れるようで、なにも思い出せないことに苛立つ。
「クソッ!」
舌打ちをしてベッドからおりた途端、足に力が入らず鴇汰は思いきり床に崩れ落ちた。
「……なんだってんだよ!」
誰もいない小屋の中で一人、悪態をついてみても虚しさが広がるだけだ。
不意に部屋の片隅から鴇汰に問いかけるような呼んでいるような、そんな意識を感じて視線を巡らせた。
テーブルの足の向こう側に小箱に乗せられた赤い刀身が見え、床を這って移動すると、それを前に胡座を組んだ。
二度、深呼吸をしてから刀を見つめる。
とにかく頭が重い。
こめかみを左手の指先で揉みほぐしながら、右手で刀の柄を握り締めた。
瞬間、バチッと静電気が起きたように手のひらが痛んだ。
右肩にも刺すような痛みを感じて柄を離すと、刀が床にゴトリと転げて落ちた。
肩を押さえようとした自分の姿を離れたところから見ているようなイメージが、頭の奥に広がる。
揺れた体、肩に伸ばした手、ふらついた足もとにするりと落ちた刀、そして崩れ落ちるように倒れたその左肘をつかんだ手……。
まるで自分の肘をつかまれたような感覚に、背筋がゾッとして鴇汰は振り返った。
背後には誰もいない。
胡坐をかいた膝頭に、こつんと刀の鍔が当たった。
もう一度、そっと柄に手を伸ばし、軽く指先で触れてみてから握り締めた。
柄から手のひらに、ジワリと伝わってくる熱に変な焦りを感じさせられる。
また、カーテンが揺れ、その動きに視線を移した。
ふわふわと揺れている真っ白なレースが陽の光を受けてオレンジ色に染まっている。
熱を持った柄から急かすような衝動を感じて目眩がした。
まぶたを閉じた暗い中に赤茶色のなにかが揺れて見え、鴇汰は目を開けて手にした刀をジッと眺めた。
「……鬼灯? ……そうだ! 麻乃!」
勢い良く立ちあがった。今度は足もともしっかりしている。
(なんですぐに思い出さなかったんだ!)
刀を握り締めたまま大股で部屋を横切り、部屋のドアノブに手を伸ばすと、そのドアがパッと開いた。
勢いがついて止まれずに、中に入ってこようとした人影に体当りをして、鴇汰は転んで尻餅をついた。
「目が覚めたばかりとは思えない勢いだな、一体、なにをしているんだ?」
そう言った人影は叔父のクロムだ。差し延べられた手を取ると、クロムは強い力で鴇汰を引き寄せ、体が人形のように立ちあがった。
「おまけにそんなものを握り締めて……物騒な真似は良くないだろう?」
「お……なんで俺、こんなトコで……捕まっちまったんだよ! 助けに……早くしねーとヤバイんだよ!」
クロムは鴇汰の肩をそっと押してドアの前から退かすと、脇に抱えていた籠を机に置き、振り向きざまに手にした杖先で体じゅうを突いてきた。
「キミの、その体で、一体、誰を、助けようって、言う?」
一言こぼすたびに一カ所、そのたびに体じゅうに激痛が走って床にうずくまって悶絶した。
「背中、肩、腕、足、どこを取ってもひどかった。今はそこそこに回復しているけれどね。誰かを助けに出られるほどまで回復したわけじゃない」
「――叔父貴、頼むよ。遊んでる場合じゃねーんだって!」
あまりの痛みに膝が笑ってしまって、鴇汰は立ちあがることもできなくなった。
「それに、どうやら頭も打っていたらしい。馬鹿なのはもともとだとしても、急にそんなに動いたら、ますますひどくなる」
「ばっ……馬鹿って言うな!」
そう叫んで、また痛みに身をよじる。
クロムは腰を沈めて目の前にひざまずくと、そっと頭をなでてきた。
「鴇汰くん、キミが焦るのはわかる。一緒にいた子がロマジェリカにさらわれたんだろう?」
「知ってたのかよ! だったら――」
「私は回復術がそんなにうまくない。それは知ってるね? あの日、キミが川に落ちてだいぶ流されてから、ようやく見つけたときには本当にひどい怪我だった……」
クロムが指を鳴らすとマルガリータの姿があらわれた。
鴇汰の体を軽々と抱きあげ、嫌がる間もなくベッドに横たえられてしまった。
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