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待ち受けるもの
第97話 抑止 ~マドル 2~
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敵兵が完全に撤退したあとも、麻乃はその場から動こうとしなかった。
その足もとにはいくつもの庸儀とヘイト人の亡骸が横たわったままになっている。
そこにどんな光景を見ているのか、マドルには容易に想像できた。
衣服があちこち綻びてはいるけれど今日は怪我一つない。
それなのに倒した数は相当だ。
送りに出た側近は、しばらく待っても戻ってはこなかった。
きっと逃げ遅れて巻き込まれ、この亡骸の中の一つと化してしまったのだろう。
軽くクラクションを鳴らすと、車を降りてドアを開けた。
「いつまでここにいるつもりです? そろそろ戻られると思って迎えに来ましたが」
不機嫌な顔でマドルを振り返った麻乃は、なにかを言いかけてやめた。
助手席のドアを開けてやると、それを無視して後部席へ乗り込む。
機嫌を損ねた原因は恐らくジェだろう。
泉翔にいたころ、ジェをずいぶんと意識していた。
「一体どうなさったというのですか?」
ゆっくりと車を走らせて問いかけた。
ミラー越しに様子を見ると窓に肘をつき、外に視線を向けている。
雰囲気から苛立ちが伝わってきて嫌な気分になる。
「あたしは余計な手出しは無用だ、と言った」
表情を変えずに麻乃がつぶやく。やはり原因はジェか。
「あれは私が出したのではありません。あのかたのご意思でしょう。ですが結果として、より多く打ち倒すことができたのですから、それで良かったのではないですか?」
もう一度ミラーに目を向けると、外を見ていた麻乃の視線がマドルに向いた。
その視線からは激しい憤りを感じる。
一瞬、冷水を浴びたような寒気を感じ、マドルの左腕に痛みが走った。
「あたしは逃げるものまで追い詰めて殲滅させる趣味はない。そんなのただの人殺しじゃないか……」
「確かに。貴女の力は私たちにとって救いの力で、あのかたとは決して同じではない。人殺しのそれではありません。そのことは十分に承知しています」
ジェとの違いをあえて強く言い、麻乃の考えを肯定するように伝えると、やっと表情を緩めた。
以前、麻乃が自分の力を、人を殺めるだけの力、そう言ったことがあった。
完全に覚醒しているはずなのに、どこかなにかを躊躇しているようで、時折かげりのある表情をみせる。
泉翔で見た文献では、大陸侵攻を止めるためとはいえ、全滅しなかったことが不思議なくらいの殺戮があったようなのに。
(文献にあった鬼神は男だった。男女の差で感情や行動に差が生じるのは、仕方のないことなのだろうか?)
かつて大陸にそれがあらわれたときの伝承からは、そこまで詳しくわからなかったけれど、ほかの誰にもない圧倒的な力を見せたことは確かだ。
麻乃には揺らぐことのないなにかがあると同時に、ひどく不安定さを感じさせられる。
思惑通りに事を進められるのだろうかと、不安に感じるけれど、繋がりさえ保っておくことができれば大きな問題はなさそうだ。
少しでも麻乃の気を落ち着かせようと、時間をかけて城へ戻ってきた。
城門を潜り、軍部の前で車をとめると、後部席のドアを開ける。
麻乃がおりる素振りを見せたとき、城門を入ってくるジェの車がみえた。
(よりによって今、ここへ戻ってくるとは。大人しく庸儀へ帰ってくれればいいものを)
マドルに気づき、車を飛び降りて駆けてこようとしたジェの足が止まった。
釣り上った眉が驚きをあらわし、次の瞬間にはきつい視線で麻乃を睨み据えている。
車からおりた麻乃もジェの姿に気づき、チラリと侮蔑するような目で見返すと、すぐに城へ向かって歩き出した。
(ずいぶんと意識していたようでも近づくことはしない、か……)
麻乃のあとを追って歩き出した腕を駆け寄ってきたジェに取られた。
「……なんです?」
「なにかもなにもあるもんか! 一体どういうことだってのさ!」
「ですから……なにがです?」
疎ましさにため息をついてそういうと、ジェの憤りが頂点に達したのか大声を張りあげた。
「なんだって泉翔人がここにいるんだって聞いてるんだよ!」
「国境にほど近いところで倒れているのを見つけたんですよ。あの容姿、まるで貴女のようじゃないですか? 最も瞳の色は違いますがね。伝承のこともありますし、利用価値があると思ってお連れしたんですが、先ほどの部隊を相手に、お一人でも実にすばらしい能力を見せてくれましたよ」
「見つけた? あんたが連れてきたっていうのかい?」
「ええ。どうやらあのかたは本物のようですね」
その足もとにはいくつもの庸儀とヘイト人の亡骸が横たわったままになっている。
そこにどんな光景を見ているのか、マドルには容易に想像できた。
衣服があちこち綻びてはいるけれど今日は怪我一つない。
それなのに倒した数は相当だ。
送りに出た側近は、しばらく待っても戻ってはこなかった。
きっと逃げ遅れて巻き込まれ、この亡骸の中の一つと化してしまったのだろう。
軽くクラクションを鳴らすと、車を降りてドアを開けた。
「いつまでここにいるつもりです? そろそろ戻られると思って迎えに来ましたが」
不機嫌な顔でマドルを振り返った麻乃は、なにかを言いかけてやめた。
助手席のドアを開けてやると、それを無視して後部席へ乗り込む。
機嫌を損ねた原因は恐らくジェだろう。
泉翔にいたころ、ジェをずいぶんと意識していた。
「一体どうなさったというのですか?」
ゆっくりと車を走らせて問いかけた。
ミラー越しに様子を見ると窓に肘をつき、外に視線を向けている。
雰囲気から苛立ちが伝わってきて嫌な気分になる。
「あたしは余計な手出しは無用だ、と言った」
表情を変えずに麻乃がつぶやく。やはり原因はジェか。
「あれは私が出したのではありません。あのかたのご意思でしょう。ですが結果として、より多く打ち倒すことができたのですから、それで良かったのではないですか?」
もう一度ミラーに目を向けると、外を見ていた麻乃の視線がマドルに向いた。
その視線からは激しい憤りを感じる。
一瞬、冷水を浴びたような寒気を感じ、マドルの左腕に痛みが走った。
「あたしは逃げるものまで追い詰めて殲滅させる趣味はない。そんなのただの人殺しじゃないか……」
「確かに。貴女の力は私たちにとって救いの力で、あのかたとは決して同じではない。人殺しのそれではありません。そのことは十分に承知しています」
ジェとの違いをあえて強く言い、麻乃の考えを肯定するように伝えると、やっと表情を緩めた。
以前、麻乃が自分の力を、人を殺めるだけの力、そう言ったことがあった。
完全に覚醒しているはずなのに、どこかなにかを躊躇しているようで、時折かげりのある表情をみせる。
泉翔で見た文献では、大陸侵攻を止めるためとはいえ、全滅しなかったことが不思議なくらいの殺戮があったようなのに。
(文献にあった鬼神は男だった。男女の差で感情や行動に差が生じるのは、仕方のないことなのだろうか?)
かつて大陸にそれがあらわれたときの伝承からは、そこまで詳しくわからなかったけれど、ほかの誰にもない圧倒的な力を見せたことは確かだ。
麻乃には揺らぐことのないなにかがあると同時に、ひどく不安定さを感じさせられる。
思惑通りに事を進められるのだろうかと、不安に感じるけれど、繋がりさえ保っておくことができれば大きな問題はなさそうだ。
少しでも麻乃の気を落ち着かせようと、時間をかけて城へ戻ってきた。
城門を潜り、軍部の前で車をとめると、後部席のドアを開ける。
麻乃がおりる素振りを見せたとき、城門を入ってくるジェの車がみえた。
(よりによって今、ここへ戻ってくるとは。大人しく庸儀へ帰ってくれればいいものを)
マドルに気づき、車を飛び降りて駆けてこようとしたジェの足が止まった。
釣り上った眉が驚きをあらわし、次の瞬間にはきつい視線で麻乃を睨み据えている。
車からおりた麻乃もジェの姿に気づき、チラリと侮蔑するような目で見返すと、すぐに城へ向かって歩き出した。
(ずいぶんと意識していたようでも近づくことはしない、か……)
麻乃のあとを追って歩き出した腕を駆け寄ってきたジェに取られた。
「……なんです?」
「なにかもなにもあるもんか! 一体どういうことだってのさ!」
「ですから……なにがです?」
疎ましさにため息をついてそういうと、ジェの憤りが頂点に達したのか大声を張りあげた。
「なんだって泉翔人がここにいるんだって聞いてるんだよ!」
「国境にほど近いところで倒れているのを見つけたんですよ。あの容姿、まるで貴女のようじゃないですか? 最も瞳の色は違いますがね。伝承のこともありますし、利用価値があると思ってお連れしたんですが、先ほどの部隊を相手に、お一人でも実にすばらしい能力を見せてくれましたよ」
「見つけた? あんたが連れてきたっていうのかい?」
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