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待ち受けるもの
第94話 帰還 ~修治 5~
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窓の外はまだ薄暗い。
修治はよく眠れないままに朝を迎えた。
それは岱胡も同じだったようで、時折、ゴソゴソと動いては式神を飛ばしている。
それに対しての返信なのか、飛ばした数だけ蝶が戻ってきた。
横になったままその様子を眺めていたけれど、外が明るくなり始めたころ、また蝶が通気口から舞い降りたのを横目で見てから、食事の支度をしようと調理場に立った。
水道の蛇口をひねった瞬間、岱胡が大声をあげて飛び起きた。
「船! 船が戻った!」
「なんだ? おまえ、眠っていたのか?」
「違いますよ! 南浜に船が戻ったんス!」
冷蔵庫から食材を出し、準備を進めていた手を止めて、岱胡に向き直る。
「寝ぼけてるのか? 冗談にしたってこんなときに……」
「冗談でもなんでもないッスよ! 俺の彼女、中央監視隊にいるんですけど、船の姿が見えたって連絡が入ったって!」
岱胡は小さなメモをこちらへ差し出した。
式神を盛んに飛ばしていたのは、恋人とのやり取りだったのか。
確かにそこに、たった今、南浜に船体確認、と書かれている。
「南浜……どっちだ……トクさんたちか巧たちか……」
どちらにしろ、自分たち以外のものが戻ったことにホッとした。
安心したせいか、指先が震えて止まらない。
つと、また通気口から蝶が舞い降りてきた。
岱胡は降りてくるのを待たずに蝶をつかみ取り、手のひらを見つめた。
「修治さん、西浜もです……西浜も戻ってきたって……」
岱胡はうつむいたままそう言って鼻をすすった。
その頭をクシャクシャとなでてから部屋のドアをそっと開いてみた。
まだ夜が明けたばかりで、見張りの神官は見えない。
情報が入ってどこかの会議室へ召集でもされたのかもしれない。
食事の支度を放り出してタオルをつかむと、風呂場へ向かい熱めのシャワーを浴びて、着替えを済ませた。
「岱胡、おまえ、体調はどうだ?」
「はい、スッキリしてます」
「急いでシャワーを使ってまずはしっかり目を覚ませ。それからすぐに支度するんだ。ここを出る」
言い終わる前に岱胡は布団を跳ねあげ、タオルを引っ掴むと風呂場へ飛び込んだ。
十分ほどで支度を済ませて必要なものだけをまとめると、もう一度ドアを開く。
「人けはないが……おもてを回ると見つかるかもしれないな」
後ろに立つ岱胡につぶやくと、誰かが修治の名前を呼んだ。
声のしたほうを見ると、三つ隣の部屋から腕が伸び手招きをしている。
岱胡と二人、顔を見合わせて警戒をした。
「そう身構えずとも、とにかく急いでこっちへ」
悪意も敵意も感じさせないゆったりとしたもの言いだ。
不審に思いながらもほかに行き場もなく、宿舎から出る方法を考えてる間も惜しく、手招きをしている部屋へ入った。
「……皇子」
「久しぶりだなぁ。相変わらず難しい顔をして……といっても今の状況だと仕方ないのかな?」
部屋の中にいたのは修治より二歳年上の皇子、遥斗だった。
遥斗は洗礼を受ける前に二年ほど、高田の道場へ通っていた。
そのときに相手をしたのは修治と麻乃で、当時はほかの子どもたちと同様、親しくもしていた。
「どうしたっていうんです? こんなところで……」
「うん、父からも高田からも話しを聞いている。本当は明日におまえたちをここから出す予定だったのだけれど、どうやらまた状況が変わったようでね、少しばかり早まった」
屈託のない笑顔を見せて、遥斗は言う。
「おまえたちをどう呼ぼうかと思っていたのだけれど、見張りのものはあわただしく出ていってしまったし、呼びに行こうと思ったらおまえたちは出てきてしまうし……」
「呼びに……って、俺たちを?」
遥斗はうなずいて窓に近づくと下をのぞいてから、ベッドに腰をおろした。
岱胡は会議室での事があったせいか、遥斗に対しても警戒をしているようだ。
それに気づいた遥斗はため息をつくと、修治を見あげた。
「私はもちろんだけれど、父も麻乃のことを信じているよ。もしも、皆が危惧しているような事態が起こるとしたら、それはなにかほかの意志が働いていて、きっと麻乃自身の意志じゃないだろうとね。遥音……妹も同じだ」
「そう……ですか……」
「だから、高田がおまえたちをここから出すために、事を起こそうとしたのを止めて、こうして手を貸しているんだ」
クスリと笑った顔は、悪戯を仕かけた子どものような表情だ。
修治はよく眠れないままに朝を迎えた。
それは岱胡も同じだったようで、時折、ゴソゴソと動いては式神を飛ばしている。
それに対しての返信なのか、飛ばした数だけ蝶が戻ってきた。
横になったままその様子を眺めていたけれど、外が明るくなり始めたころ、また蝶が通気口から舞い降りたのを横目で見てから、食事の支度をしようと調理場に立った。
水道の蛇口をひねった瞬間、岱胡が大声をあげて飛び起きた。
「船! 船が戻った!」
「なんだ? おまえ、眠っていたのか?」
「違いますよ! 南浜に船が戻ったんス!」
冷蔵庫から食材を出し、準備を進めていた手を止めて、岱胡に向き直る。
「寝ぼけてるのか? 冗談にしたってこんなときに……」
「冗談でもなんでもないッスよ! 俺の彼女、中央監視隊にいるんですけど、船の姿が見えたって連絡が入ったって!」
岱胡は小さなメモをこちらへ差し出した。
式神を盛んに飛ばしていたのは、恋人とのやり取りだったのか。
確かにそこに、たった今、南浜に船体確認、と書かれている。
「南浜……どっちだ……トクさんたちか巧たちか……」
どちらにしろ、自分たち以外のものが戻ったことにホッとした。
安心したせいか、指先が震えて止まらない。
つと、また通気口から蝶が舞い降りてきた。
岱胡は降りてくるのを待たずに蝶をつかみ取り、手のひらを見つめた。
「修治さん、西浜もです……西浜も戻ってきたって……」
岱胡はうつむいたままそう言って鼻をすすった。
その頭をクシャクシャとなでてから部屋のドアをそっと開いてみた。
まだ夜が明けたばかりで、見張りの神官は見えない。
情報が入ってどこかの会議室へ召集でもされたのかもしれない。
食事の支度を放り出してタオルをつかむと、風呂場へ向かい熱めのシャワーを浴びて、着替えを済ませた。
「岱胡、おまえ、体調はどうだ?」
「はい、スッキリしてます」
「急いでシャワーを使ってまずはしっかり目を覚ませ。それからすぐに支度するんだ。ここを出る」
言い終わる前に岱胡は布団を跳ねあげ、タオルを引っ掴むと風呂場へ飛び込んだ。
十分ほどで支度を済ませて必要なものだけをまとめると、もう一度ドアを開く。
「人けはないが……おもてを回ると見つかるかもしれないな」
後ろに立つ岱胡につぶやくと、誰かが修治の名前を呼んだ。
声のしたほうを見ると、三つ隣の部屋から腕が伸び手招きをしている。
岱胡と二人、顔を見合わせて警戒をした。
「そう身構えずとも、とにかく急いでこっちへ」
悪意も敵意も感じさせないゆったりとしたもの言いだ。
不審に思いながらもほかに行き場もなく、宿舎から出る方法を考えてる間も惜しく、手招きをしている部屋へ入った。
「……皇子」
「久しぶりだなぁ。相変わらず難しい顔をして……といっても今の状況だと仕方ないのかな?」
部屋の中にいたのは修治より二歳年上の皇子、遥斗だった。
遥斗は洗礼を受ける前に二年ほど、高田の道場へ通っていた。
そのときに相手をしたのは修治と麻乃で、当時はほかの子どもたちと同様、親しくもしていた。
「どうしたっていうんです? こんなところで……」
「うん、父からも高田からも話しを聞いている。本当は明日におまえたちをここから出す予定だったのだけれど、どうやらまた状況が変わったようでね、少しばかり早まった」
屈託のない笑顔を見せて、遥斗は言う。
「おまえたちをどう呼ぼうかと思っていたのだけれど、見張りのものはあわただしく出ていってしまったし、呼びに行こうと思ったらおまえたちは出てきてしまうし……」
「呼びに……って、俺たちを?」
遥斗はうなずいて窓に近づくと下をのぞいてから、ベッドに腰をおろした。
岱胡は会議室での事があったせいか、遥斗に対しても警戒をしているようだ。
それに気づいた遥斗はため息をつくと、修治を見あげた。
「私はもちろんだけれど、父も麻乃のことを信じているよ。もしも、皆が危惧しているような事態が起こるとしたら、それはなにかほかの意志が働いていて、きっと麻乃自身の意志じゃないだろうとね。遥音……妹も同じだ」
「そう……ですか……」
「だから、高田がおまえたちをここから出すために、事を起こそうとしたのを止めて、こうして手を貸しているんだ」
クスリと笑った顔は、悪戯を仕かけた子どものような表情だ。
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