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待ち受けるもの
第92話 帰還 ~修治 3~
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まずは部屋の中を良く見回した。
必要になりそうな食器類、冷蔵庫には数日ぶんの食料があり、棚にはタオルが数組、置かれている。
今すぐなにかを取りに出なければならない、という状況ではなさそうだ。
足りないとすれば着替えくらいのものだろう。
どの程度まで動けるのかを確認するために、岱胡が眠っているのを確認してから修治は部屋の外へ出た。
「どちらへ行かれるのですか?」
案の定、神官がたずねてくる。
「自分の部屋と長谷川の部屋だ。着替えくらい取りに行っても問題ないだろう?」
「ではご一緒させていただきます」
「部屋に行くだけだと言っている。外へは出ない」
「必ず付き添うように、とのことですので」
無表情でそう答え、パタパタとあとをついてくる。
岱胡の部屋に入って着替えを出していると、背後で持ち出したもののメモまで取っていて驚いた。
「……大した処遇だな」
「申し訳ありません。ですが、こうするようにと言われていますので」
しれっと答えられて、つい舌打ちした。
修治の部屋でも同じように着替えを出しただけでメモを取っている。
(これじゃあ式神を出すこともできないか……)
術を使うのはうまくない。三度に一度は失敗することを考えると、監視の目を潜って外と連絡を取るのは難しそうだ。
本当なら高田と細かな話しをしたうえで、上層とともに防衛の準備を始めたいところなのに。
大陸に渡っているあいだになにがあったのか、どうやら軍部と元蓮華は対立し、それぞれ別に動いているようだ。
会議室での様子といい、この扱いといい、上層はこちらに有利には動いてくれないふうにみえる。
ジャセンベルで出会った能面の男は、三国がなにか企んでいると言った。
早く防衛の準備をしたほうがいい、とも……。
それにしても上層の態度はおかしい。
修治と岱胡を宿舎に押し込めておいてどうするつもりなのか。
麻乃の存在を危ぶむなら、それ相応の準備を進めることがなによりも優先すべきだとわからないわけでもないだろうに。
結局、着替えと保管しておいた予備の刀を二刀持ち出しただけに留まった。
戻って岱胡の様子をみると医療所からの往診もまだ来ていないらしく眠ってはいるが、やけに呼吸が荒い。
まだ時間がかかるのかを聞こうと、部屋を出ようとした瞬間ドアが開いた。
向かい合わせで立っている姿を見て、ハッとした。
(爺ちゃん先生……)
これが普段なら、声に出していただろう。
そしていつもどおりにあいさつをかわしていたと思う。
この状況で中央の医療所の医師ではなく、石川があらわれたことに、なにかの思惑を感じて黙ったままでいた。
「怪我をした患者というのはどこにいるのかね?」
「奥のベッドに」
石川は手にしていた大きめの黒いかばんを、後ろにいる助手に押しつけると、岱胡の布団を剥いだ。
「やけに空気のこもった部屋だな。窓を開けて空気を入れ替えてくれんか」
「あ、はい」
「いえ、それは私が」
窓に近づこうとしたのを神官に咎められ、苛立った思いが押さえられずに文句を言いかけたのを、石川に制された。
「窓なんぞ開けたいものが開ければ良い」
「しかし……」
「すみません。こちらの患者さんのお名前などを記入していただきたいのですけど」
助手が背後から声をかけてきた。仕方なしに差し出された書類とペンを手にした。
渡された書類は裏返しになっていて、小さくメモ書きがされている。
『防衛の準備について。各浜にて隊ごとに迅速に進めています。ほかになにか、しておくべき準備はありますか?』
驚いて顔をあげると、助手だと思っていたのは麻乃の隊の里子だ。
『入り口の横に立てかけてある刀を急ぎ、修繕に出したい。見張られて式神は出せない。早急に連絡手段を確保したい』
そう書き記し、裏返してあった書類をおもてに返した。
「名前のほかには……」
「うわっ!」
叫び声が聞こえ、冷たい風が吹き込んできた。
窓を開いたときに蜂が入り込んできたようで、神官が身を屈めて頭の周りを払っている。
そのせいで、もう一匹の蜂が部屋に入り、天井の隅に止まったのを見逃したようだ。
数分して、やっと蜂を追い出した神官は、ブツブツとなにやら文句を言いながらブラインドをさげた。
そのあいだに書類を書き終え、里子に渡す。
「傷の具合は悪くない。熱は高いが点滴で落ち着くだろう。大人しく寝かせておけば、明日の昼には熱もさがる。点滴は終わったら外してやるように」
「わかりました……」
発熱以外には問題がなかったことに、ホッとため息が出る。
必要になりそうな食器類、冷蔵庫には数日ぶんの食料があり、棚にはタオルが数組、置かれている。
今すぐなにかを取りに出なければならない、という状況ではなさそうだ。
足りないとすれば着替えくらいのものだろう。
どの程度まで動けるのかを確認するために、岱胡が眠っているのを確認してから修治は部屋の外へ出た。
「どちらへ行かれるのですか?」
案の定、神官がたずねてくる。
「自分の部屋と長谷川の部屋だ。着替えくらい取りに行っても問題ないだろう?」
「ではご一緒させていただきます」
「部屋に行くだけだと言っている。外へは出ない」
「必ず付き添うように、とのことですので」
無表情でそう答え、パタパタとあとをついてくる。
岱胡の部屋に入って着替えを出していると、背後で持ち出したもののメモまで取っていて驚いた。
「……大した処遇だな」
「申し訳ありません。ですが、こうするようにと言われていますので」
しれっと答えられて、つい舌打ちした。
修治の部屋でも同じように着替えを出しただけでメモを取っている。
(これじゃあ式神を出すこともできないか……)
術を使うのはうまくない。三度に一度は失敗することを考えると、監視の目を潜って外と連絡を取るのは難しそうだ。
本当なら高田と細かな話しをしたうえで、上層とともに防衛の準備を始めたいところなのに。
大陸に渡っているあいだになにがあったのか、どうやら軍部と元蓮華は対立し、それぞれ別に動いているようだ。
会議室での様子といい、この扱いといい、上層はこちらに有利には動いてくれないふうにみえる。
ジャセンベルで出会った能面の男は、三国がなにか企んでいると言った。
早く防衛の準備をしたほうがいい、とも……。
それにしても上層の態度はおかしい。
修治と岱胡を宿舎に押し込めておいてどうするつもりなのか。
麻乃の存在を危ぶむなら、それ相応の準備を進めることがなによりも優先すべきだとわからないわけでもないだろうに。
結局、着替えと保管しておいた予備の刀を二刀持ち出しただけに留まった。
戻って岱胡の様子をみると医療所からの往診もまだ来ていないらしく眠ってはいるが、やけに呼吸が荒い。
まだ時間がかかるのかを聞こうと、部屋を出ようとした瞬間ドアが開いた。
向かい合わせで立っている姿を見て、ハッとした。
(爺ちゃん先生……)
これが普段なら、声に出していただろう。
そしていつもどおりにあいさつをかわしていたと思う。
この状況で中央の医療所の医師ではなく、石川があらわれたことに、なにかの思惑を感じて黙ったままでいた。
「怪我をした患者というのはどこにいるのかね?」
「奥のベッドに」
石川は手にしていた大きめの黒いかばんを、後ろにいる助手に押しつけると、岱胡の布団を剥いだ。
「やけに空気のこもった部屋だな。窓を開けて空気を入れ替えてくれんか」
「あ、はい」
「いえ、それは私が」
窓に近づこうとしたのを神官に咎められ、苛立った思いが押さえられずに文句を言いかけたのを、石川に制された。
「窓なんぞ開けたいものが開ければ良い」
「しかし……」
「すみません。こちらの患者さんのお名前などを記入していただきたいのですけど」
助手が背後から声をかけてきた。仕方なしに差し出された書類とペンを手にした。
渡された書類は裏返しになっていて、小さくメモ書きがされている。
『防衛の準備について。各浜にて隊ごとに迅速に進めています。ほかになにか、しておくべき準備はありますか?』
驚いて顔をあげると、助手だと思っていたのは麻乃の隊の里子だ。
『入り口の横に立てかけてある刀を急ぎ、修繕に出したい。見張られて式神は出せない。早急に連絡手段を確保したい』
そう書き記し、裏返してあった書類をおもてに返した。
「名前のほかには……」
「うわっ!」
叫び声が聞こえ、冷たい風が吹き込んできた。
窓を開いたときに蜂が入り込んできたようで、神官が身を屈めて頭の周りを払っている。
そのせいで、もう一匹の蜂が部屋に入り、天井の隅に止まったのを見逃したようだ。
数分して、やっと蜂を追い出した神官は、ブツブツとなにやら文句を言いながらブラインドをさげた。
そのあいだに書類を書き終え、里子に渡す。
「傷の具合は悪くない。熱は高いが点滴で落ち着くだろう。大人しく寝かせておけば、明日の昼には熱もさがる。点滴は終わったら外してやるように」
「わかりました……」
発熱以外には問題がなかったことに、ホッとため息が出る。
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