蓮華

釜瑪 秋摩

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待ち受けるもの

第88話 帰還 ~市原 1~

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 北浜に船が姿を見せたと尾形から連絡が入ったのは、二日後の夜だった。

 塚本が多香子と修治の母親を送りに出てしまっていたから、簡単なメモを残し、市原は高田とともに北区へ向かった。

 北区に船が戻ったということは修治が帰ってきたのだろうが、ジャセンベルは一番時間がかかるはずだ。

(出航日から考えても、少しばかり早過ぎる――)

 それにしても北区は遠い。
 着くころには明け方近くなっているだろう。

 そこそこに急いできたけれど、西区からずっと運転し詰めで、中央で十分ほど休憩をしてからはスピードを落としていた。

 あと数時間もすれば北浜に着く。
 また少し急ごうとアクセルを踏んだ。
 ふと視線をカーブの先に向けると、木々の間にヘッドライトがちらついていることに気づいた。

「先生、あれはもしかしたら……」

 高田がうなずいたのを確認してから、緩いカーブの先に車の姿が見えた瞬間を狙って、思い切りクラクションを鳴らした。

 向こうも相当のスピードを出していたようで、数十メートル離れた辺りで互いに停まった。
 急いでハンドルを捌いて戻り、すれ違った車の横に並ぶと窓を開けた。運転席から顔を出したのは修治だ。

「修治! やっぱりおまえか!」

「市原先生、高田先生も……すみません、今は話しをしている暇がないんです。これから中央に向かいます。とりあえず一緒に来てください!」

 早口にそう言うと、窓も閉めずに車を走らせてしまった。
 通り過ぎるとき、後部席に尾形の姿が見えた。

「尾形さんが一緒のようだな……」

「なんだかわかりませんが、あとを追います」

 なにを焦っているのか、修治はかなりのスピードを出している。
 離されないようについて行くだけで精一杯だ。
 口を開くと事故を起こしてしまいそうな気がして、一言も発せないまま中央に入った。

 修治の車はやっとスピードを落とすと、医療所の入り口に横づけに停まった。
 運転席から飛び出し、中へ駆け込んでいったのが見え、嫌な予感に冷汗が出る。

「先生、まさか修治――」

「いや、どこかに怪我でもしていたら、ああは走れないだろう。運転もな」

「そう……ですね、だとすると、修治と一緒だった長谷川くんのほうが……」

 後部席から尾形がおり、腰を屈めて中をのぞき込んでいる。
 車からおりて駆け寄り、修治の車をのぞいた。
 後部席に細身の青年がぐったりと横たわり、その足には包帯が巻かれている。

 尾形と二人で支えながらおろすと、見た目より背が高くて閉口した。
 支えた体が変に熱いのは発熱でもしているからなのか。

「すまんな、市原……おい、岱胡。しっかりせんか」

 尾形がしきりに声をかけても、朦朧としているようで反応が薄い。
 やっとの思いで医療所の入り口まで来ると、看護師が車椅子に長谷川を乗せ、尾形の付き添いで処置室へ入っていった。

「簡単に傷の手当はしてありますので、よろしくお願いします」

 その後姿に修治が頭をさげている。
 ドアの開く音がして、一足遅れて入ってきた高田を振り返った。

「先生……ただ今戻りました」

「無事で良かった。だが、彼はどうしたのだ?」

「向こうでいろいろとあって……気をつけていたんですが、怪我を負わせてしまいました。すぐに手当はしましたが、疲労もあってか昨夜からひどく発熱をしてしまって……」

「ずいぶんと体温が上がっていたようだがひどいのか?」

 修治があまりにも悔しそうな思い詰めた表情を見せたので、市原もつい口を挟んでしまった。

「いえ。怪我自体は浅かったことと、すぐに止血をしたことで大事には至りませんでした」

「そうか……それなら良かった」

「それより先生、誰かほかに、大陸から戻ったとの連絡は……?」

 問われた高田は待合室の長椅子に腰をおろすと、視線を逸らすことなく一言だけ答えた。

「いや。まだだ」

「誰も? 麻乃も……ですか?」

 うなずいた高田を見つめていた修治の視線が確認するかのように市原に向いた。
 高田と同じで黙ってうなずくことしかできない。

「なんてこった……」

 小声でそう言った修治は、両手で顔を覆い大きくため息をつくと、長椅子に力なく腰を落とした。

「おまえたちが出航したあと、こちらでもいろいろとあってな……」

「先生、大まかな話しはここへ来るまでに、岱胡……長谷川の先生から伺いました」

 高田が話し始めたのを、修治は立ちあがってさえぎった。

「恐らくこのあとすぐ、上層が集まって俺は軍部に呼ばれるでしょう。その前に聞いておいてほしいことがあるんです。詳細は戻り次第また話しますが、今、先に少しでも聞いてください。市原先生も一緒にお願いします」
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