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待ち受けるもの
第86話 流動 ~レイファー 6~
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暖炉の火が少しずつ強まり、ランプを灯さなくても部屋の中がうっすらと明るくなった。
それに合わせるように、小屋の中の空気も暖まってきた。
「確かにあの女は泉翔の士官の一人だ。ただ、俺にはどうも泉翔が国を挙げて加担してるとは思えない」
「ですが……!」
「俺たちが見たのは、あの紅い髪の女一人だ。ほかのやつらが一人もいなかったというのは、どう考えてもおかしいじゃあないか?」
カタリと音がして、小屋のドアが開いた。
「そのとおりですよ、現にここへ渡ってきた泉翔の男は、あの庸儀の女が熱心に誘引しようとしても、まったく聞く耳を持たなかった」
「無事だったか……」
多少は疲れた表情をしているものの、どこにも怪我を負った様子がないサムの姿を見て、ため息がもれた。
「ずいぶんと早かったじゃないか? あそこからここまでは、距離も相当あるのに」
「そうだ、きさまは確か、車はないと言ったな? 馬を使ったにしても早過ぎるんじゃないか?」
ピーターもケインも、訝し気な顔で言うと、サムは悪戯を仕かけた子どものように、意地悪な目をして笑った。
「言ったでしょう? 自分たちの足もとを疎かにし過ぎだと……あのロマジェリカの岩場は地下に洞窟があって、大陸のあちこちに通じているんですよ。その入り口の一つは、この辺りにあるんです」
「それじゃあ、きさまは脱国してからずっと、この国に潜んでいたというのか?」
「まぁ、そういうことになりますかね。最もこの国だけにはかぎりませんが」
サムは初めて会ったときと同じ他人を嘲るような含み笑いを漏らした。
いい加減、その物言いには慣れはしたが、どこかで心配をしていたぶん、腹が立つような呆れるような、妙な感情が沸き立ってくる。
それでも、不思議と嫌な気はしない。
「それより、あの女が泉翔の人間だというのは確かなんですか?」
「ああ、顔に覚えがある。城へ戻れば名前もあがってくる」
サムは腕を組んでジッと考え込んでいる。
恐らくはヘイトにも、泉翔の戦士たちの情報は保管されているだろう。
けれど脱国した今、それを確認しに行くのは簡単ではないのだろう。
「あの国は閉鎖的だ。入り込むのも難しい。どの国でも持っている情報も大して変わりはないだろう」
「それはわかっていますが……大陸へ渡ってきたのは八人と聞いています。そのうち二人は私たちが逃がしました。一人はあの女、残り五人は逃げ切れなかったらしいと聞いていますが、本当はどうなったのか気になりますね」
「残りの五人も、ロマジェリカに加担しているのかどうか……ということか?」
広くはない小屋の中を、サムはウロウロと足を運びながら、一人なにかをつぶやき、レイファーの問いかけには気づいてもいないようだ。
その様子に、まだなにか情報を握っていると確信した。
ピーターもケインも、同じ事を思っているようで、目配せをするとうなずき合った。
「ヘイトには――大柄の男が二人、渡ってきていました。庸義との国境に近い村で襲撃をされたものの、すべて打ち倒したそうです」
サムはレイファーを振り返り、ためらいがちに目を伏せて話し始めた。
「そのあと、すぐに庸儀へ渡ったものと合流するためヘイトを出たそうですが、なにしろ彼らがなんののために、各国のどこを目指して渡ってきているのかがわからない……」
「庸儀に入ってからのやつらの行動はわからない、もしかすると合流したあと、ロマジェリカに移った可能性もある、そういうことか?」
サムはうなずくと厳しい表情をみせた。
こめかみの辺りを指で押さえ、また小屋の中をウロウロと歩く。
「ですが庸儀に対しては全滅させるほどの攻撃をしている……そんな真似をしておいて、ロマジェリカにつくというのも、おかしな話しだ、とも思えるんですよねぇ」
自分自身の疑念に言い聞かせるように、小さな声でつぶやいている。
「逃げ切れなかったらしいという情報はつかんでいるんだろう? ならば、もうとっくに命を落としているんじゃないのか?」
ケインの言葉を聞きながら、確かにそのとおりかもしれないと考えた。
けれど泉翔の戦士たちは変にしぶとい。
追われ、襲われたからと言って、そう簡単に命を落とすとも思えない。
「手向かいしているということは、レイファーさまのいうように、泉翔が国を挙げて加担しているわけではなさそうですよね?」
「それに、これまでの話しだとやつらは二人で一組のようです。あの女の片割れはどうしたんでしょうか?」
それに合わせるように、小屋の中の空気も暖まってきた。
「確かにあの女は泉翔の士官の一人だ。ただ、俺にはどうも泉翔が国を挙げて加担してるとは思えない」
「ですが……!」
「俺たちが見たのは、あの紅い髪の女一人だ。ほかのやつらが一人もいなかったというのは、どう考えてもおかしいじゃあないか?」
カタリと音がして、小屋のドアが開いた。
「そのとおりですよ、現にここへ渡ってきた泉翔の男は、あの庸儀の女が熱心に誘引しようとしても、まったく聞く耳を持たなかった」
「無事だったか……」
多少は疲れた表情をしているものの、どこにも怪我を負った様子がないサムの姿を見て、ため息がもれた。
「ずいぶんと早かったじゃないか? あそこからここまでは、距離も相当あるのに」
「そうだ、きさまは確か、車はないと言ったな? 馬を使ったにしても早過ぎるんじゃないか?」
ピーターもケインも、訝し気な顔で言うと、サムは悪戯を仕かけた子どものように、意地悪な目をして笑った。
「言ったでしょう? 自分たちの足もとを疎かにし過ぎだと……あのロマジェリカの岩場は地下に洞窟があって、大陸のあちこちに通じているんですよ。その入り口の一つは、この辺りにあるんです」
「それじゃあ、きさまは脱国してからずっと、この国に潜んでいたというのか?」
「まぁ、そういうことになりますかね。最もこの国だけにはかぎりませんが」
サムは初めて会ったときと同じ他人を嘲るような含み笑いを漏らした。
いい加減、その物言いには慣れはしたが、どこかで心配をしていたぶん、腹が立つような呆れるような、妙な感情が沸き立ってくる。
それでも、不思議と嫌な気はしない。
「それより、あの女が泉翔の人間だというのは確かなんですか?」
「ああ、顔に覚えがある。城へ戻れば名前もあがってくる」
サムは腕を組んでジッと考え込んでいる。
恐らくはヘイトにも、泉翔の戦士たちの情報は保管されているだろう。
けれど脱国した今、それを確認しに行くのは簡単ではないのだろう。
「あの国は閉鎖的だ。入り込むのも難しい。どの国でも持っている情報も大して変わりはないだろう」
「それはわかっていますが……大陸へ渡ってきたのは八人と聞いています。そのうち二人は私たちが逃がしました。一人はあの女、残り五人は逃げ切れなかったらしいと聞いていますが、本当はどうなったのか気になりますね」
「残りの五人も、ロマジェリカに加担しているのかどうか……ということか?」
広くはない小屋の中を、サムはウロウロと足を運びながら、一人なにかをつぶやき、レイファーの問いかけには気づいてもいないようだ。
その様子に、まだなにか情報を握っていると確信した。
ピーターもケインも、同じ事を思っているようで、目配せをするとうなずき合った。
「ヘイトには――大柄の男が二人、渡ってきていました。庸義との国境に近い村で襲撃をされたものの、すべて打ち倒したそうです」
サムはレイファーを振り返り、ためらいがちに目を伏せて話し始めた。
「そのあと、すぐに庸儀へ渡ったものと合流するためヘイトを出たそうですが、なにしろ彼らがなんののために、各国のどこを目指して渡ってきているのかがわからない……」
「庸儀に入ってからのやつらの行動はわからない、もしかすると合流したあと、ロマジェリカに移った可能性もある、そういうことか?」
サムはうなずくと厳しい表情をみせた。
こめかみの辺りを指で押さえ、また小屋の中をウロウロと歩く。
「ですが庸儀に対しては全滅させるほどの攻撃をしている……そんな真似をしておいて、ロマジェリカにつくというのも、おかしな話しだ、とも思えるんですよねぇ」
自分自身の疑念に言い聞かせるように、小さな声でつぶやいている。
「逃げ切れなかったらしいという情報はつかんでいるんだろう? ならば、もうとっくに命を落としているんじゃないのか?」
ケインの言葉を聞きながら、確かにそのとおりかもしれないと考えた。
けれど泉翔の戦士たちは変にしぶとい。
追われ、襲われたからと言って、そう簡単に命を落とすとも思えない。
「手向かいしているということは、レイファーさまのいうように、泉翔が国を挙げて加担しているわけではなさそうですよね?」
「それに、これまでの話しだとやつらは二人で一組のようです。あの女の片割れはどうしたんでしょうか?」
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