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待ち受けるもの
第84話 流動 ~レイファー 4~
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「おい、ロマジェリカの部隊が出たぞ! 早過ぎやしないか?」
「いいんです、できるだけ多く出てきてもらうために、情報を流したんですよ。ですが、兵数が少な過ぎる……」
サムのいうように、ロマジェリカから出てきた兵数はやけに少ない。
ここから見て二万に満たないほどだろう。
サムの出した軍勢は、驚いたことに五万はみて取れる。
差は歴然としているのに、その動きは妙にゆっくりであわてている様子もない。
常識的に考えると、数の差でサムの部隊が優勢だ。
「あの男……こちらを侮っているのか?」
サムが舌打ちをしながらつぶやいたのが聞こえた。
「あの男?」
「まぁ、いいでしょう。今回の目的には関係のないことです。それより、あの人影が……」
レイファーの問いかけに答えずに、サムはまた人影のほうへ目を向けている。
レイファーももう一度、その人影を見た。
目の前に突然現れ、迫ってくる軍勢に驚いたのか、人影が身を沈めて屈み込んだ。
裾が風になびき、進軍によってさらに舞いあがった砂埃とともに、強い風が巻き上げてマントを剥ぎ飛ばした。
「……あれは!」
サムとほぼ同時に言葉を発し、驚いて互いを見てから、もう一度、視線を戻した。
屈んだ身をゆっくりと起こし、真っすぐに立ちあがったのはどうやら女で、ロマジェリカの淡い黄色の軍服をまとい、濃紺のロングコートに身を包んでいる。
風でなびいた髪は深い紅色で、濃紺のコートのせいか際立って目立つ。
「おい、赤髪の女が出ているじゃないか!」
「いえ、あれは庸儀の赤髪の女とは別人です、姿も髪の色も、まるで違う……」
離れた場所にいるのに、双眼鏡を通しても女のまとう雰囲気が異様なのがわかる。
サムの部隊がもう女の目前まで迫った。
慌てて倍率をさげて視界を広げると、赤髪の女は、騎馬隊の中へ吸い込まれるようにして姿を消した。
次の瞬間、隊列が一気に崩れた。
女のいた辺りの騎馬隊が次々に倒れ、それに巻き込まれて後続の兵も列を乱している。
「本物かもしれない……まずい……間に合うかどうかわかりませんが、私は部隊を退かせに行きます。今夜……あの森で待っていてください!」
サムはそうまくし立て、レイファーの返事を待たずにマントを払い、杖を突き出した。
なにかをつぶやくと術で馬を出し、それに飛び乗って駆け出していく。
「レイファーさま、ロマジェリカの部隊が動きだしました」
ケインに呼ばれ双眼鏡をのぞくと、隊列の崩れたサムの部隊は女のいた場所を中心に扇状に広がり、難を逃れた兵が侵攻を続けている。
ロマジェリカの部隊は、そちらの対応に動きだしたようだった。
「形勢逆転だな。兵数から優勢だと思ったが、あっという間に分が悪くなった」
「あんなところに人さえいなければ、隊列が崩れることもなかったでしょうが……運が悪かったとしかいいようがありませんね」
「良く見ろ。あれは単に人を避けようとして列が乱れたんじゃない。あの辺り一帯の兵は、あの女一人に倒されている」
「そんな……! あれだけの数を、女が一人で倒しただなんて……」
信じられないという表情で、二人は戦場を見ている。
「あれが本物の紅い華なんだとしたら、あの程度は造作ないことだろう。それよりも、あれはロマジェリカの人間なんだろうか?」
レイファーはケインに問いかけた。
「いえ、今、顔を確認しましたが、見たことがありません」
「確かか?」
「ええ。それにロマジェリカには、女の兵士はいませんし……あれだけの腕前であの容姿であれば、情報が入ってこないはずもありません」
全体を見渡せるようにさげていた倍率を、女に照準を合わせて寄せてみた。
立ち位置が悪いのか、顔は見えない。
多数を相手に立ち回っているからなのか、多少、疲れが動きに出ているように見える。
それでも、どの兵よりも動きが鋭く速い。
普通なら一人であれだけの軍勢に飛び込めば、自身も相応の怪我を負ってもおかしくないのに紅い髪の女は怪我一つしている様子もない。
衣服が数カ所、裂かれている程度だ。
背後から斬りつけられても、まるで頭の後ろに目があるかのように、奇麗に捌いている。
それまで黙っていたピーターが、驚いた様子で声をあげた。
「レイファーさま、あの女、泉翔の士官クラスの一人です!」
「まさか……あの国はどこにも加担しないはずだ。それがよりによってロマジェリカに手を貸すなどと……」
「いいんです、できるだけ多く出てきてもらうために、情報を流したんですよ。ですが、兵数が少な過ぎる……」
サムのいうように、ロマジェリカから出てきた兵数はやけに少ない。
ここから見て二万に満たないほどだろう。
サムの出した軍勢は、驚いたことに五万はみて取れる。
差は歴然としているのに、その動きは妙にゆっくりであわてている様子もない。
常識的に考えると、数の差でサムの部隊が優勢だ。
「あの男……こちらを侮っているのか?」
サムが舌打ちをしながらつぶやいたのが聞こえた。
「あの男?」
「まぁ、いいでしょう。今回の目的には関係のないことです。それより、あの人影が……」
レイファーの問いかけに答えずに、サムはまた人影のほうへ目を向けている。
レイファーももう一度、その人影を見た。
目の前に突然現れ、迫ってくる軍勢に驚いたのか、人影が身を沈めて屈み込んだ。
裾が風になびき、進軍によってさらに舞いあがった砂埃とともに、強い風が巻き上げてマントを剥ぎ飛ばした。
「……あれは!」
サムとほぼ同時に言葉を発し、驚いて互いを見てから、もう一度、視線を戻した。
屈んだ身をゆっくりと起こし、真っすぐに立ちあがったのはどうやら女で、ロマジェリカの淡い黄色の軍服をまとい、濃紺のロングコートに身を包んでいる。
風でなびいた髪は深い紅色で、濃紺のコートのせいか際立って目立つ。
「おい、赤髪の女が出ているじゃないか!」
「いえ、あれは庸儀の赤髪の女とは別人です、姿も髪の色も、まるで違う……」
離れた場所にいるのに、双眼鏡を通しても女のまとう雰囲気が異様なのがわかる。
サムの部隊がもう女の目前まで迫った。
慌てて倍率をさげて視界を広げると、赤髪の女は、騎馬隊の中へ吸い込まれるようにして姿を消した。
次の瞬間、隊列が一気に崩れた。
女のいた辺りの騎馬隊が次々に倒れ、それに巻き込まれて後続の兵も列を乱している。
「本物かもしれない……まずい……間に合うかどうかわかりませんが、私は部隊を退かせに行きます。今夜……あの森で待っていてください!」
サムはそうまくし立て、レイファーの返事を待たずにマントを払い、杖を突き出した。
なにかをつぶやくと術で馬を出し、それに飛び乗って駆け出していく。
「レイファーさま、ロマジェリカの部隊が動きだしました」
ケインに呼ばれ双眼鏡をのぞくと、隊列の崩れたサムの部隊は女のいた場所を中心に扇状に広がり、難を逃れた兵が侵攻を続けている。
ロマジェリカの部隊は、そちらの対応に動きだしたようだった。
「形勢逆転だな。兵数から優勢だと思ったが、あっという間に分が悪くなった」
「あんなところに人さえいなければ、隊列が崩れることもなかったでしょうが……運が悪かったとしかいいようがありませんね」
「良く見ろ。あれは単に人を避けようとして列が乱れたんじゃない。あの辺り一帯の兵は、あの女一人に倒されている」
「そんな……! あれだけの数を、女が一人で倒しただなんて……」
信じられないという表情で、二人は戦場を見ている。
「あれが本物の紅い華なんだとしたら、あの程度は造作ないことだろう。それよりも、あれはロマジェリカの人間なんだろうか?」
レイファーはケインに問いかけた。
「いえ、今、顔を確認しましたが、見たことがありません」
「確かか?」
「ええ。それにロマジェリカには、女の兵士はいませんし……あれだけの腕前であの容姿であれば、情報が入ってこないはずもありません」
全体を見渡せるようにさげていた倍率を、女に照準を合わせて寄せてみた。
立ち位置が悪いのか、顔は見えない。
多数を相手に立ち回っているからなのか、多少、疲れが動きに出ているように見える。
それでも、どの兵よりも動きが鋭く速い。
普通なら一人であれだけの軍勢に飛び込めば、自身も相応の怪我を負ってもおかしくないのに紅い髪の女は怪我一つしている様子もない。
衣服が数カ所、裂かれている程度だ。
背後から斬りつけられても、まるで頭の後ろに目があるかのように、奇麗に捌いている。
それまで黙っていたピーターが、驚いた様子で声をあげた。
「レイファーさま、あの女、泉翔の士官クラスの一人です!」
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