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待ち受けるもの
第79話 流動 ~マドル 5~
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「今、関わりがあるかないか、ではなく、過去に確実に関わりがあったのですよ。貴女が泉翔とともに侵攻に動けば、大陸は終わる。ですが、禁忌である侵攻を阻止するならば、少なくとも四国すべてが滅びることはなくなる。紅い華をどちらが摘み取るか……それで決まるのです。鍵は貴女が握っているのですよ」
麻乃はまだマドルの指先を見つめたまま、ジッと考え込んでいる。
そう、どちらにつくかではない。
本当は誰につくかだ。
けれど今、ほかの血はあらわれてはいない。
マドルだけだ。
すべてが正しいように思ってもらわなければならない。
綻びを見つけられてはいけない。
考える隙を与えないように、矢継ぎ早に言葉を続けた。
「私たち、ロマジェリカ人が生き残れるかどうかは、貴女が正しい選択をしてくれるか、それ次第なんです」
「あたしは……そんな大層なものじゃない。みんなに疎まれ、誰からも望まれず、ただ人を傷つけるだけの……」
「泉翔の人たちにとっては疎ましいでしょう、自分たちの成そうとしていることの邪魔になるんですから。けれど私たちにとっては、貴女は希望だ」
その言葉を否定するように頭を振った麻乃は、振り絞るような声を出した。
「それでもあたしは、誰かを傷つけ、殺める。だからこれまで必死で抑えてきたのに……!」
「その結果、私たちは生きることができる。貴女の手は誰か殺めるよりも救うほうが圧倒的に多いのです。現にこれから、貴女が泉翔ですべきことは、そういうことではないのですか?」
自分の存在に否定的な麻乃を、いかに必要としているかを訴えた。
麻乃は求められることが信じられない、という目をしている。
「私が傷を治したことで、こんなことになったと仰いましたが、貴女はあの戦場で泉翔の戦士に会い、ご自分で覚醒する道を選んだのではないのですか? 彼らの間違いを正すために、この手を取ったのではないのですか? そう感じたから、私は貴女の傷を癒したのです」
机をたたく指先を止めたのと同時に、麻乃は額を押さえてゆっくりと三度、瞬きをした。
閉じられたまぶたが開かれ、現れた瞳は、さらに深みを増している。
窓から差し込む光が当たっても、髪の色もこれまでより紅味が濃い。
(まだ、完全ではなかったのか……)
麻乃は窓際に歩み寄り、そっと窓を開いた。冷えた風と一緒に砂埃が吹き込んでくる。
「この砂埃……ひどく荒れた土地だ」
そうつぶやき、マドルを振り返ると、クスリと笑った。
「泉翔のやつらはこの地を奪い取って育むと言っていた。この地に暮らしていても、ただ荒らすことしかできないのなら、いっそ奪い取られてしまったほうがいいんじゃないのか?」
麻乃の口調が変わり、まとう雰囲気も吹き込む風のように冷たい。
真意を計りかねて、ジッとその目を見据えた。
本気でそう思われているとしたら危険だ。
もしものときは、マドルの手でどうにかするしかない。
いまさらここで敵方に回られてしまうよりは……。
麻乃はマドルがそう考えていることを悟り、試すような、楽しむような顔でいる。
「今、この窓を飛び出して、ジャセンベルに向かおうとしたら困る、そんな顔をしている」
「そう……ですね、ですが、貴女はそんな真似はしない……違いますか?」
「……どうかな。なんなら試してみようか?」
麻乃は窓枠を強く握り、外へ目を移した。
一瞬、本当に飛び出してしまうかと思い、マドルは焦りで腰を浮かせた。
景色を見つめる麻乃の顔は、成すべきことを決断した表情だ。
こちら側だ。
麻乃は今、こちら側にいる。
暗示で見せた幻は、思いのほか強い効果を発揮してくれたようだ。
「貴女はそんな浅はかな人ではない」
もう一度、マドルを振り返った麻乃は、迷いのない目をしている。
「今日の午後……泉翔の軍勢が、この国へ侵攻するという情報が入っています」
「……早いな」
「貴女が倒れたと思っているからでしょう。彼らは恐れるものも止めるものも、もういないと考えているはずです」
小柄な体つきとは裏腹に、存在感が大きい。
奥の部屋の片づけが済んだのか、ドアの向こうから女官が声をかけてきた。
麻乃は自分の足もとと袖を見つめた。
今もまだ、女官と同じ衣をまとっている。
「どう……されますか?」
「これでは動きようがない」
「では、動きやすい衣服を用意しましょう」
ドアを開き、迎えにきた女官に衣服の準備を指示した。
麻乃はまだマドルの指先を見つめたまま、ジッと考え込んでいる。
そう、どちらにつくかではない。
本当は誰につくかだ。
けれど今、ほかの血はあらわれてはいない。
マドルだけだ。
すべてが正しいように思ってもらわなければならない。
綻びを見つけられてはいけない。
考える隙を与えないように、矢継ぎ早に言葉を続けた。
「私たち、ロマジェリカ人が生き残れるかどうかは、貴女が正しい選択をしてくれるか、それ次第なんです」
「あたしは……そんな大層なものじゃない。みんなに疎まれ、誰からも望まれず、ただ人を傷つけるだけの……」
「泉翔の人たちにとっては疎ましいでしょう、自分たちの成そうとしていることの邪魔になるんですから。けれど私たちにとっては、貴女は希望だ」
その言葉を否定するように頭を振った麻乃は、振り絞るような声を出した。
「それでもあたしは、誰かを傷つけ、殺める。だからこれまで必死で抑えてきたのに……!」
「その結果、私たちは生きることができる。貴女の手は誰か殺めるよりも救うほうが圧倒的に多いのです。現にこれから、貴女が泉翔ですべきことは、そういうことではないのですか?」
自分の存在に否定的な麻乃を、いかに必要としているかを訴えた。
麻乃は求められることが信じられない、という目をしている。
「私が傷を治したことで、こんなことになったと仰いましたが、貴女はあの戦場で泉翔の戦士に会い、ご自分で覚醒する道を選んだのではないのですか? 彼らの間違いを正すために、この手を取ったのではないのですか? そう感じたから、私は貴女の傷を癒したのです」
机をたたく指先を止めたのと同時に、麻乃は額を押さえてゆっくりと三度、瞬きをした。
閉じられたまぶたが開かれ、現れた瞳は、さらに深みを増している。
窓から差し込む光が当たっても、髪の色もこれまでより紅味が濃い。
(まだ、完全ではなかったのか……)
麻乃は窓際に歩み寄り、そっと窓を開いた。冷えた風と一緒に砂埃が吹き込んでくる。
「この砂埃……ひどく荒れた土地だ」
そうつぶやき、マドルを振り返ると、クスリと笑った。
「泉翔のやつらはこの地を奪い取って育むと言っていた。この地に暮らしていても、ただ荒らすことしかできないのなら、いっそ奪い取られてしまったほうがいいんじゃないのか?」
麻乃の口調が変わり、まとう雰囲気も吹き込む風のように冷たい。
真意を計りかねて、ジッとその目を見据えた。
本気でそう思われているとしたら危険だ。
もしものときは、マドルの手でどうにかするしかない。
いまさらここで敵方に回られてしまうよりは……。
麻乃はマドルがそう考えていることを悟り、試すような、楽しむような顔でいる。
「今、この窓を飛び出して、ジャセンベルに向かおうとしたら困る、そんな顔をしている」
「そう……ですね、ですが、貴女はそんな真似はしない……違いますか?」
「……どうかな。なんなら試してみようか?」
麻乃は窓枠を強く握り、外へ目を移した。
一瞬、本当に飛び出してしまうかと思い、マドルは焦りで腰を浮かせた。
景色を見つめる麻乃の顔は、成すべきことを決断した表情だ。
こちら側だ。
麻乃は今、こちら側にいる。
暗示で見せた幻は、思いのほか強い効果を発揮してくれたようだ。
「貴女はそんな浅はかな人ではない」
もう一度、マドルを振り返った麻乃は、迷いのない目をしている。
「今日の午後……泉翔の軍勢が、この国へ侵攻するという情報が入っています」
「……早いな」
「貴女が倒れたと思っているからでしょう。彼らは恐れるものも止めるものも、もういないと考えているはずです」
小柄な体つきとは裏腹に、存在感が大きい。
奥の部屋の片づけが済んだのか、ドアの向こうから女官が声をかけてきた。
麻乃は自分の足もとと袖を見つめた。
今もまだ、女官と同じ衣をまとっている。
「どう……されますか?」
「これでは動きようがない」
「では、動きやすい衣服を用意しましょう」
ドアを開き、迎えにきた女官に衣服の準備を指示した。
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