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待ち受けるもの
第78話 流動 ~マドル 4~
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さっきの会話では、外見以外に特別変わったところは見当たらなかった。
グラスに水を注ぎ、椅子に腰を掛けた麻乃の前に置いた。
その瞳を見られることを嫌うように、うつむいたままでいる。
「お体の具合はいかがですか?」
向かい側の椅子に腰をおろし、そう問いかけた。
ふと顔を上げても、まだマドルの手もとに視線を移しただけで、目を合わせようとはしない。
「傷は全部、ふさがっているみたいだ」
「そうですか、それは良かった」
「あのとき……あなたは治してあげましょうか、と言った」
ついさっきまでは普通に話していたのが、今は集中していないと聞き逃してしまいそうなほど小さい声で、自然と机に身を寄せてしまう。
「その程度の傷も治せないなんて不自由だ、と」
そう言うと、今度はマドルの目をしっかりと見つめてくる。
数秒、目を合わせていただけなのに、なにかに急かされるような感情が沸き立ってくる。
マドルは思わず麻乃から目を逸らした。
「そんなことを言ったかもしれませんね」
「言ったかもしれない、じゃない! 確かにそう言った!」
声を荒げて立ちあがった麻乃は、机に置かれたグラスを手で払い、落ちたグラスが弾けて床を濡らした。
ただ立っているだけの麻乃から、妙な雰囲気を感じる。
抑えきれない感情があふれ出ているように見えた。
「言ったとして、それがなんだというのです?」
「まったく同じ言葉を、泉翔で怪我をしたときにも聞いた。あれだけの怪我も、今度の傷も、全部あなたが治したのか?」
フッと小さくため息をつき、マドルは屈んで割れたグラスの破片を拾った。
「それがなにか問題でも? 傷が癒えて困ることでもあるというのですか?」
「回復術は、血を止めたり小さな傷を治したりする程度だと聞いている。それが……こんなに大きな傷を、日もかけずに治すなんて……しかも二度も! こんなことにまでなってしまって……あなたは一体、あたしになにをしてくれたんだ!」
ヒステリックな行為と叫びは、ジェを思わせる。
女であるがゆえに覚醒して感情に揺さぶられているのか、それとも覚醒したがゆえにたかぶる感情が抑えきれないでいるのか判断がつかない。
「貴女の国ではどんな術が使われるのかも知りませんし、術師の方々がそれについてなにを話しているのかは知りません。ですが、その強さは個体によって違いがあるとは思いませんか?」
大きな破片はすべて机に置き、細かい破片は零れた水と一緒にそばにあった布で拭き取って、ゴミ箱へ捨てた。
「幸いなことに私は他者の誰よりも、回復術に長けているようでしてね。大小に関わらず、傷を治すことなどたやすいのですよ」
麻乃の目の前で、グラスの破片を握り締めた。
手のひらにガラスが食い込み、痛みが走る。
机の上に滴り落ちた血の色は、麻乃の瞳の色ほどに深い。
「なにを……!」
麻乃がマドルの手をつかみ取り、握ったこぶしがこじ開けられた。
カタリと音を立てて破片が落ち、傷口を見た麻乃の表情が変わる。
「どうして……?」
「言ったでしょう? 傷を治すことなどたやすい、と」
掲げた手のひらは血に塗れていても、傷はもう完全にふさがっている。
その手に視線を落としたまま、麻乃がポツリと問いかけてきた。
「たやすいのはわかった。けれど、なぜあたしを? ここでのことはともかく、泉翔ではどうやって……あのとき、周囲に人などいやしなかったのに」
「貴女の国は確かに侵入が難しい、けれど不可能ではありません。なにも、この身で入り込む必要はないのですから。要はほしい情報を盗ることができればいいのです」
「ほしい情報……?」
表情からなにかを探ろうとしているのか、麻乃は上目遣いでマドルを見た。
「そう……私は泉翔の動きが知りたかった。結果、ジャセンベルとのことを知ったのですが……あの日、貴女の怪我は見ぬふりをしても良かった。ですが、貴女は特別です、その力を失っては困ると思ったのです」
「あたしは特別なんかじゃない」
「大陸侵攻を目論む泉翔を止められるのは、その姿、その血筋を持った貴女だけでしょう?」
麻乃の肩がピクリと動いた。
内側から沸き立つ怒りの感情が、全身からあふれ出ているような威圧感だ。
マドルは椅子に腰をおろし、指先でゆっくりとリズムを刻んで机をたたき、麻乃を見あげた。
「泉翔にも古い文献などがあるでしょう? 大陸にもいくつもの文献や、多くの血筋について伝承が残っています」
「その話しは聞いたことがある」
机をたたく指先を見つめながら、麻乃は答える。
「その中に、貴女のことがあるのですよ。それは紅い華として語り継がれていますが……」
「嘘だ! あたしは、大陸とはなんの関わりもありはしない!」
グラスに水を注ぎ、椅子に腰を掛けた麻乃の前に置いた。
その瞳を見られることを嫌うように、うつむいたままでいる。
「お体の具合はいかがですか?」
向かい側の椅子に腰をおろし、そう問いかけた。
ふと顔を上げても、まだマドルの手もとに視線を移しただけで、目を合わせようとはしない。
「傷は全部、ふさがっているみたいだ」
「そうですか、それは良かった」
「あのとき……あなたは治してあげましょうか、と言った」
ついさっきまでは普通に話していたのが、今は集中していないと聞き逃してしまいそうなほど小さい声で、自然と机に身を寄せてしまう。
「その程度の傷も治せないなんて不自由だ、と」
そう言うと、今度はマドルの目をしっかりと見つめてくる。
数秒、目を合わせていただけなのに、なにかに急かされるような感情が沸き立ってくる。
マドルは思わず麻乃から目を逸らした。
「そんなことを言ったかもしれませんね」
「言ったかもしれない、じゃない! 確かにそう言った!」
声を荒げて立ちあがった麻乃は、机に置かれたグラスを手で払い、落ちたグラスが弾けて床を濡らした。
ただ立っているだけの麻乃から、妙な雰囲気を感じる。
抑えきれない感情があふれ出ているように見えた。
「言ったとして、それがなんだというのです?」
「まったく同じ言葉を、泉翔で怪我をしたときにも聞いた。あれだけの怪我も、今度の傷も、全部あなたが治したのか?」
フッと小さくため息をつき、マドルは屈んで割れたグラスの破片を拾った。
「それがなにか問題でも? 傷が癒えて困ることでもあるというのですか?」
「回復術は、血を止めたり小さな傷を治したりする程度だと聞いている。それが……こんなに大きな傷を、日もかけずに治すなんて……しかも二度も! こんなことにまでなってしまって……あなたは一体、あたしになにをしてくれたんだ!」
ヒステリックな行為と叫びは、ジェを思わせる。
女であるがゆえに覚醒して感情に揺さぶられているのか、それとも覚醒したがゆえにたかぶる感情が抑えきれないでいるのか判断がつかない。
「貴女の国ではどんな術が使われるのかも知りませんし、術師の方々がそれについてなにを話しているのかは知りません。ですが、その強さは個体によって違いがあるとは思いませんか?」
大きな破片はすべて机に置き、細かい破片は零れた水と一緒にそばにあった布で拭き取って、ゴミ箱へ捨てた。
「幸いなことに私は他者の誰よりも、回復術に長けているようでしてね。大小に関わらず、傷を治すことなどたやすいのですよ」
麻乃の目の前で、グラスの破片を握り締めた。
手のひらにガラスが食い込み、痛みが走る。
机の上に滴り落ちた血の色は、麻乃の瞳の色ほどに深い。
「なにを……!」
麻乃がマドルの手をつかみ取り、握ったこぶしがこじ開けられた。
カタリと音を立てて破片が落ち、傷口を見た麻乃の表情が変わる。
「どうして……?」
「言ったでしょう? 傷を治すことなどたやすい、と」
掲げた手のひらは血に塗れていても、傷はもう完全にふさがっている。
その手に視線を落としたまま、麻乃がポツリと問いかけてきた。
「たやすいのはわかった。けれど、なぜあたしを? ここでのことはともかく、泉翔ではどうやって……あのとき、周囲に人などいやしなかったのに」
「貴女の国は確かに侵入が難しい、けれど不可能ではありません。なにも、この身で入り込む必要はないのですから。要はほしい情報を盗ることができればいいのです」
「ほしい情報……?」
表情からなにかを探ろうとしているのか、麻乃は上目遣いでマドルを見た。
「そう……私は泉翔の動きが知りたかった。結果、ジャセンベルとのことを知ったのですが……あの日、貴女の怪我は見ぬふりをしても良かった。ですが、貴女は特別です、その力を失っては困ると思ったのです」
「あたしは特別なんかじゃない」
「大陸侵攻を目論む泉翔を止められるのは、その姿、その血筋を持った貴女だけでしょう?」
麻乃の肩がピクリと動いた。
内側から沸き立つ怒りの感情が、全身からあふれ出ているような威圧感だ。
マドルは椅子に腰をおろし、指先でゆっくりとリズムを刻んで机をたたき、麻乃を見あげた。
「泉翔にも古い文献などがあるでしょう? 大陸にもいくつもの文献や、多くの血筋について伝承が残っています」
「その話しは聞いたことがある」
机をたたく指先を見つめながら、麻乃は答える。
「その中に、貴女のことがあるのですよ。それは紅い華として語り継がれていますが……」
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