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待ち受けるもの
第75話 流動 ~マドル 1~
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麻乃に盗られた力の量は相当だったようだ。
マドルは丸二日も意識が戻らなかったうえ、目が覚めた今も体が重く、起き上がるだけで目眩がして立つことさえもつらい。
昨日、庸儀へ行かなかったことで、ジェが押しかけてきて張りついている。
「倒れただけじゃなくて、二日も目を覚まさないなんて……一体、なにがあったっていうのさ?」
「単に疲れが溜まっていただけです。言ったでしょう? このところは忙しかった、と」
幸いなことに麻乃のほうも、まだ目を覚ます様子がない。
傷は奪い取った力のせいか、すべて癒えていた。
庸儀の軍がどうなったのかを聞くと、人数だけは帳尻を合わせたと言う。
ヘイトでも減ったぶんまでは満たなくとも、それなりの兵数を揃えられたようだ。
泉翔への侵攻の準備は、側近たちへ指示を出して進めさせた。
「ご自分の国へ戻られないと、また兵に逃げられてしまうようなことになりませんか?」
いつまでも部屋から出ていこうとしないジェに、マドルは軽く嫌味を言ってみせた。
「準備が整い次第、一月以内に泉翔へ侵攻をしようというときに、兵がいないようでは話しになりませんからね」
「一月以内だって? ずいぶんと急な話しじゃないか」
「貴女が逃がしてしまった泉翔の戦士が、向こうで防衛の準備を整えきらないうちに出なければ、無駄に物資と兵力を削がれるだけになってしまいます。あの国の防衛力が、どれほどに高いか貴女も知らないわけではないでしょう?」
逃がしてしまった、そう言ったことで、ジェが言葉を詰まらせる。
長い髪が顔を隠し、表情は見えないけれど、憤りを感じているだろうと思っている。
具合の良くない時にジェがそばにいると、またなにか面倒なことを運んできそうな気がして、早く追い返したかった。
ノックもなしにいきなりドアが開き、屈強そうな男が入ってくると、ジェに耳打ちをしてマドルを睨んだ。
(新しい側近の一人……か?)
体躯は見事だけれど、どこかリュにも似ている。
けれど、とても腕が立つようにはみえない。
(自身の腕前がそう大したものではないのだから、そばに置く者は腕の立つもののほうがいいと言うのに……)
ヒソヒソと話しをしたあと、マドルを振り返ったジェが妙に不敵な笑みを浮かべている。
「うちの国から逃げ出した部隊がねぇ、明日、この国に攻め込んでくるつもりらしいよ」
「――明日? そんなことがなぜわかるのです?」
「戻ってきたやつがいたってさ。そいつの話しじゃあ、前々から準備がされていて明日の夕刻に動くそうだよ」
庸儀から脱国した兵は士官クラスがほとんどで、それに従った雑兵まで合わせると相当な人数になるだろう。
普段なら難なく対処できるものが、この時期とは。
今はなるべく多くの兵を温存しておきたい。
そのために先だって、ジャセンベルとの戦争の際に兵を引き上げてきたのだから。
だからと言って、なんの手向かいもしないわけにはいかない。
問題は、どの程度の数が出てくるのかということだ。
まさか脱走兵だけでこのロマジェリカをつぶせるとは思っていないだろう。
ロマジェシカに対して、どれほどのダメージを与えることが目的なのか、そのあとなにを仕かけてくるつもりなのか、詳細を知りたい。
それ次第で、相応の兵を出して徹底的にたたきつぶすか、兵力を抑え、適当に流して追い返すかが決まる。
「どうするつもり? 自分のところの兵は出したくないんでしょう? なんなら私が出てやってもいいのよ?」
「そうはいっても、貴女のところは集めたばかりで立て直しをし切れていないのでは? 出たところで、また兵を失われたのでは、あとで困るのですよ」
ジェは一瞬、目を細めてマドルを睨んだ。
口もとを少し歪ませたまま、ニヤリと笑う。
「あんたはこのあいだから、ずいぶんと私の話しに否定的じゃないのさ。失態が続いたからって、気を悪くしているんでしょ? 挽回してやろうって言ってるのよ」
と言った。
今、一番の戦力になるのはロマジェリカの軍だ。
ジェのいうように防衛で削がれてしまうのは避けたい。
秤にかければ、ジェの申し出を受けるのが得策か。それに最低でも明日の昼までは、遠ざけておける。
「すべてお任せすることが可能だと?」
そう問いかけると、ジェは声高に笑った。
「可能かって? 野暮なことを聞いてくれるじゃない。任せておきなよ、私を誰だと思ってるのさ」
戻ってきた兵からもう少し詳細を取り、兵を整えてくると言い残し、ジェはやっとロマジェリカを離れた。
マドルは丸二日も意識が戻らなかったうえ、目が覚めた今も体が重く、起き上がるだけで目眩がして立つことさえもつらい。
昨日、庸儀へ行かなかったことで、ジェが押しかけてきて張りついている。
「倒れただけじゃなくて、二日も目を覚まさないなんて……一体、なにがあったっていうのさ?」
「単に疲れが溜まっていただけです。言ったでしょう? このところは忙しかった、と」
幸いなことに麻乃のほうも、まだ目を覚ます様子がない。
傷は奪い取った力のせいか、すべて癒えていた。
庸儀の軍がどうなったのかを聞くと、人数だけは帳尻を合わせたと言う。
ヘイトでも減ったぶんまでは満たなくとも、それなりの兵数を揃えられたようだ。
泉翔への侵攻の準備は、側近たちへ指示を出して進めさせた。
「ご自分の国へ戻られないと、また兵に逃げられてしまうようなことになりませんか?」
いつまでも部屋から出ていこうとしないジェに、マドルは軽く嫌味を言ってみせた。
「準備が整い次第、一月以内に泉翔へ侵攻をしようというときに、兵がいないようでは話しになりませんからね」
「一月以内だって? ずいぶんと急な話しじゃないか」
「貴女が逃がしてしまった泉翔の戦士が、向こうで防衛の準備を整えきらないうちに出なければ、無駄に物資と兵力を削がれるだけになってしまいます。あの国の防衛力が、どれほどに高いか貴女も知らないわけではないでしょう?」
逃がしてしまった、そう言ったことで、ジェが言葉を詰まらせる。
長い髪が顔を隠し、表情は見えないけれど、憤りを感じているだろうと思っている。
具合の良くない時にジェがそばにいると、またなにか面倒なことを運んできそうな気がして、早く追い返したかった。
ノックもなしにいきなりドアが開き、屈強そうな男が入ってくると、ジェに耳打ちをしてマドルを睨んだ。
(新しい側近の一人……か?)
体躯は見事だけれど、どこかリュにも似ている。
けれど、とても腕が立つようにはみえない。
(自身の腕前がそう大したものではないのだから、そばに置く者は腕の立つもののほうがいいと言うのに……)
ヒソヒソと話しをしたあと、マドルを振り返ったジェが妙に不敵な笑みを浮かべている。
「うちの国から逃げ出した部隊がねぇ、明日、この国に攻め込んでくるつもりらしいよ」
「――明日? そんなことがなぜわかるのです?」
「戻ってきたやつがいたってさ。そいつの話しじゃあ、前々から準備がされていて明日の夕刻に動くそうだよ」
庸儀から脱国した兵は士官クラスがほとんどで、それに従った雑兵まで合わせると相当な人数になるだろう。
普段なら難なく対処できるものが、この時期とは。
今はなるべく多くの兵を温存しておきたい。
そのために先だって、ジャセンベルとの戦争の際に兵を引き上げてきたのだから。
だからと言って、なんの手向かいもしないわけにはいかない。
問題は、どの程度の数が出てくるのかということだ。
まさか脱走兵だけでこのロマジェリカをつぶせるとは思っていないだろう。
ロマジェシカに対して、どれほどのダメージを与えることが目的なのか、そのあとなにを仕かけてくるつもりなのか、詳細を知りたい。
それ次第で、相応の兵を出して徹底的にたたきつぶすか、兵力を抑え、適当に流して追い返すかが決まる。
「どうするつもり? 自分のところの兵は出したくないんでしょう? なんなら私が出てやってもいいのよ?」
「そうはいっても、貴女のところは集めたばかりで立て直しをし切れていないのでは? 出たところで、また兵を失われたのでは、あとで困るのですよ」
ジェは一瞬、目を細めてマドルを睨んだ。
口もとを少し歪ませたまま、ニヤリと笑う。
「あんたはこのあいだから、ずいぶんと私の話しに否定的じゃないのさ。失態が続いたからって、気を悪くしているんでしょ? 挽回してやろうって言ってるのよ」
と言った。
今、一番の戦力になるのはロマジェリカの軍だ。
ジェのいうように防衛で削がれてしまうのは避けたい。
秤にかければ、ジェの申し出を受けるのが得策か。それに最低でも明日の昼までは、遠ざけておける。
「すべてお任せすることが可能だと?」
そう問いかけると、ジェは声高に笑った。
「可能かって? 野暮なことを聞いてくれるじゃない。任せておきなよ、私を誰だと思ってるのさ」
戻ってきた兵からもう少し詳細を取り、兵を整えてくると言い残し、ジェはやっとロマジェリカを離れた。
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