蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
297 / 780
待ち受けるもの

第75話 流動 ~マドル 1~

しおりを挟む
 麻乃に盗られた力の量は相当だったようだ。
 マドルは丸二日も意識が戻らなかったうえ、目が覚めた今も体が重く、起き上がるだけで目眩がして立つことさえもつらい。
 昨日、庸儀へ行かなかったことで、ジェが押しかけてきて張りついている。

「倒れただけじゃなくて、二日も目を覚まさないなんて……一体、なにがあったっていうのさ?」

「単に疲れが溜まっていただけです。言ったでしょう? このところは忙しかった、と」

 幸いなことに麻乃のほうも、まだ目を覚ます様子がない。
 傷は奪い取った力のせいか、すべて癒えていた。

 庸儀の軍がどうなったのかを聞くと、人数だけは帳尻を合わせたと言う。
 ヘイトでも減ったぶんまでは満たなくとも、それなりの兵数を揃えられたようだ。
 泉翔への侵攻の準備は、側近たちへ指示を出して進めさせた。

「ご自分の国へ戻られないと、また兵に逃げられてしまうようなことになりませんか?」

 いつまでも部屋から出ていこうとしないジェに、マドルは軽く嫌味を言ってみせた。

「準備が整い次第、一月以内に泉翔へ侵攻をしようというときに、兵がいないようでは話しになりませんからね」

「一月以内だって? ずいぶんと急な話しじゃないか」

「貴女が逃がしてしまった泉翔の戦士が、向こうで防衛の準備を整えきらないうちに出なければ、無駄に物資と兵力を削がれるだけになってしまいます。あの国の防衛力が、どれほどに高いか貴女も知らないわけではないでしょう?」

 逃がしてしまった、そう言ったことで、ジェが言葉を詰まらせる。
 長い髪が顔を隠し、表情は見えないけれど、憤りを感じているだろうと思っている。

 具合の良くない時にジェがそばにいると、またなにか面倒なことを運んできそうな気がして、早く追い返したかった。
 ノックもなしにいきなりドアが開き、屈強そうな男が入ってくると、ジェに耳打ちをしてマドルを睨んだ。

(新しい側近の一人……か?)

 体躯は見事だけれど、どこかリュにも似ている。
 けれど、とても腕が立つようにはみえない。

(自身の腕前がそう大したものではないのだから、そばに置く者は腕の立つもののほうがいいと言うのに……)

 ヒソヒソと話しをしたあと、マドルを振り返ったジェが妙に不敵な笑みを浮かべている。

「うちの国から逃げ出した部隊がねぇ、明日、この国に攻め込んでくるつもりらしいよ」

「――明日? そんなことがなぜわかるのです?」

「戻ってきたやつがいたってさ。そいつの話しじゃあ、前々から準備がされていて明日の夕刻に動くそうだよ」

 庸儀から脱国した兵は士官クラスがほとんどで、それに従った雑兵まで合わせると相当な人数になるだろう。
 普段なら難なく対処できるものが、この時期とは。

 今はなるべく多くの兵を温存しておきたい。
 そのために先だって、ジャセンベルとの戦争の際に兵を引き上げてきたのだから。

 だからと言って、なんの手向かいもしないわけにはいかない。
 問題は、どの程度の数が出てくるのかということだ。

 まさか脱走兵だけでこのロマジェリカをつぶせるとは思っていないだろう。
 ロマジェシカに対して、どれほどのダメージを与えることが目的なのか、そのあとなにを仕かけてくるつもりなのか、詳細を知りたい。

 それ次第で、相応の兵を出して徹底的にたたきつぶすか、兵力を抑え、適当に流して追い返すかが決まる。

「どうするつもり? 自分のところの兵は出したくないんでしょう? なんなら私が出てやってもいいのよ?」

「そうはいっても、貴女のところは集めたばかりで立て直しをし切れていないのでは? 出たところで、また兵を失われたのでは、あとで困るのですよ」

 ジェは一瞬、目を細めてマドルを睨んだ。
 口もとを少し歪ませたまま、ニヤリと笑う。

「あんたはこのあいだから、ずいぶんと私の話しに否定的じゃないのさ。失態が続いたからって、気を悪くしているんでしょ? 挽回してやろうって言ってるのよ」

 と言った。
 今、一番の戦力になるのはロマジェリカの軍だ。
 ジェのいうように防衛で削がれてしまうのは避けたい。

 秤にかければ、ジェの申し出を受けるのが得策か。それに最低でも明日の昼までは、遠ざけておける。

「すべてお任せすることが可能だと?」

 そう問いかけると、ジェは声高に笑った。
 
「可能かって? 野暮なことを聞いてくれるじゃない。任せておきなよ、私を誰だと思ってるのさ」

 戻ってきた兵からもう少し詳細を取り、兵を整えてくると言い残し、ジェはやっとロマジェリカを離れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...