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待ち受けるもの
第74話 大国の武将 ~レイファー 7~
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サムが言わんとすることは良くわかった。ただ、事が性急過ぎる。
確かにいずれは兄たちを退け、レイファー自身が国を担うつもりでいるが、それは王が崩御してからの話しだ。
今のうちにできる準備を進めてあるとはいえ、今、動くことが得策とは思えない。
下手をすれば謀反者扱いを受けて、すべての道が断たれてしまう。
これまでの話しを何度も自分の中で反芻してみても迷うばかりで答えが出し切れない。
赤髪の女のこともひどく気になる。
ブライアンの話しからも、庸儀にその容姿の女がいることは確かなようだ。
出た国が庸義というのが引っかかるが、それが本当に紅い華だとしたら――?
ガタリと窓が揺れる音がして、ハッと我に返ると、サムが窓に飛び乗ったところだった。
小声でつぶやいた最後の言葉が耳に届く。
「駄目なのですよ。あなたでなければ……」
それを聞いた瞬間、抑え切れない感情が込みあげてきて、思わず立ちあがったレイファーに、背後でブライアンがポツリと言った。
「レイファーさま……チャンスが危険と隣り合わせであることなど、いつものことでしょう?」
「おまえはこれがチャンスだと思うのか?」
「ロマジェリカが手薄になるとわかったのに放っておく手はないでしょう。大陸さえ手中に収めてしまえば、泉翔を落とされてもあとからどうとでもできます」
「二国を落とせば、ヘイトについては争わずに済ませるように持っていくことができるかもしれません」
ケインとジャックまでもが同じことを言う。
「政治的な事情を含めても、軍ではレイファーさまにつくものがほとんどどですよ」
「泉翔への侵攻を後回しにすれば、今の兵力や物資状況からも、手薄になった二国をたたくのはたやすいことです」
「今夜は外してますが、ピーターも絶対に同じことを言いますとも」
レイファーを動かそうとしているのが手に取るようにわかる。
大きくため息をついて静かに振り返ると、三人を睨んだ。
「二国を落としたあと、やりようによっては俺たち全員が謀叛者扱いだ。あの男と同じ……いや、それ以上にきつい状況になる。おまえたち、それをわかっているのか?」
三人は揃ってククッと含み笑いを漏らした。
兄たちへの愚痴をこぼしたときに決まってする嘲笑にも似ている。
「ですから、ほとんどのものが、レイファーさまに従うと言ってるじゃあないですか」
「それを抑えてなにかできるようなかたが、我が国のどこにいるというんです? 上の方々とは、とうに立場が変わっていることを、もう自覚されてもいいころですよ」
「それに、万が一にも追われる身となったところで……やつも力を貸すと言った。拠点さえ置かせてもらえれば、そこを足がかりに国を取り戻すのは、泉翔を落とすよりたやすいでしょう」
いつもと変わらぬ口調で、そう言ってのける。
なんだかんだと気を許してはいても、実際にレイファーに従うものは少数だと思っていた。
三人がここまで言い切るからには、本当に大所帯を引き連れることができるのだろう。
「もういい、わかった。あとで後悔しても知らないぞ。愚痴をこぼしても聞かないからな!」
それぞれの目をしっかり見ると、三人もそれに見返し、小さくうなずく。
レイファーが思う以上に、きっといろいろなことを覚悟している。
開いたままになった窓から外へ飛び出すと、サムのあとを追って走った。
真っ暗な森の中はただ静かなままで、小枝を踏み、茂みを揺らす自分の足音だけが周囲に響いていた。
出口に近いところで、サムの後姿を見つけた。
「待て!」
息を弾ませたまま声を上げると、その歩みが止まる。
近づき難い雰囲気に、レイファーも足を止めて立ち尽くした。
「もう、用はないはずですが?」
振り返りもせずに答えたサムに、息を整えてから問いかけた。
「きさまのところとは違って、うちは血が絡む。そのぶん面倒だぞ?」
「そんなことは、初めから承知の上です」
「俺一人の所存では、すぐに望むとおりにはならないかもしれない」
「時間がかかるのも承知の上です。リスクもしかり。しかし動かなければ、なにかを変えることはできない……だから私たちはやるのです」
「まずは、きさまらの力を見てから……すべてはそれからだ。ロマジェリカへ出ると言うなら、俺たちも同行させてもらおうか。ただし、手は出さん」
また歩き出したサムが、そこで初めて振り返った。
その表情は、これまでに見てきたサムの表情とは違い、明るさと柔らかさをたたえていた。
「上等です。では……あなたも納得のいくような策に立て直しましょうか」
確かにいずれは兄たちを退け、レイファー自身が国を担うつもりでいるが、それは王が崩御してからの話しだ。
今のうちにできる準備を進めてあるとはいえ、今、動くことが得策とは思えない。
下手をすれば謀反者扱いを受けて、すべての道が断たれてしまう。
これまでの話しを何度も自分の中で反芻してみても迷うばかりで答えが出し切れない。
赤髪の女のこともひどく気になる。
ブライアンの話しからも、庸儀にその容姿の女がいることは確かなようだ。
出た国が庸義というのが引っかかるが、それが本当に紅い華だとしたら――?
ガタリと窓が揺れる音がして、ハッと我に返ると、サムが窓に飛び乗ったところだった。
小声でつぶやいた最後の言葉が耳に届く。
「駄目なのですよ。あなたでなければ……」
それを聞いた瞬間、抑え切れない感情が込みあげてきて、思わず立ちあがったレイファーに、背後でブライアンがポツリと言った。
「レイファーさま……チャンスが危険と隣り合わせであることなど、いつものことでしょう?」
「おまえはこれがチャンスだと思うのか?」
「ロマジェリカが手薄になるとわかったのに放っておく手はないでしょう。大陸さえ手中に収めてしまえば、泉翔を落とされてもあとからどうとでもできます」
「二国を落とせば、ヘイトについては争わずに済ませるように持っていくことができるかもしれません」
ケインとジャックまでもが同じことを言う。
「政治的な事情を含めても、軍ではレイファーさまにつくものがほとんどどですよ」
「泉翔への侵攻を後回しにすれば、今の兵力や物資状況からも、手薄になった二国をたたくのはたやすいことです」
「今夜は外してますが、ピーターも絶対に同じことを言いますとも」
レイファーを動かそうとしているのが手に取るようにわかる。
大きくため息をついて静かに振り返ると、三人を睨んだ。
「二国を落としたあと、やりようによっては俺たち全員が謀叛者扱いだ。あの男と同じ……いや、それ以上にきつい状況になる。おまえたち、それをわかっているのか?」
三人は揃ってククッと含み笑いを漏らした。
兄たちへの愚痴をこぼしたときに決まってする嘲笑にも似ている。
「ですから、ほとんどのものが、レイファーさまに従うと言ってるじゃあないですか」
「それを抑えてなにかできるようなかたが、我が国のどこにいるというんです? 上の方々とは、とうに立場が変わっていることを、もう自覚されてもいいころですよ」
「それに、万が一にも追われる身となったところで……やつも力を貸すと言った。拠点さえ置かせてもらえれば、そこを足がかりに国を取り戻すのは、泉翔を落とすよりたやすいでしょう」
いつもと変わらぬ口調で、そう言ってのける。
なんだかんだと気を許してはいても、実際にレイファーに従うものは少数だと思っていた。
三人がここまで言い切るからには、本当に大所帯を引き連れることができるのだろう。
「もういい、わかった。あとで後悔しても知らないぞ。愚痴をこぼしても聞かないからな!」
それぞれの目をしっかり見ると、三人もそれに見返し、小さくうなずく。
レイファーが思う以上に、きっといろいろなことを覚悟している。
開いたままになった窓から外へ飛び出すと、サムのあとを追って走った。
真っ暗な森の中はただ静かなままで、小枝を踏み、茂みを揺らす自分の足音だけが周囲に響いていた。
出口に近いところで、サムの後姿を見つけた。
「待て!」
息を弾ませたまま声を上げると、その歩みが止まる。
近づき難い雰囲気に、レイファーも足を止めて立ち尽くした。
「もう、用はないはずですが?」
振り返りもせずに答えたサムに、息を整えてから問いかけた。
「きさまのところとは違って、うちは血が絡む。そのぶん面倒だぞ?」
「そんなことは、初めから承知の上です」
「俺一人の所存では、すぐに望むとおりにはならないかもしれない」
「時間がかかるのも承知の上です。リスクもしかり。しかし動かなければ、なにかを変えることはできない……だから私たちはやるのです」
「まずは、きさまらの力を見てから……すべてはそれからだ。ロマジェリカへ出ると言うなら、俺たちも同行させてもらおうか。ただし、手は出さん」
また歩き出したサムが、そこで初めて振り返った。
その表情は、これまでに見てきたサムの表情とは違い、明るさと柔らかさをたたえていた。
「上等です。では……あなたも納得のいくような策に立て直しましょうか」
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