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待ち受けるもの
第69話 大国の武将 ~レイファー 6~
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埒が明かない。
敵意はないというのはわかった。ただ、これだけのことをされて黙っているのも腹が立つ。
けれど、このままでは話しもできないことは確かだ。
結局のところ、レイファーが折れるしかないのだろう。
ならば一刻も早く、この状況から抜け出したい。
「ジャック、もういい。ブライアンもケインも、こいつに手出しは無用だ」
「しかし……!」
「いいから今は黙って聞け。おい、きさま、悪い話しじゃないと言ったな? ならば聞かせてもらおうじゃないか」
腕組みをして顎を撫で、こちらの様子を眺めていたサムの表情が、一瞬だけホッとしたように見えた。
「あなたが話しのわかるかたで助かりますよ。動けるようになった途端、斬りつけるのはなしにしてください、こちらも遊びできているわけじゃないんですから」
これまでの態度とは違った真面目な表情が、サムを別人のように見せる。
黙ったままでうなずくと、慎重な目つきでこちらを見てから、三人のほうへ目を向けた。
「こちらの方々、本当に大丈夫でしょうね?」
「ああ、こいつらがおまえになにかをするようなら、この俺の命をくれてやっても構わん」
三人がグッと言葉に詰まらせ、必死に憤りを抑えようとしているのを感じる。
サムは小屋の中にあった椅子の一つを手にすると、窓辺に持っていき、腰をおろした。
一見、リラックスをしているように見えるけれど、油断も隙もない。
なにかあれば、すぐに窓を割って逃げるだろう。
不意に体が自分の意志に反して動き、椅子を引いて腰をかけた。
「きさま、まだ……」
「まぁ、いいでしょう。とりあえずは、そのままでお願いします」
歯軋りをしてサムを睨むと、フッと体が軽くなったのを感じた。
手をグッと握ってみる。
「……動く」
振り返ると、三人とも椅子に腰をおろしたまま、自分の手足を動かしている。
肘かけに寄りかかり、頬づえをつく格好でレイファーをジッと見つめていたサムと、視線が合った。
挑発的で、こちらを馬鹿にしたような最初の印象とはまるで違う。
一国の軍を担う軍師の姿がそこに見える。
自由になったことで動こうとした三人を、大人しく座っていろと小声でいさめると、サムは姿勢を正して頭をさげた。
「約束通り、わざわざ足を運んでくださったこと、感謝します。それから、このような状況だったとはいえ非礼な真似をしたことをお詫びします」
「ふ……ん、ずいぶんと殊勝なことを言うじゃないか。敵兵に、これだけいいようにされたのは初めてだ」
いくら差し向かいとはいえ、敵対している相手にも礼を尽くす態度に驚いた。
昨日のロマジェリカからの使者を見たあとだから、余計にそう感じたのか。
敵方とはいえ嫌いじゃないタイプだ。
言葉尻からそう感じたのが伝わったのか、サムは上目遣いでレイファーの目を見つめ、ニヤリと笑う。
「初めから下手に出ては舐められて相手にされなかったでしょう? どうあっても足を運んでいただきたかったのでね」
「ロマジェリカのように、正式に申し入れてきたら良かったじゃあないか」
「それじゃあ余計な人間が出てきてしまう。それに……私は今、そのようなことができる立場ではありませんから」
つと窓の外へ目を向けてそう言った。
そういえば、ジャックがヘイトの軍師だと言ったときに、元軍師だと強調して返してきた。
「軍に属していないのか?」
「軍……というよりも、国自体に属していないんですよ。今は、ね」
「どういうことだ?」
自嘲気味に笑って肩をすくめたサムに向かって、机に身を乗り出して問いかける。
「ヘイトがロマジェリカ、庸儀と同盟を結んだことは?」
「聞いている」
「ならば話しは早い。私は同盟の反対派に属していましてね、同盟が結ばれた直後、身の危険を感じて一派を引き連れ、出奔したのですよ」
「馬鹿な……ヘイトは王が絶対だと聞いているぞ? その王が決めた同盟だろう? きさまほどの立場の人間が、そう簡単に出奔だなんて……」
サムの言葉に、ジャックが詰め寄った。
細い目が鋭くこちらを見つめ、冷めた表情でため息をついた。
「その辺りの事情も、今日、お話ししたかったことに関わるんですがね……この森……ここを手がけている一人は、あなたでしょう? それもあって、あなたならば話しが通ると思い、こうして出向いていただいたのです」
まずはどこから話しましょうかね、と言って椅子の背にもたれたその姿に、もう誰も憤りを感じてはいなかった。
敵意はないというのはわかった。ただ、これだけのことをされて黙っているのも腹が立つ。
けれど、このままでは話しもできないことは確かだ。
結局のところ、レイファーが折れるしかないのだろう。
ならば一刻も早く、この状況から抜け出したい。
「ジャック、もういい。ブライアンもケインも、こいつに手出しは無用だ」
「しかし……!」
「いいから今は黙って聞け。おい、きさま、悪い話しじゃないと言ったな? ならば聞かせてもらおうじゃないか」
腕組みをして顎を撫で、こちらの様子を眺めていたサムの表情が、一瞬だけホッとしたように見えた。
「あなたが話しのわかるかたで助かりますよ。動けるようになった途端、斬りつけるのはなしにしてください、こちらも遊びできているわけじゃないんですから」
これまでの態度とは違った真面目な表情が、サムを別人のように見せる。
黙ったままでうなずくと、慎重な目つきでこちらを見てから、三人のほうへ目を向けた。
「こちらの方々、本当に大丈夫でしょうね?」
「ああ、こいつらがおまえになにかをするようなら、この俺の命をくれてやっても構わん」
三人がグッと言葉に詰まらせ、必死に憤りを抑えようとしているのを感じる。
サムは小屋の中にあった椅子の一つを手にすると、窓辺に持っていき、腰をおろした。
一見、リラックスをしているように見えるけれど、油断も隙もない。
なにかあれば、すぐに窓を割って逃げるだろう。
不意に体が自分の意志に反して動き、椅子を引いて腰をかけた。
「きさま、まだ……」
「まぁ、いいでしょう。とりあえずは、そのままでお願いします」
歯軋りをしてサムを睨むと、フッと体が軽くなったのを感じた。
手をグッと握ってみる。
「……動く」
振り返ると、三人とも椅子に腰をおろしたまま、自分の手足を動かしている。
肘かけに寄りかかり、頬づえをつく格好でレイファーをジッと見つめていたサムと、視線が合った。
挑発的で、こちらを馬鹿にしたような最初の印象とはまるで違う。
一国の軍を担う軍師の姿がそこに見える。
自由になったことで動こうとした三人を、大人しく座っていろと小声でいさめると、サムは姿勢を正して頭をさげた。
「約束通り、わざわざ足を運んでくださったこと、感謝します。それから、このような状況だったとはいえ非礼な真似をしたことをお詫びします」
「ふ……ん、ずいぶんと殊勝なことを言うじゃないか。敵兵に、これだけいいようにされたのは初めてだ」
いくら差し向かいとはいえ、敵対している相手にも礼を尽くす態度に驚いた。
昨日のロマジェリカからの使者を見たあとだから、余計にそう感じたのか。
敵方とはいえ嫌いじゃないタイプだ。
言葉尻からそう感じたのが伝わったのか、サムは上目遣いでレイファーの目を見つめ、ニヤリと笑う。
「初めから下手に出ては舐められて相手にされなかったでしょう? どうあっても足を運んでいただきたかったのでね」
「ロマジェリカのように、正式に申し入れてきたら良かったじゃあないか」
「それじゃあ余計な人間が出てきてしまう。それに……私は今、そのようなことができる立場ではありませんから」
つと窓の外へ目を向けてそう言った。
そういえば、ジャックがヘイトの軍師だと言ったときに、元軍師だと強調して返してきた。
「軍に属していないのか?」
「軍……というよりも、国自体に属していないんですよ。今は、ね」
「どういうことだ?」
自嘲気味に笑って肩をすくめたサムに向かって、机に身を乗り出して問いかける。
「ヘイトがロマジェリカ、庸儀と同盟を結んだことは?」
「聞いている」
「ならば話しは早い。私は同盟の反対派に属していましてね、同盟が結ばれた直後、身の危険を感じて一派を引き連れ、出奔したのですよ」
「馬鹿な……ヘイトは王が絶対だと聞いているぞ? その王が決めた同盟だろう? きさまほどの立場の人間が、そう簡単に出奔だなんて……」
サムの言葉に、ジャックが詰め寄った。
細い目が鋭くこちらを見つめ、冷めた表情でため息をついた。
「その辺りの事情も、今日、お話ししたかったことに関わるんですがね……この森……ここを手がけている一人は、あなたでしょう? それもあって、あなたならば話しが通ると思い、こうして出向いていただいたのです」
まずはどこから話しましょうかね、と言って椅子の背にもたれたその姿に、もう誰も憤りを感じてはいなかった。
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