蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
289 / 780
待ち受けるもの

第67話 大国の武将 ~レイファー 4~

しおりを挟む
 指定の時間よりも早く着いた。
 周辺には村もなく、明かりは乏しいけれど、今夜は月が出ているおかげでそれなりに明るい。

「レイファーさま、ここは一体どこなんですか?」

「ヘイトとの国境に近いですよね? こんな場所があったなんて知りませんでした」

 ブライアンとケインはそう言って森を眺めた。
 ジャックのほうは、そばを流れる小川をのぞき込んでいる。
 ケインがランプを灯したのを制した。

「人の気配は感じないが、誰が潜んでいるとも限らない。不自由だろうが、しばらく明かりは灯さないように。二手にわかれ、周辺を探る」

 三人がうなずく。

「この森の奥に小屋が建っているんだが、三十分後にその前へ着いているようにしてくれ」

「わかりました」

 ブライアンとケインを組ませて右側を、レイファーはジャックを連れて左側を探った。
 木立の中にわずかに漏れる月明かりで影が濃く揺れているせいもあり、何度か人影と見間違えてしまう。

「少し風が出てきたな……」

「レイファーさま、さっきからキナ臭いというか、なにか嫌な臭いがしませんか?」

 背後でそう言われて振り返ると、ジャックが立ち止まって森の外を見つめている。

「そうか? 俺にはわからないが……」

「風向きのせいもあるかもしれませんが、焼けたような焦げたような、とにかく変な臭いが……」

「なにか燃えてるとしたらまずいぞ!」

 火種になるようなものはここにはない。
 とはいえ、火が出るようなことがあったら、そう思うとレイファーは焦りを感じる。

「いえ、今、なにかが燃えている臭いとは違いますね。恐らく、向こうのほうです」

 歩き出したジャックのあとを追っていくと、森の外へ出た。
 暗くてはっきりとはわからないけれど、二、三日の間になにかがあっただろう跡が見て取れる。

「ひどい臭いだ……それにしても、こんな場所でなにがあったんでしょう? この辺りが国境に近いとはいえ、戦場からは離れているのに」

 点々と転がっている黒い塊の一つに近づく。

「……人、だな」

 燃え尽きて炭化しているけれど、紛れもなく人間だ。

「もう乾いてしまっていますが、こっちは血の跡もありますね。それに、そっちの岩場に薬莢が落ちていました」

 ジャックがすばやく周辺を探り、そう言った。

「薬莢か……この辺りまでどこかの部隊が出ていたという話しはなかったか?」

「私はなにも聞いていませんが、ほかの二人がなにか聞いているかもしれません」

 嫌な予感がする。転がっている死体は、一体、どこのものだろうか。
 ただ、どうやら木々にはなんの被害もないことが、気持を和らげてくれた。

「この辺りも今はなんの気配もないようですが、どうしますか?」

「そうだな、辺りを調べるにしても、こう暗いとなにもできないか……ここのことはあとでいい、先へ進もう」

 ジャックをうながして森の中へ戻った。
 静まり返った暗闇の中で、慎重に辺りを確認しながら小屋の前までたどり着いた。

 ブライアンもケインも、とうに着いていて、不安げな面持ちでウロウロとしている。
 腕時計を見ると、十分以上も遅れていた。
 無事な姿が見えたからか、互いに安堵の表情を浮かべた。

「すまない。少しばかり遅くなったな」

「私たちには馴染みのない場所なので、動くに動けず、いささか心配になりました」
「ここへ来る途中に争った跡を見つけたんだが、おまえたち、この辺りにまで兵が出ているという話しは聞いていないか?」

「いえ……戦場はもっとヘイト寄りですから、ここまで足を延ばすことは考えられません」

「そうか……」

 考え込みながら、小屋の扉を開けて中へ入り、ランプを灯した。
 中は使われた形跡はないけれど、何者かが侵入した足跡があった。
 書棚も植物の苗も、なにも変わりはない。

「この辺りは昔はヘイトとの国境だった。ここは俺が幼いころに住んでいた場所だ」

 窓の鍵がかかっていることを確認し、外の様子を眺める。
 ここにいる三人はレイファーの事情をすべて知っている。
 それでも、これまでは、この場所のことだけは黙っていた。

「最も、この小屋はそのころからたいぶ経ってから建てられたものだがな」

「この裏手を少し行ったところに、小さな墓石がありましたが、それは……」

「あれは母の姉……伯母のものだ」

 問いかけたことを後悔したようなケインの表情に、わずかに笑ってみせた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

処理中です...