蓮華

釜瑪 秋摩

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待ち受けるもの

第64話 大国の武将 ~レイファー 1~

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 レイファーは長い廊下を急ぎ足で進んだ。
 ロマジェリカの国境沿いに詰めていたところを、急きょ呼び戻されたからだ。

 大広間には、ロマジェリカからの使者が数名と五人の兄、一番奥には王がいる。
 部屋の一番隅で柱の陰に立った。
 もう会談は始まっているらしく、兄たちはひどく憤っているようだ。

(一体、なにがあったんだ?)

 少数で敵国に足を踏み入れているというのに、使者たちは、やけにふてぶてしい態度でいる。 
 同じく隅に控えていた王の世話係に近づき、小声で問いかけた。

「ルーン爺、やつらは一体、なにを言ってきたんだ?」

 レイファーが来ていたことに気づいていなかったようで、一瞬、体をビクッと震わせ振り返ると、ホッとした顔を見せた。

「レイファーさま……ロマジェリカは我が国に、そのもとにくだれと申して参りました」

「ほう……」

 腕を組んで兄たちを眺めた。
 なるほど、くだれ、などと言われて黙ってる連中じゃない。
 道理で憤ってるわけだ。
 ククッと小さく笑うと、ルーンはたしなめるような視線を向けてくる。

「我が国の策はもう既に動き始めている。物資と兵の補充において協力を得られるなら、見事、泉翔を落として参りましょう。大陸を統一した暁には、ジャセンベルにも悪いようにはしません。国の安全を必ずや保証しますよ」

 使者の一人が不敵な笑みでそう言った。

「それは心強いことだ」

 長兄がそう言うと、使者たちは満足そうな顔をみせている。

「しかしながら我が国は保証してもらわずとも、国の安全程度、己が力でどうとでもできる」

「そのとおりだ。我が国は庸儀やヘイトと違って、泉翔を手に入れることも大陸の統一も、諦めたわけではない」

「まったく、まるでもう既に大陸を統べたような口ぶり、その自信は一体どこからくるというのか」

「我が国の領土ひとつ、奪うこともできないでいる国の言葉とは思えませんな」

 長兄の言葉に続き、次兄たちが嘲笑しながら言うと、使者は目を細めて睨みを利かせた。

(泉翔を落とすだと? 馬鹿なことを……)

 兄たちの言うとおり、まるでロマジェリカが統一したかのような口ぶりに、レイファーも思わず苦笑した。
 おまけに、これまで四国が何度も渡って潰すことのできないでいる泉翔をも、既に手中にしたような言い方だ。

 確か、諜報からの情報では、庸儀とヘイトは出された条件を飲み、ロマジェリカと同盟を結んだと言う。
 それを聞いたとき、二国の王は足りないんじゃないだろうか?
 と思った。

 同盟とは名ばかりで、実質、そのもとにくだっただけじゃあないか。
 対等な立場を捨ててロマジェリカに従い、なにを得られるというのか。

(ロマジェリカの策とやらには、少しばかり興味はあるが……さて、うちの王はなんと仰るのか)

 顎を撫で、様子をジッと見つめた。王は身を乗り出して使者に言った。

「御覧のとおり、我が息子たちはなかなか血気盛んでな。国力も、こうして他国より協力を求められるほどに、まだまだ物資も兵も十分に抱えている。幸いなことに統一を狙えるほどに、だ。泉翔のことも末子に任せているが、近々いい報告を持ってくるだろう」

 余裕たっぷりな王の姿。
 思ってもいないことを良くもぬけぬけと言えたものだ、とレイファーはまた含み笑いを漏らした。

「では、協力は得られない……と?」

「我が国が統一した暁には協力しようじゃあないか。貴国の安全を」

 王が手をたたくと、それを合図に控えていた近衛兵たちが、使者を取り囲む。 

「この笑いが止まらぬうちに立ち去るが良い。我が国の兵士は、生温い湯に浸かって満足している他国のものどもとは違う。もたもたしていると生きて祖国の地を踏めなくなろう」

「後悔しますぞ……」

 王を睨み据えてつぶやき、使者たちは逃げるように大広間をあとにした。

「レイファー、そこにいるのか?」

 突然、王に呼ばれ、レイファーは渋々前へ出た。

「泉翔のほうは一体どうなっている?」

「はっ……それがなかなか……」

「早々に落としてこい! それから国境の守りをすべて固めろ! 蟻の子一匹通さないほどにな! ロマジェリカごときにあのようなことを言われて、恥を知れ!」

 勢い良く立ち上がった王は、大声で喚くと、そのまま広間を出ていった。
 飛んだとばっちりだ。
 癇癪をぶつけられた理不尽さに、ため息がこぼれる。

「まったく、王の仰るとおりだ」

「下女の子が。その命を引き換えにしてでも、泉翔を落としてこんか」

「領土ももっと積極的に奪ってくることができないのか? 使えないやつめ」

 兄たちはレイファーに冷めきった視線を放ち、王のあとを追うようにして出ていった。
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