蓮華

釜瑪 秋摩

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待ち受けるもの

第61話 目覚め ~麻乃 2~

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 ギリギリと抑え込んでくる力が、普段よりも強い。

「巧さん……どうしてこんなところに……庸儀の奉納は!」

 押し返して弾いても、なにも答えずに斬り込んでくる。
 巧にこれほどの力があるなんて。

「おまえ……邪魔だよ」

 何度か名前を呼んだあと、ようやく答えた巧の言葉は、その一言だった。
 麻乃の言葉が届かない。

 巧の刀は、明らかに麻乃の命を絶ちにきている。
 問答無用で斬りつけてきた刀を受け流し、擦り抜けながらその脇腹に夜光を滑らせた。
 人の命を奪い取る感触が握った柄を通して腕に、胸に伝わってくる。

 そうしなければ倒れるのは麻乃のほうだとわかっていながらも、相手が敵兵ではなく巧だという事実に手が震え、背筋に悪寒が走る。

 殺気を含んだ気配が背後から近づき、振り向きざまに斬りつけた。
 頭の上を空を斬って通り過ぎたのは斧だった。

 血飛沫が淡い黄色の服の胸もとを赤く染めた。
 左手で腹を押さえ、倒れる姿に向かって叫んだ。

「トクさん!」

 駆け寄って支えようとした大きな体の後ろから、槍が突き出された。
 ギリギリのところでそれを避ける。
 耳もとをかすめた矛先に、麻乃の髪がひと房切られて落ちた。

「穂高……? どうしてあんたたちみんな、ジャセンベル軍に……」

「これが一番いい方法だからだ」

「僕らが大陸を制覇してしまえば、泉翔が侵略されることはなくなるんだよ」

 穂高の後ろから、小太刀で斬りつけてきた梁瀬が言った。

「な……あたしたちの力は守るためのもので奪うためじゃない! 大陸の制覇だなんて……それは禁忌だ!」

「奇麗事ばかりを並び立てているから、いつまで経っても大陸は泉翔に進攻し続けてくるんだ」

「一度滅ぼしてしまうのが、手っ取り早い方法なんだよ」

 二人の瞳は巧と同様、どこまでも冷たい。
 その視線に麻乃は寒気を覚える。

「違う……こんなことをしても、なんの解決にもならないじゃないか! 滅ぼすだなんて……一般の人たちはどうなる? あたしたちに、そんなことをする権利などない!」

 麻乃がなにを言っても通じていない。
 訓練や演習のときとは違う二人の動きと気迫に、本気にならざるを得ない。
 刀を振るい、斬り裂くたびに、夜光とともに深い闇に沈んでいくような感覚が麻乃自身を包んだ。

「なんでよ……どうして急にこんなことを始めた! 豊穣を済ませて、あとは帰るだけじゃないか!」

 打ち倒した四つの骸に届かないとわかっていても叫ばずにいられない。
 戦場の喧騒も立て続けに響き渡る砲撃や銃声も、すべてが遠くに聞こえる。

 意識までも遠くなりそうなのを、麻乃は辛うじてこらえた。
 これまでに幾度となく感じてきた覚醒に繋がる感覚とはまったく違う。
 今、倒れてしまったら、次に立ちあがったときは、自分が自分でなくなってしまいそうだ。

 この場所でなにをしていいのか、なにをすべきなのかわからないまま、巧たちを前に立ち尽くしている背後に、これまでよりも強い殺気を感じた。
 振り返るまでもなく、誰だかわかる。

「いつの間に、こんなことが決められたの?」

 麻乃は目を閉じて、ため息をついた。

「これは誰の意志? あんたたちだけで決めたこと? それとも国王さまの……国の意志?」

 後ろの気配はなにも答えず、黙ったままで動かない。
 怒りよりも、強く沸き上がるのは哀しみで抑え切れない感情に押しつぶされそうだ。

「答えろ! 修治!」

 振り返った瞬間に突きかかってきた修治の刀を受けた。

「おまえがそんなことを知る必要はない」

 斬り結んだままで修治は小さくつぶやき、夜光ごと強い力で押し弾かれた。
 よろけてもつれた足を踏ん張り、構え直した上腕を切り返して流された刃がかすめた。

「くっ……!」

 踏み込むスピードも切り返す速さも、その腕力もなにもかもが敵わない。
 麻乃では、修治には勝てない。

 それでも止めなければ――。

「ジャセンベルと組んで大陸を制覇して、そのあと一体、なにをしようっていうんだ!」

「これほどの土地を持ちながら枯らすことしかできない大陸のやつらに代わって、俺たちがすべてを手に入れる。あんな小さな島など捨てて、これからは俺たちが大陸を育むんだ」

「捨てる? なにを馬鹿な……すべてを手に入れるって? ここを奪ってしまったら、この土地で生きるなんの罪もない人たちは、一体どうなる!」

「これほどまでに枯らせたことだけで、十分過ぎる罪だろう?」

 無表情のまま麻乃に切っ先を向け、静かに修治は答えた。
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