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待ち受けるもの
第60話 目覚め ~麻乃 1~
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そんなはずがない。
大陸へ討って出るなど、あるはずがない。
誰もそんな話しをしたことがないし、会議で聞いたこともない。
ただ――。
(何度か……出なかったこともあった……)
苛立ちだけで、本来はいるべき場所にいなかったのも事実だ。
そのあいだに、なにがあったかなど知る由もない。
いつか言われた言葉と、マドルの放った言葉が刺さる。
『ほかの蓮華を信用するでない』
『知った顔がいくつあるのか、良く見て確認するといいでしょう』
握りしめた双眼鏡を恐る恐るのぞいた。
最初に目に飛び込んできたのは大勢のロマジェリカ人で、一度、目を離し、ジャセンベルの軍勢を確認してから、もう一度のぞき見た。
ザッと見渡しても、泉翔人らしき姿は一つも見えない。
(やっぱり……うちの戦士がいるなどと……とんだ出まかせだ)
ホッと息をついたとき、ジャセンベルの軍勢が動き始めた。
視線を外そうとした瞬間、チラリと横切った人影に、麻乃の心臓が大きく跳ねあがった。
ずれた視線をあわてて戻す。
手が震えているのか、思う場所にたどり着けずにいると、今度は別の人影に視線を止めた。
(岱胡! どうして……)
視線を移すたびに、巧や梁瀬、穂高の顔が飛び込んでくる。
徳丸の姿を確認し、最後に修治の姿を見つけたとき、血の気が引いて目眩がした。
(なんで……? どうしてみんなが……)
よろけた麻乃の体が誰かにぶつかり、ハッとして振り返ろうとした肩を、マドルに両手でしっかりとつかまれた。
「何人、見えましたか? 貴女の知る人が、あの軍勢に……」
耳もとでマドルの声が静かに響いている。
目眩がさらに強くなる。
ギュッと目を閉じてみても、今、飛び込んできたみんなの姿が離れない。
それでも――!
思いきりマドルの手を振り払った。
軍勢は動きだした。
止めなければ。
止めてどういうことなのか問いたださなければ。
駆け出そうとした手を取られ、右肩に鋭い痛みが走る。
「……っ!」
「そのような出で立ちで、なんの武器も持たずに前線に出たところで、なにもできないままに倒れるのが落ちですよ」
「この……離せ! あたしは信じない! この目で直に確かめにいく! 武器など、あるところから奪い取る!」
マドルの平手が麻乃の頬を打った。
反射的に、麻乃もこぶしで思いきりマドルに打ち返した。
突然のことで、どちらも避けきれなかった。
マドルのほうは唇が切れたようだ。
側近が身構えたのを制し、マドルは冷たい視線で麻乃を見据えた。
「今、この状況で、我が軍の兵士に手を出させるわけにはいきません。あれだけの軍勢を相手に、こちらの陣を乱されては困るのです」
「あんたたちの事情など知ったことか!」
「どうしても行くと仰るのなら、止めはしません。これをお持ちになるといい」
側近に言いつけ、なにかを取りにいかせるとそれを差し出してきた。
「……夜光」
「貴女が出ていったところで、なにが変わるとも思えませんが、泉翔の戦士たちを少しでも足止めできるのならば、どうぞご自由に」
マドルの嘲笑に苛立ちが抑え切れない。
それでも、ここでいい争いをしている時間などないことは、十分過ぎるほどわかっている。
夜光を乱暴に奪い取ると、麻乃は前線に向かって全力で駆け出した。
ロマジェリカの兵士たちのあいだを擦り抜けながら慣れない衣に足を取られ、何度か転んだ。
息を切らせ、前線まであと少しの所で轟音が鳴り響き、両軍の兵士が一斉に動きだした。
(今の音……砲撃?)
混乱する戦場の中、向かってくるジャセンベル軍の中に飛び込んだ。
斬りつけてくる敵兵を体当たりで押し退け、振り被ってくる剣を麻乃は身を屈めてかわした。
徐々に交戦が激しくなってきた。
ただ避けるだけの作業さえ難しくなり、いよいよ夜光を抜かなければと、柄に手をかけた。
「……抜けない!」
握り締めた夜光が抜かれるのを嫌がっているように感じる。
リュと対峙したときのように痺れるような感覚はないけれど、なにかが引っ掛かっているかのように、鯉口がカチャカチャと音を立てるだけだ。
向かってくる敵の攻撃を必死で避けながら進む。
焦りで鼓動が速くなる。
「どうして! こんなときに……嫌がってる場合じゃないのに! 抜けてよっ! お願いだから!」
苛立ちと焦りで懇願しながら柄を握り締めた手を引いた。
諦めたように、スルリと鞘から出た刀身が、鈍い光を放った瞬間、背後から殺気を感じて振り向きざまに夜光を構えた。
振りおろされた刃の向こうに、巧の冷たい瞳を見た。
大陸へ討って出るなど、あるはずがない。
誰もそんな話しをしたことがないし、会議で聞いたこともない。
ただ――。
(何度か……出なかったこともあった……)
苛立ちだけで、本来はいるべき場所にいなかったのも事実だ。
そのあいだに、なにがあったかなど知る由もない。
いつか言われた言葉と、マドルの放った言葉が刺さる。
『ほかの蓮華を信用するでない』
『知った顔がいくつあるのか、良く見て確認するといいでしょう』
握りしめた双眼鏡を恐る恐るのぞいた。
最初に目に飛び込んできたのは大勢のロマジェリカ人で、一度、目を離し、ジャセンベルの軍勢を確認してから、もう一度のぞき見た。
ザッと見渡しても、泉翔人らしき姿は一つも見えない。
(やっぱり……うちの戦士がいるなどと……とんだ出まかせだ)
ホッと息をついたとき、ジャセンベルの軍勢が動き始めた。
視線を外そうとした瞬間、チラリと横切った人影に、麻乃の心臓が大きく跳ねあがった。
ずれた視線をあわてて戻す。
手が震えているのか、思う場所にたどり着けずにいると、今度は別の人影に視線を止めた。
(岱胡! どうして……)
視線を移すたびに、巧や梁瀬、穂高の顔が飛び込んでくる。
徳丸の姿を確認し、最後に修治の姿を見つけたとき、血の気が引いて目眩がした。
(なんで……? どうしてみんなが……)
よろけた麻乃の体が誰かにぶつかり、ハッとして振り返ろうとした肩を、マドルに両手でしっかりとつかまれた。
「何人、見えましたか? 貴女の知る人が、あの軍勢に……」
耳もとでマドルの声が静かに響いている。
目眩がさらに強くなる。
ギュッと目を閉じてみても、今、飛び込んできたみんなの姿が離れない。
それでも――!
思いきりマドルの手を振り払った。
軍勢は動きだした。
止めなければ。
止めてどういうことなのか問いたださなければ。
駆け出そうとした手を取られ、右肩に鋭い痛みが走る。
「……っ!」
「そのような出で立ちで、なんの武器も持たずに前線に出たところで、なにもできないままに倒れるのが落ちですよ」
「この……離せ! あたしは信じない! この目で直に確かめにいく! 武器など、あるところから奪い取る!」
マドルの平手が麻乃の頬を打った。
反射的に、麻乃もこぶしで思いきりマドルに打ち返した。
突然のことで、どちらも避けきれなかった。
マドルのほうは唇が切れたようだ。
側近が身構えたのを制し、マドルは冷たい視線で麻乃を見据えた。
「今、この状況で、我が軍の兵士に手を出させるわけにはいきません。あれだけの軍勢を相手に、こちらの陣を乱されては困るのです」
「あんたたちの事情など知ったことか!」
「どうしても行くと仰るのなら、止めはしません。これをお持ちになるといい」
側近に言いつけ、なにかを取りにいかせるとそれを差し出してきた。
「……夜光」
「貴女が出ていったところで、なにが変わるとも思えませんが、泉翔の戦士たちを少しでも足止めできるのならば、どうぞご自由に」
マドルの嘲笑に苛立ちが抑え切れない。
それでも、ここでいい争いをしている時間などないことは、十分過ぎるほどわかっている。
夜光を乱暴に奪い取ると、麻乃は前線に向かって全力で駆け出した。
ロマジェリカの兵士たちのあいだを擦り抜けながら慣れない衣に足を取られ、何度か転んだ。
息を切らせ、前線まであと少しの所で轟音が鳴り響き、両軍の兵士が一斉に動きだした。
(今の音……砲撃?)
混乱する戦場の中、向かってくるジャセンベル軍の中に飛び込んだ。
斬りつけてくる敵兵を体当たりで押し退け、振り被ってくる剣を麻乃は身を屈めてかわした。
徐々に交戦が激しくなってきた。
ただ避けるだけの作業さえ難しくなり、いよいよ夜光を抜かなければと、柄に手をかけた。
「……抜けない!」
握り締めた夜光が抜かれるのを嫌がっているように感じる。
リュと対峙したときのように痺れるような感覚はないけれど、なにかが引っ掛かっているかのように、鯉口がカチャカチャと音を立てるだけだ。
向かってくる敵の攻撃を必死で避けながら進む。
焦りで鼓動が速くなる。
「どうして! こんなときに……嫌がってる場合じゃないのに! 抜けてよっ! お願いだから!」
苛立ちと焦りで懇願しながら柄を握り締めた手を引いた。
諦めたように、スルリと鞘から出た刀身が、鈍い光を放った瞬間、背後から殺気を感じて振り向きざまに夜光を構えた。
振りおろされた刃の向こうに、巧の冷たい瞳を見た。
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