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待ち受けるもの
第58話 目覚め ~マドル 4~
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身をよじったときの衣擦れとベッドのきしむ音がした。
マドルの気配に気づいたからか、麻乃は突然、跳ね起きた。
「……っ」
傷が痛んだようで、肩を押さえて背を丸めている。
「昨日、無理に動かないほうがいいと言ったはずですよ」
マドルは立ち上がり、机に置いた水差しからグラスに水を注いで、薬を手にした。
「怪我も痛む、と言ったでしょう?」
麻乃の視線が、そばに寄ろうとするのを拒絶して、きつくマドルの足もとを向く。
足を止め、敵意がないことを示すようにグラスと錠剤を持ったまま、両手を広げた。
「ここは……? あなたは一体……」
「ロマジェリカの城です。私はここの軍師、マドル・ベインです」
まだ意識がしっかり保てないのか、それとも自分の居場所を聞いて、逃げる算段をつけているのか、麻乃は黙ってしまった。
「国境沿いに向かう途中、庸儀の兵を見かけました。なにがあったのかは知りませんが、貴女が倒れていたので、余計な真似かとも思いましたけれど、手を出させていただきました」
「その場にもう一人……! と……」
ハッと顔をあげ、そう言いかけてから麻乃はうつむき、落ち着かない様子で問いかけてきた。
「あの……ロマジェリカ人の男の人が……いませんでしたか? 背に傷を負っていたんですが……」
――鴇汰のことか。
確かに、見た目はロマジェリカ人で通る。
「いいえ、あの場には庸儀の兵が数人と、貴女だけでしたが。どなたかとご一緒だったのですか?」
返事もせず、ジッと考え込んで、マドルを見ようともしない。
ベッドの脇に椅子を寄せ、腰をおろして視線を同じ位置にすると、手にグラスと痛み止めを持たせた。
一瞬、ビクッと体を震わせ、受け取った錠剤を見つめている。
「ただの痛み止めと化膿止めです。貴女になにかする気なら、これまでにいくらでも時間はありましたよ。それに、最初から助けたりもしません」
そう言うと、やっと麻乃の視線がマドルを向いた。
疑わし気な目をしながらも痛みでつらいのか、なにかを思いきったように薬を口にした。
「……助けていただいてありがとうございます。でも、この服は……? 荷物も……」
「衣服はだいぶ汚れていたので、女官に着替えを頼みました。まとっていた服はこちらに。持ちものも含めて保管してあります」
ドアを開けて側近にいいつけ女官に麻乃の荷物を持ってこさせると、すべて机に置いた。
視線が走り、荷物を確認してホッとため息をついたあと、不意に不安な表情を浮かべた。
一刀が鞘のみであることに気づいたのだろう。
「あの場には、いくつかの剣や斧が落ちていたのですが、この鞘に合うものがどれなのか判断できず持ち帰りませんでした。探している余裕もありませんでしたしね」
女官に目配せをして、麻乃の荷物をすべて衝立の向こうに移動させた。
敵国の城において、武器をすぐに受け取れるとは最初から思っていなかったようで、目の届かない場所へ荷物を移動されても、麻乃は顔色一つ変えない。
けれど、一瞬にして隙がなくなった。
迂闊に近寄れない雰囲気が、麻乃を包んでいる。
きっと頭の中では、武器だけでも手にして逃げる方法を考えているに違いない。
無理だとわかれば、なにも持たずに飛び出す可能性もある。
逃げられる前に、先ずは話しをしなければ。
「あなたを助けたのは私の知りたいこと……いえ、教えていただきたいことがあったからです」
「……教えてほしいこと?」
問い返してきた麻乃の目に警戒の色が見えた。
「泉翔の人間が渡ってくることは、かなり以前からわかっていました。問題は、その目的です」
「目的だなんて、そんな大それたものは……」
「ジャセンベルと手を組んで、大陸侵出を謀るというのは本当ですか?」
麻乃の言葉をさえぎってそう問いかけた。
「馬鹿なことを……あたしたちは大陸のどの国にも与しない。あたしたちの力は守るための力で奪うためじゃない」
警戒が驚きに変わり、麻乃が呆れた口調で答えたところを、マドルはまた畳みかけて問い詰める。
「では、国境沿いのジャセンベル軍に泉翔の戦士がいるのはなぜですか? 我が軍の確認した情報では、泉翔の主立った武将たちが揃っているとのことです。藤川さん、貴女も……あの山を越えてジャセンベルへ向かうところだったのではないのですか?」
名前を呼ばれたことに驚いている麻乃の左腕をつかみ、動揺した瞳をジッと見据えた。
マドルの気配に気づいたからか、麻乃は突然、跳ね起きた。
「……っ」
傷が痛んだようで、肩を押さえて背を丸めている。
「昨日、無理に動かないほうがいいと言ったはずですよ」
マドルは立ち上がり、机に置いた水差しからグラスに水を注いで、薬を手にした。
「怪我も痛む、と言ったでしょう?」
麻乃の視線が、そばに寄ろうとするのを拒絶して、きつくマドルの足もとを向く。
足を止め、敵意がないことを示すようにグラスと錠剤を持ったまま、両手を広げた。
「ここは……? あなたは一体……」
「ロマジェリカの城です。私はここの軍師、マドル・ベインです」
まだ意識がしっかり保てないのか、それとも自分の居場所を聞いて、逃げる算段をつけているのか、麻乃は黙ってしまった。
「国境沿いに向かう途中、庸儀の兵を見かけました。なにがあったのかは知りませんが、貴女が倒れていたので、余計な真似かとも思いましたけれど、手を出させていただきました」
「その場にもう一人……! と……」
ハッと顔をあげ、そう言いかけてから麻乃はうつむき、落ち着かない様子で問いかけてきた。
「あの……ロマジェリカ人の男の人が……いませんでしたか? 背に傷を負っていたんですが……」
――鴇汰のことか。
確かに、見た目はロマジェリカ人で通る。
「いいえ、あの場には庸儀の兵が数人と、貴女だけでしたが。どなたかとご一緒だったのですか?」
返事もせず、ジッと考え込んで、マドルを見ようともしない。
ベッドの脇に椅子を寄せ、腰をおろして視線を同じ位置にすると、手にグラスと痛み止めを持たせた。
一瞬、ビクッと体を震わせ、受け取った錠剤を見つめている。
「ただの痛み止めと化膿止めです。貴女になにかする気なら、これまでにいくらでも時間はありましたよ。それに、最初から助けたりもしません」
そう言うと、やっと麻乃の視線がマドルを向いた。
疑わし気な目をしながらも痛みでつらいのか、なにかを思いきったように薬を口にした。
「……助けていただいてありがとうございます。でも、この服は……? 荷物も……」
「衣服はだいぶ汚れていたので、女官に着替えを頼みました。まとっていた服はこちらに。持ちものも含めて保管してあります」
ドアを開けて側近にいいつけ女官に麻乃の荷物を持ってこさせると、すべて机に置いた。
視線が走り、荷物を確認してホッとため息をついたあと、不意に不安な表情を浮かべた。
一刀が鞘のみであることに気づいたのだろう。
「あの場には、いくつかの剣や斧が落ちていたのですが、この鞘に合うものがどれなのか判断できず持ち帰りませんでした。探している余裕もありませんでしたしね」
女官に目配せをして、麻乃の荷物をすべて衝立の向こうに移動させた。
敵国の城において、武器をすぐに受け取れるとは最初から思っていなかったようで、目の届かない場所へ荷物を移動されても、麻乃は顔色一つ変えない。
けれど、一瞬にして隙がなくなった。
迂闊に近寄れない雰囲気が、麻乃を包んでいる。
きっと頭の中では、武器だけでも手にして逃げる方法を考えているに違いない。
無理だとわかれば、なにも持たずに飛び出す可能性もある。
逃げられる前に、先ずは話しをしなければ。
「あなたを助けたのは私の知りたいこと……いえ、教えていただきたいことがあったからです」
「……教えてほしいこと?」
問い返してきた麻乃の目に警戒の色が見えた。
「泉翔の人間が渡ってくることは、かなり以前からわかっていました。問題は、その目的です」
「目的だなんて、そんな大それたものは……」
「ジャセンベルと手を組んで、大陸侵出を謀るというのは本当ですか?」
麻乃の言葉をさえぎってそう問いかけた。
「馬鹿なことを……あたしたちは大陸のどの国にも与しない。あたしたちの力は守るための力で奪うためじゃない」
警戒が驚きに変わり、麻乃が呆れた口調で答えたところを、マドルはまた畳みかけて問い詰める。
「では、国境沿いのジャセンベル軍に泉翔の戦士がいるのはなぜですか? 我が軍の確認した情報では、泉翔の主立った武将たちが揃っているとのことです。藤川さん、貴女も……あの山を越えてジャセンベルへ向かうところだったのではないのですか?」
名前を呼ばれたことに驚いている麻乃の左腕をつかみ、動揺した瞳をジッと見据えた。
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