蓮華

釜瑪 秋摩

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待ち受けるもの

第57話 目覚め ~マドル 3~

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 今までは、下手に出ては機嫌を取り、なだめすかしてから帰らせていた。
 今はそんな気にもなれず、素っ気なく突き放すような言葉だけを投げかけて、マドルは椅子に腰かけた。

 その態度に戸惑ったのか、後ろから首に手を回してきたジェは、甘ったるい声を出す。

「わかったわ。確かにあんたのいうとおりかもしれない。すぐにでも戻って立て直しをするわ。だから……」

 その先は聞かなくてもわかった。もう、うんざりだ。
 冷たく手を払い除けると、マドルは黙って部屋のドアを開け、帰るよううながしてみせた。
 ジェのきつい視線を受け止めて、その気性でなにをしでかすかわからないことを思い出す。

「今夜……いえ、明日中には、側近とともに庸儀へ向かいます。お一人ではなにかと大変でしょうから。できれば部屋をいくつか用意していただけると助かります」

 出ていきかけたジェに、マドルはそう言って不本意ながらほほ笑んでみせる。
 途端に気を良くしたのか抱きついてくると、唇を押しつけてきた。
 開け放ったドアの向こうでは、ジェが控えさせていた側近たちがジッと見据えている。

 待ってるよ、と言って帰っていったジェの姿が見えなくなると、部屋に戻り、もう一度、顔を洗った。
 時間は四時を回ったところだ。
 机に向かって地図を広げ、ジェの言葉を反芻した。

 修治を逃したとなると、大陸で起こったことが泉翔側に伝わってしまうだろう。
 防衛力を強めてしまうのは必至だ。
 こちらでの準備がすべて整ったうえであっても、泉翔侵攻をする際にはこれまで予定していたよりも、多くの兵が必要になるかもしれない。

 そうなると、庸儀の兵が減ったことが多少なりとも響いてくる。
 自国とヘイトからも集めるとなれば、ジャセンベルを相手にする兵数は極力抑えなければならないだろう。

(どうせ先は見えている……ならば、少しばかり防衛の兵数を減らしたとしても、問題はないか……)

 廊下を慌ただしく向かってくる足音が聞こえ、マドルは立ち上がりドアを開けた。

「こんな早くにどうしました?」

「マドルさま、国境沿いを固めているジャセンベルの軍が、今日の午後には動くとの情報をつかみました。我が軍のほうはいかがいたしましょう?」

 息を切らせた側近がそう問いかけてきた。

「午後……ですか……」

 今、ジャセンベルが構えている場所は、麻乃たちがいたところからほど近い。
 言い訳はなんとでも立つ。

 麻乃が目を覚ますころには薬の効果も消えて、すぐにでも動ける状態になっているだろう。
 仮に抜けきっていなくて動きが鈍ったとしても、あとでなんとでもできる。

 目覚めさせるいいチャンスかもしれない。

 マドルはそう考えた。

「ジャセンベルには気づかれないように、兵数を三分の一ほど引き上げさせてください。のちの泉翔侵攻の際に、兵数が足りなくなる恐れがあります。今回は、国境近辺の領土は捨てるつもりで」

「わかりました」

「といって、ここは城からも近いですからあまり侵攻をされても困ります。一定の場所……そうですね、この辺りは兵を固めて防ぐように」

 側近は地図を見て、ジャセンベル軍の位置を指差した。

「マドルさま、ジャセンベル軍の将ですが、中心より少しずれたこの辺りから指示を出しています」

「なるほど……では、この付近も兵を多めに配備してください。事が起こった際には、私もこの場にいるようにします。少しばかりやっておきたいことがあるので、反対のこの付近から兵を引き上げさせるようにお願いします」

 広げた地図を見ながら指示を出し、位置関係と兵を置く場所をしっかりと頭に刻んだ。

「わかりました。では、早急に兵を退かせ、そのように準備をしておきます」

 そう答えて戻っていった側近を見つめ、つい笑みがこぼれる。
 そのときに間に合うように出るために、車の準備をするように残った側近に指示を出し、いつでも動けるように着替えを済ませ、ロッドを手にした。

 ジェが庸儀に戻った今、今日のところはもうマドルの部屋を訪れるものはいないだろう。
 麻乃の部屋へ向かい、中へ入って様子を見た。
 静かな部屋の中に、寝息だけがかすかに響いている。

 目が覚めているようには見えない。
 目を覚ます様子も、まだない。

 一度は気配を殺して目を覚ますのを待とうと思った。
 けれど、それでは警戒させてしまうかもしれない。
 なにも構えずにそのまま椅子に腰をおろすと、少し離れた場所から見守った。

 窓の外が少しずつ明るさを増してくる。
 夜明けはもうすぐそこだ。
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