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待ち受けるもの
第56話 目覚め ~マドル 2~
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「姿を消した兵ですが、これがヘイトと同様、居場所が見つかりません」
「また、ですか……」
「もしかすると、やつらは通じ合ってその身を隠しているのではないかと思われます」
「そうなると、なにか企んでいることは間違いないでしょう。その辺りで、わかることを探っておいてください」
諜報たちが出ていったのを見送った。
ヘイトと庸儀の兵が半数以上、それが一つにまとまれば、それなりに大きな部隊ができあがるだろう。
なにかを仕かけてくるとしたら、それがいつなのか。
ことによっては麻乃が使える。
陽が暮れ始め、あれからだいぶ時間が経った。
そろそろ目を覚ますかもしれないと、様子を見に行こうとした矢先に、庸儀へ出た兵たちについていったものが戻ってきた。
聞けば、庸儀の山中で泉翔の戦士を追い詰めたものの、ほかの国に立ち寄っていた泉翔の戦士が邪魔に入り、逃げられるところだったと言う。
ジェの側近が闇雲に撃った銃が命中し、谷底へ落ちたらしい。
谷は川が枯渇しているため、落ちればその命はないだろうとのことだった。
邪魔に入ったのは、ヘイトでジェの側近を全滅させたやつらだろう。
残ったのはジェの追っている修治たちだけだ。
ヘイトは失敗だと思ったけれど、こんなところで帳尻が合うとは思ってもみなかった。
すべてがうまい方向に向かっている。
麻乃はまだ目を覚ます様子もない。たとえ目を離しているあいだに起き出し、逃げられたとしても、呼び石を持っていればいつでも追える。
麻乃の様子は明け方になってから見にいくことにして、マドルは少しのあいだ、眠りについた。
不意に人の気配を感じて目を覚ました。
「あんたにしちゃあ、ずいぶんと無防備に寝てたじゃないの」
いつの間に来ていたのか、ジェが椅子に腰をかけたままで、ニヤリと笑う。
機嫌が良さそうにも見える。
時計は午前三時を指していた。
「いろいろと準備があって少しばかり疲れていましてね。それより、泉翔の戦士はどうでしたか?」
マドルは起き上がり、上着をまとってから洗面台に立った。
鏡に映ったジェの表情が険しい。
「あんた、あの兵たちになにをしたんだい?」
「……なにを? 私は貴女に頼まれたとおり、暗示にかけただけですが」
「突然、火がついた」
「火が? 邪魔が入ったということですか?」
「あんな場所でどんな邪魔が入るっていうんだい!」
顔を洗って完全に目を覚まし、冷たい水を汲んで喉の渇きを潤した。
鏡越しに見たジェの顔は怒りに満ちている。
良く見れば、いつでも小奇麗にしている服はあちこちが煤け、腕には怪我も負っているようだ。
「私を疑っているのですか? ジャセンベルへ同盟を申し入れるための使者を送ったり、皇帝の機嫌を取ったり、我が国の兵士たちを国境沿いに配備させたりと忙しい最中、そんなことに手をかけて貴女を煩わせるほど暇ではありませんよ……」
黙ったままのジェを振り返り、マドルは大きくため息をついた。
「貴女は近ごろ、ご自分の国を離れたままですね? 今日、私のもとへ入った情報では、庸儀の兵士のうち、半数以上が姿を消したそうですよ。少しばかり、ご自分の足もとが疎かになっているのではないですか?」
「私のせいだとでもいうのかい?」
「そういうわけではありませんが、反旗を翻すものが多過ぎやしませんか? そのものたちの邪魔が入ったとも考えられますね」
一応はなだめてみたものの、声を荒げて詰め寄る姿に、マドルはもう煩わしさしか感じない。
面倒なことは、すべてジェが運んでくるような気がする。
己の失態を、こちらのせいだとでも言わんばかりの態度にも呆れる以外の感情が湧かない。
「ついでに言うならば、ヘイトへ泉翔の戦士を追っていった兵たちは全滅したそうです。ロマジェリカのほうも、数名の貴女の側近と兵士が残っただけで共倒れです」
「…………」
「庸儀のほうは、辛うじて泉翔の戦士を始末したそうですが、貴女まで逃げられたとなると、いささか結果がお粗末過ぎるのではないでしょうか?」
ジェはギリギリと歯軋りをして、マドルを睨みつけている。
「まずは庸儀へお帰りになって欠けた兵の補充と王の機嫌を取らないと、ご自身が危ういことになるのではないですか?」
「あの国で、私の立場が揺らぐことなどないよ!」
「側近もほとんどがやられてしまうとは……ですから私は、強固な戦士が必要だと言ったのですよ。その辺りももう一度、しっかり固め直したほうがよろしいと思いますが」
相手が修治では捕えてくることは無理だったとしても、始末くらいはつけてくるかと思っていたのに、これではジェも思ったより役に立たない。
「また、ですか……」
「もしかすると、やつらは通じ合ってその身を隠しているのではないかと思われます」
「そうなると、なにか企んでいることは間違いないでしょう。その辺りで、わかることを探っておいてください」
諜報たちが出ていったのを見送った。
ヘイトと庸儀の兵が半数以上、それが一つにまとまれば、それなりに大きな部隊ができあがるだろう。
なにかを仕かけてくるとしたら、それがいつなのか。
ことによっては麻乃が使える。
陽が暮れ始め、あれからだいぶ時間が経った。
そろそろ目を覚ますかもしれないと、様子を見に行こうとした矢先に、庸儀へ出た兵たちについていったものが戻ってきた。
聞けば、庸儀の山中で泉翔の戦士を追い詰めたものの、ほかの国に立ち寄っていた泉翔の戦士が邪魔に入り、逃げられるところだったと言う。
ジェの側近が闇雲に撃った銃が命中し、谷底へ落ちたらしい。
谷は川が枯渇しているため、落ちればその命はないだろうとのことだった。
邪魔に入ったのは、ヘイトでジェの側近を全滅させたやつらだろう。
残ったのはジェの追っている修治たちだけだ。
ヘイトは失敗だと思ったけれど、こんなところで帳尻が合うとは思ってもみなかった。
すべてがうまい方向に向かっている。
麻乃はまだ目を覚ます様子もない。たとえ目を離しているあいだに起き出し、逃げられたとしても、呼び石を持っていればいつでも追える。
麻乃の様子は明け方になってから見にいくことにして、マドルは少しのあいだ、眠りについた。
不意に人の気配を感じて目を覚ました。
「あんたにしちゃあ、ずいぶんと無防備に寝てたじゃないの」
いつの間に来ていたのか、ジェが椅子に腰をかけたままで、ニヤリと笑う。
機嫌が良さそうにも見える。
時計は午前三時を指していた。
「いろいろと準備があって少しばかり疲れていましてね。それより、泉翔の戦士はどうでしたか?」
マドルは起き上がり、上着をまとってから洗面台に立った。
鏡に映ったジェの表情が険しい。
「あんた、あの兵たちになにをしたんだい?」
「……なにを? 私は貴女に頼まれたとおり、暗示にかけただけですが」
「突然、火がついた」
「火が? 邪魔が入ったということですか?」
「あんな場所でどんな邪魔が入るっていうんだい!」
顔を洗って完全に目を覚まし、冷たい水を汲んで喉の渇きを潤した。
鏡越しに見たジェの顔は怒りに満ちている。
良く見れば、いつでも小奇麗にしている服はあちこちが煤け、腕には怪我も負っているようだ。
「私を疑っているのですか? ジャセンベルへ同盟を申し入れるための使者を送ったり、皇帝の機嫌を取ったり、我が国の兵士たちを国境沿いに配備させたりと忙しい最中、そんなことに手をかけて貴女を煩わせるほど暇ではありませんよ……」
黙ったままのジェを振り返り、マドルは大きくため息をついた。
「貴女は近ごろ、ご自分の国を離れたままですね? 今日、私のもとへ入った情報では、庸儀の兵士のうち、半数以上が姿を消したそうですよ。少しばかり、ご自分の足もとが疎かになっているのではないですか?」
「私のせいだとでもいうのかい?」
「そういうわけではありませんが、反旗を翻すものが多過ぎやしませんか? そのものたちの邪魔が入ったとも考えられますね」
一応はなだめてみたものの、声を荒げて詰め寄る姿に、マドルはもう煩わしさしか感じない。
面倒なことは、すべてジェが運んでくるような気がする。
己の失態を、こちらのせいだとでも言わんばかりの態度にも呆れる以外の感情が湧かない。
「ついでに言うならば、ヘイトへ泉翔の戦士を追っていった兵たちは全滅したそうです。ロマジェリカのほうも、数名の貴女の側近と兵士が残っただけで共倒れです」
「…………」
「庸儀のほうは、辛うじて泉翔の戦士を始末したそうですが、貴女まで逃げられたとなると、いささか結果がお粗末過ぎるのではないでしょうか?」
ジェはギリギリと歯軋りをして、マドルを睨みつけている。
「まずは庸儀へお帰りになって欠けた兵の補充と王の機嫌を取らないと、ご自身が危ういことになるのではないですか?」
「あの国で、私の立場が揺らぐことなどないよ!」
「側近もほとんどがやられてしまうとは……ですから私は、強固な戦士が必要だと言ったのですよ。その辺りももう一度、しっかり固め直したほうがよろしいと思いますが」
相手が修治では捕えてくることは無理だったとしても、始末くらいはつけてくるかと思っていたのに、これではジェも思ったより役に立たない。
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