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待ち受けるもの
第54話 離合集散 ~マドル 1~
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リュと鴇汰を崖から落としたあと、マドルは残ったジェの兵に暗示をかけ、今、起こった出来事を忘れさせた。
麻乃の肩から矢を抜くと、止血だけを施して布で傷を縛った。
連れてきた側近に兵を任せ、マドルは一足先に城へ戻った。
辺りは日が暮れて、すっかり暗くなっている。
人目につかないように城へ入ると、女官が控えている部屋を訪ね、出てきた女官の長に麻乃をあずけた。
「このかたに湯浴みをさせて汚れを落としてから、傷の手当をしてください。今は薬が効いて眠っていますが、目を覚ますと少々面倒なことになります。手早くお願いします」
「かしこまりました」
「それが済んだら人目に付かないように、取り急ぎ私の部屋まで運んでください」
そう言って部屋へ戻ろうとすると、女官が戸惑いながら追ってきた。
「衣服はどうされますか?」
「あぁ……そうですね……適当に見繕っていただいて結構です」
「今、召されているものはどのようにいたしましょう?」
斬られたり汚れたりで捨ててしまって構わないだろう。
捨ててしまうよう指示を出そうとした所で、濃紺の上着に関して、なにか思い入れがあるようだったことを思い出した。
「それも汚れを落としたうえで、一緒に持ってきてください」
どんなことが原因で、麻乃の不興を買ってしまうかわからない以上、できるかぎり変化を与えないほうがいい。
(なによりもまず、警戒心を緩めさせなければ)
マドルの部屋にはそれなりに人の出入りがある。
ジェが押しかけてくることも。
いったん運び入れても置いておくのは危険だ。
廊下の奥にある一番大きな部屋が空いているのを確認し、窓やドアの鍵のチェックを念入りにした。
逃げられるような造りになっていても問題はないが、外から簡単に侵入できるようでは困る。
ドアの鍵は内側からとは別に、外からもかけられるように、人を呼び、新たにひとつ、付けさせた。
部屋の中には、おもてに出なくてもいいように必要と思えるものをすべて用意する。
そのうえで、三分の一ほどの場所に間仕切りをし、小さな机と椅子、簡易ベッドを置き、マドルの居場所を作った。
小一時間して運ばれてきた麻乃を、マドルは部屋へあずかり、時間を置いてから人目を避けて用意した部屋へ移した。
ベッドに横たえ、改めてその姿を見る。
間近で、自分の目で確認するのは初めてのことだ。
思ったよりも小さい。
今は女官と同じ淡い黄色の衣を着ているからか、とても戦士には見えない。
小柄なせいで、薬の効き目が強過ぎたようだ。
このぶんだと明日の朝までは目を覚まさないだろう。
左腕を取り、袖をまくって印を確認した。
(しっかり残っている)
今はそれがわかれば十分だ。
明日からの準備をするために、鍵をかけて部屋へ戻り、側近を呼んだ。
「泉翔の戦士を追ってほかの国へ出たものたちは、まだ誰も戻らないのですか?」
「はい、実はヘイトへ同行したものからの連絡で、そちらは全滅させられたとのことです」
「……全滅?」
「どうやら泉翔のものが立ち寄った村が反同盟派の村だったようで、村民が手を貸したことが原因だったそうです」
「なるほど……あの国は軍の中にも国民にも、同盟反対派が多いと言うのに、そのような場所で手を出すとは……」
ジェの側近が出ていたのに、不用意に行動した挙句、全滅させられ逃げられてしまうとは情けない。
「庸儀のほうはまだ連絡が入っていないのですが、ジャセンベルのほうは、今、追っているところのようです。ただ、呼び石の力が弱いようで、見失うことが多々ある、と……」
「力が弱い? どれも同じ効果が出ているはずですが……まぁ、いいでしょう、あのかたのことです、どうにかして捕まえるでしょうから。それから、明日ですが、そちらはどうなっていますか?」
「はい、そちらは予定通り、ジャセンベルの軍が国境沿いに向かっているとのことです」
「ジャセンベルへの同盟の申し出に向かわせる遣いについては?」
「そちらも、すべて予定通りに」
椅子に腰をおろし、肘かけに頬づえをついて窓の外へ目を向けた。
泉翔の戦士を逃したこと以外は滞りなく進んでいると考えれば、特に問題はないだろう。
「わかりました。状況の変化や、なにか連絡が入ったときには、すぐに報告をお願いします」
側近たちに労いの言葉をかけてから休むように指示をした。
麻乃の肩から矢を抜くと、止血だけを施して布で傷を縛った。
連れてきた側近に兵を任せ、マドルは一足先に城へ戻った。
辺りは日が暮れて、すっかり暗くなっている。
人目につかないように城へ入ると、女官が控えている部屋を訪ね、出てきた女官の長に麻乃をあずけた。
「このかたに湯浴みをさせて汚れを落としてから、傷の手当をしてください。今は薬が効いて眠っていますが、目を覚ますと少々面倒なことになります。手早くお願いします」
「かしこまりました」
「それが済んだら人目に付かないように、取り急ぎ私の部屋まで運んでください」
そう言って部屋へ戻ろうとすると、女官が戸惑いながら追ってきた。
「衣服はどうされますか?」
「あぁ……そうですね……適当に見繕っていただいて結構です」
「今、召されているものはどのようにいたしましょう?」
斬られたり汚れたりで捨ててしまって構わないだろう。
捨ててしまうよう指示を出そうとした所で、濃紺の上着に関して、なにか思い入れがあるようだったことを思い出した。
「それも汚れを落としたうえで、一緒に持ってきてください」
どんなことが原因で、麻乃の不興を買ってしまうかわからない以上、できるかぎり変化を与えないほうがいい。
(なによりもまず、警戒心を緩めさせなければ)
マドルの部屋にはそれなりに人の出入りがある。
ジェが押しかけてくることも。
いったん運び入れても置いておくのは危険だ。
廊下の奥にある一番大きな部屋が空いているのを確認し、窓やドアの鍵のチェックを念入りにした。
逃げられるような造りになっていても問題はないが、外から簡単に侵入できるようでは困る。
ドアの鍵は内側からとは別に、外からもかけられるように、人を呼び、新たにひとつ、付けさせた。
部屋の中には、おもてに出なくてもいいように必要と思えるものをすべて用意する。
そのうえで、三分の一ほどの場所に間仕切りをし、小さな机と椅子、簡易ベッドを置き、マドルの居場所を作った。
小一時間して運ばれてきた麻乃を、マドルは部屋へあずかり、時間を置いてから人目を避けて用意した部屋へ移した。
ベッドに横たえ、改めてその姿を見る。
間近で、自分の目で確認するのは初めてのことだ。
思ったよりも小さい。
今は女官と同じ淡い黄色の衣を着ているからか、とても戦士には見えない。
小柄なせいで、薬の効き目が強過ぎたようだ。
このぶんだと明日の朝までは目を覚まさないだろう。
左腕を取り、袖をまくって印を確認した。
(しっかり残っている)
今はそれがわかれば十分だ。
明日からの準備をするために、鍵をかけて部屋へ戻り、側近を呼んだ。
「泉翔の戦士を追ってほかの国へ出たものたちは、まだ誰も戻らないのですか?」
「はい、実はヘイトへ同行したものからの連絡で、そちらは全滅させられたとのことです」
「……全滅?」
「どうやら泉翔のものが立ち寄った村が反同盟派の村だったようで、村民が手を貸したことが原因だったそうです」
「なるほど……あの国は軍の中にも国民にも、同盟反対派が多いと言うのに、そのような場所で手を出すとは……」
ジェの側近が出ていたのに、不用意に行動した挙句、全滅させられ逃げられてしまうとは情けない。
「庸儀のほうはまだ連絡が入っていないのですが、ジャセンベルのほうは、今、追っているところのようです。ただ、呼び石の力が弱いようで、見失うことが多々ある、と……」
「力が弱い? どれも同じ効果が出ているはずですが……まぁ、いいでしょう、あのかたのことです、どうにかして捕まえるでしょうから。それから、明日ですが、そちらはどうなっていますか?」
「はい、そちらは予定通り、ジャセンベルの軍が国境沿いに向かっているとのことです」
「ジャセンベルへの同盟の申し出に向かわせる遣いについては?」
「そちらも、すべて予定通りに」
椅子に腰をおろし、肘かけに頬づえをついて窓の外へ目を向けた。
泉翔の戦士を逃したこと以外は滞りなく進んでいると考えれば、特に問題はないだろう。
「わかりました。状況の変化や、なにか連絡が入ったときには、すぐに報告をお願いします」
側近たちに労いの言葉をかけてから休むように指示をした。
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