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待ち受けるもの
第53話 離合集散 ~鴇汰 1~
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戻るな、と言った麻乃の体が後ろから押されたように揺れた。
振り返って右肩に手を伸ばした麻乃の肩に、矢尻が見える。
(撃たれてる! 弓か? どこからだ!)
周囲に視線を巡らせても、弓やボウガンを持った敵兵はいない。
麻乃は自分では気づいていないのか、足もとがふらついている。
止めを刺すつもりか、リュが動いた。
「麻乃!」
鴇汰は駆け寄ろうとして、思わず足を止めた。
先に動いたリュの動きも止まる。
いつの間にあらわれたのか、崩れ落ちた麻乃の左肘を芦毛の馬に乗った男がつかんでいた。
気を失っているようで麻乃はピクリとも動かない。
男のほうはロッドを手にしているだけで武器らしい武器は持っていない。
弓を放ったのは少なくともこいつではない。
ただ――。
外見は庸儀ではなくロマジェリカ人だ。
「マドル……邪魔をする気か?」
リュがそうつぶやいたのが、鴇汰にも聞こえた。
(マドル……確かロマジェリカの軍師がそんな名前だった! マズい、この国の人間に捕まるわけにはいかない!)
どうにかして麻乃を取り戻し、逃げる手順を探さなければ。
マドルは表情を変えないまま、冷たい視線でリュを睨んだ。
「邪魔? 心外ですね、私は自分に必要なものを迎えに来ただけですよ」
「なにを――」
「あなたがたが倒されてからでも構わないと思いましたが、やり方がうまくないから、危うく目覚めさせてしまうところだった」
「俺たちが倒されてからだと! たった二人に、この俺が倒されると思っていたのか!」
「現に、これほどの人数を失っているじゃあないですか」
リュの背中から緊張感があふれ出たのを感じた。
(なんだ……? 仲間割れか?)
二人とも、鴇汰のことなど眼中にない様子だ。
なぜか、ほかの兵も一人も動かない。
(この隙に馬を斬り倒してあいつを落とし、麻乃を取り戻して逃げる……)
馬に狙いをつけて駆け出そうとした瞬間、マドルの目が鴇汰を向いた。
動こうとした足がどうにも動かない。
淡く青い瞳がひどく冷たく光っている。
いつか見たシタラの目に似ていた。
「とにかく、そいつをこっちへ渡してもらおうか。ジェさまの命令だ。始末をつけなければ」
「言ったでしょう? 私は必要なものを迎えに来た、と」
リュの言葉を無視して、マドルは麻乃の腕を引き上げ馬の背に乗せた。
麻乃を物扱いしている口調と扱いに腹が立つ。
それなのに体が動かない。
言葉を発することもできない。
(このままじゃあ、麻乃が連れていかれちまう……)
目の前にいるのに、なにもできないジレンマに気が狂いそうだ。
「このタイミングで覚醒させるわけにはいかないんですよ。私がほしいのは、本物の力なのですから」
「本物だと? なにが本物だというんだ!」
「私がなにも気づいていないと思っているのですか? こんなに傷を負わせてしまって……薬で眠っているうちに連れ帰らなければ、こちらの準備がすべて水の泡になってしまう」
「本物と言うなら、ジェさまがそれじゃないか!」
リュの声はうわずっている。
(マドルは麻乃が鬼神だと知っているのか――?)
庸儀の赤髪の女が偽物だということも、きっと知っている。
リュの言葉が虚しい言い訳にしか聞こえてこない。
「あの人はまだ使えるでしょう。けれど、あなたはもう邪魔でしかない」
杖先がリュに向いた瞬間、リュの体がなにかに弾き飛ばされて、勢い良く鴇汰にぶつかってきた。
動けないままで避けることもできずぶつかられた衝撃で軽い目眩がする。
後ろはすぐ崖だ。
(なんなんだよ! これじゃあ、この野郎と共倒れになっちまう!)
下が川だと言っても、なんの気構えもなしに落ちたら、崖っぷちに当たってしまうかもしれない。
踏み止まろうとしても踏ん張りすら利かない。
それなのに押し込んでくる力は相当に強い。
「長田鴇汰」
マドルが鴇汰を見た。
(どうして俺の名前を……)
名前を呼ばれたことに驚き、マドルを睨み据えた。
「もっと力があるのかと思ったら……思った以上にたやすかった」
含み笑いを漏らしたマドルは、もう一度、杖をこちらに向けた。
ガクンと足もとが揺れ、崖が崩れ落ちた。
体が宙に浮き、バランスが崩れて視界に空が広がる。
ゆっくりと崖の縁が遠ざかっていくようにみえた。
振り返って右肩に手を伸ばした麻乃の肩に、矢尻が見える。
(撃たれてる! 弓か? どこからだ!)
周囲に視線を巡らせても、弓やボウガンを持った敵兵はいない。
麻乃は自分では気づいていないのか、足もとがふらついている。
止めを刺すつもりか、リュが動いた。
「麻乃!」
鴇汰は駆け寄ろうとして、思わず足を止めた。
先に動いたリュの動きも止まる。
いつの間にあらわれたのか、崩れ落ちた麻乃の左肘を芦毛の馬に乗った男がつかんでいた。
気を失っているようで麻乃はピクリとも動かない。
男のほうはロッドを手にしているだけで武器らしい武器は持っていない。
弓を放ったのは少なくともこいつではない。
ただ――。
外見は庸儀ではなくロマジェリカ人だ。
「マドル……邪魔をする気か?」
リュがそうつぶやいたのが、鴇汰にも聞こえた。
(マドル……確かロマジェリカの軍師がそんな名前だった! マズい、この国の人間に捕まるわけにはいかない!)
どうにかして麻乃を取り戻し、逃げる手順を探さなければ。
マドルは表情を変えないまま、冷たい視線でリュを睨んだ。
「邪魔? 心外ですね、私は自分に必要なものを迎えに来ただけですよ」
「なにを――」
「あなたがたが倒されてからでも構わないと思いましたが、やり方がうまくないから、危うく目覚めさせてしまうところだった」
「俺たちが倒されてからだと! たった二人に、この俺が倒されると思っていたのか!」
「現に、これほどの人数を失っているじゃあないですか」
リュの背中から緊張感があふれ出たのを感じた。
(なんだ……? 仲間割れか?)
二人とも、鴇汰のことなど眼中にない様子だ。
なぜか、ほかの兵も一人も動かない。
(この隙に馬を斬り倒してあいつを落とし、麻乃を取り戻して逃げる……)
馬に狙いをつけて駆け出そうとした瞬間、マドルの目が鴇汰を向いた。
動こうとした足がどうにも動かない。
淡く青い瞳がひどく冷たく光っている。
いつか見たシタラの目に似ていた。
「とにかく、そいつをこっちへ渡してもらおうか。ジェさまの命令だ。始末をつけなければ」
「言ったでしょう? 私は必要なものを迎えに来た、と」
リュの言葉を無視して、マドルは麻乃の腕を引き上げ馬の背に乗せた。
麻乃を物扱いしている口調と扱いに腹が立つ。
それなのに体が動かない。
言葉を発することもできない。
(このままじゃあ、麻乃が連れていかれちまう……)
目の前にいるのに、なにもできないジレンマに気が狂いそうだ。
「このタイミングで覚醒させるわけにはいかないんですよ。私がほしいのは、本物の力なのですから」
「本物だと? なにが本物だというんだ!」
「私がなにも気づいていないと思っているのですか? こんなに傷を負わせてしまって……薬で眠っているうちに連れ帰らなければ、こちらの準備がすべて水の泡になってしまう」
「本物と言うなら、ジェさまがそれじゃないか!」
リュの声はうわずっている。
(マドルは麻乃が鬼神だと知っているのか――?)
庸儀の赤髪の女が偽物だということも、きっと知っている。
リュの言葉が虚しい言い訳にしか聞こえてこない。
「あの人はまだ使えるでしょう。けれど、あなたはもう邪魔でしかない」
杖先がリュに向いた瞬間、リュの体がなにかに弾き飛ばされて、勢い良く鴇汰にぶつかってきた。
動けないままで避けることもできずぶつかられた衝撃で軽い目眩がする。
後ろはすぐ崖だ。
(なんなんだよ! これじゃあ、この野郎と共倒れになっちまう!)
下が川だと言っても、なんの気構えもなしに落ちたら、崖っぷちに当たってしまうかもしれない。
踏み止まろうとしても踏ん張りすら利かない。
それなのに押し込んでくる力は相当に強い。
「長田鴇汰」
マドルが鴇汰を見た。
(どうして俺の名前を……)
名前を呼ばれたことに驚き、マドルを睨み据えた。
「もっと力があるのかと思ったら……思った以上にたやすかった」
含み笑いを漏らしたマドルは、もう一度、杖をこちらに向けた。
ガクンと足もとが揺れ、崖が崩れ落ちた。
体が宙に浮き、バランスが崩れて視界に空が広がる。
ゆっくりと崖の縁が遠ざかっていくようにみえた。
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