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待ち受けるもの
第50話 離合集散 ~巧 1~
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乳白色の霧に包まれ、隣にいる穂高の顔さえも薄く隠すほどに視界がさえぎられた。
「敵が動けなくなったのはありがたいけど、これじゃあ私たちも身動きが取れないわね」
「それもあるけれど、俺はこの肩と足じゃあ、この先を登るのは無理かもしれないよ」
「ちょっと待って、簡単な回復術だけど、血を止めるくらいなら……」
穂高の傷口に触れ、意識を集中しようとしたとき、誰かが呼ぶ声が聞こえた。
穂高にも聞こえたのか、ハッと顔をあげている。
「無事だったね、良かった」
穂高の向こう側から、梁瀬の声が聞こえた。
「ヤッちゃん! どうしてここに……」
「トクさんが夢でね、シタラさまにこの状況を見せられたって言ってね、あわてて飛んできたんだよ」
「トクちゃんもシタラさまの夢を?」
「ってことは、おまえも夢を見たのか?」
巧の背後から徳丸の声がして驚いた。
「私だけじゃなく穂高もよ。シタラさまがそれぞれの夢にあらわれたなんて、どういうことかしら」
梁瀬は穂高の傷を診てやっているようだ。
「シタラさまの最近の様子がおかしかったから、もしかすると亡くなっているかもしれない、と梁瀬はいうんだが……」
「そんな……」
「憶測でしかないがな。まずは戻ってみないことには、どうとも言えねぇ」
「穂高さんの傷、銃創だからどうかと思ったけど、手持ちの消毒液もあったし、ふさいだからもう大丈夫だと思うよ」
「うん、ちゃんと動ける。痛みも……少し残ってるけど、さっきまでとは大違いだ」
梁瀬の心配そうな声が聞こえ、穂高が隣で肩を動かしたのがわかった。
「そうか、それじゃあ急いでここから離れねぇとな。どっちへ戻るにしろ、まずはこの場を離れるのが先だ」
「そうはいっても、この霧じゃあ身動きが……」
そう言いかけて、徳丸と梁瀬がどうやってここまで来たのか聞いていないことを思い出した。
「大丈夫、この霧は僕が出したものだし、移動も僕の式神を使うから」
気配が動き、なにかが身近にあらわれたのを感じる。
「二人ずつ乗れるから、僕と穂高さん、トクさんと巧さんに別れよう。あまり遠くまでは行けないけれど、この崖を越えればやつらも簡単には追ってこられないから」
「その前におまえたち、黒玉はここに捨てていけ。そいつはとんだ紛いものだ」
聞けば追われたのは、この石のせいらしい。
「ねぇ、でもこれ、捨てちゃっていいの? 持ち帰って、これが本当に偽物なのか偽物ならどうやって手に入れたのか調べる必要はない? シタラさまがなぜこれを私たちに持たせたのか知る必要があるんじゃない?」
「俺も、一つは手もとに残したほうがいいような気がする。上層相手に現物なしで、こんな状況に陥ったことを説明するのは難しいと思うよ」
穂高までがそう言うと、徳丸は低くうなって考え込んだ。
「確かに、巧と穂高のいうことも最もだな。梁瀬、おまえはどう思う?」
「うん……気乗りはしないけど、あとは帰るだけか……そうだね、持ち帰ることにしようか」
「決まりだな。それじゃあ早く乗っちまおう」
徳丸にうながされて梁瀬の式神を見た。
それは触れるのもためらうほどに大きな鳥だった。
「ヤッちゃん、いつの間にこんな式神を出せるようになったのよ? それに穂高の傷も、ふさいだって……」
その問いかけに、梁瀬はなにも答えなかった。
霧のせいで表情は見えないけれど答えたくない様子が伝わってきて、巧はそれ以上なにも聞けず、徳丸にうながされるまま鳥の背にまたがった。
「落ちないように、しっかりつかまっていてね」
ゴワゴワとした固い羽をグッと握る。
それを待っていたように、大きく羽ばたいて空へと舞い上がった。
風が動くたび辺りの霧が薄くなり、沼のかたわらに動かなくなった敵兵の姿が見え隠れしている。
その中で、いくつかの影が慌てたように動き回っているのも見えた。
「傀儡に掛かってるような兵の他に、普通に動く奴らもいたのよね。あいつらが動かしていたのかしら?」
「おまえたちの追手もそうだったのか……俺たちが相手にしたやつらは、傀儡にかかってるやつの体に印があってな、そこを突くと動かなくなった」
「印って、どんな?」
「首筋や腕に、痣のような印だったな」
なにか思い出しかけたとき、周囲に銃声が響いた。
敵兵が闇雲に銃を乱射し始めたようだ。
「梁瀬さん!」
穂高の叫び声が聞こえ、ハッとして辺りを見る。
霧が濃すぎて二人の姿は見えない。
焦りを感じた瞬間、グラリと式神がかたむき、周囲が見えないまま空中へ投げ出された。
「敵が動けなくなったのはありがたいけど、これじゃあ私たちも身動きが取れないわね」
「それもあるけれど、俺はこの肩と足じゃあ、この先を登るのは無理かもしれないよ」
「ちょっと待って、簡単な回復術だけど、血を止めるくらいなら……」
穂高の傷口に触れ、意識を集中しようとしたとき、誰かが呼ぶ声が聞こえた。
穂高にも聞こえたのか、ハッと顔をあげている。
「無事だったね、良かった」
穂高の向こう側から、梁瀬の声が聞こえた。
「ヤッちゃん! どうしてここに……」
「トクさんが夢でね、シタラさまにこの状況を見せられたって言ってね、あわてて飛んできたんだよ」
「トクちゃんもシタラさまの夢を?」
「ってことは、おまえも夢を見たのか?」
巧の背後から徳丸の声がして驚いた。
「私だけじゃなく穂高もよ。シタラさまがそれぞれの夢にあらわれたなんて、どういうことかしら」
梁瀬は穂高の傷を診てやっているようだ。
「シタラさまの最近の様子がおかしかったから、もしかすると亡くなっているかもしれない、と梁瀬はいうんだが……」
「そんな……」
「憶測でしかないがな。まずは戻ってみないことには、どうとも言えねぇ」
「穂高さんの傷、銃創だからどうかと思ったけど、手持ちの消毒液もあったし、ふさいだからもう大丈夫だと思うよ」
「うん、ちゃんと動ける。痛みも……少し残ってるけど、さっきまでとは大違いだ」
梁瀬の心配そうな声が聞こえ、穂高が隣で肩を動かしたのがわかった。
「そうか、それじゃあ急いでここから離れねぇとな。どっちへ戻るにしろ、まずはこの場を離れるのが先だ」
「そうはいっても、この霧じゃあ身動きが……」
そう言いかけて、徳丸と梁瀬がどうやってここまで来たのか聞いていないことを思い出した。
「大丈夫、この霧は僕が出したものだし、移動も僕の式神を使うから」
気配が動き、なにかが身近にあらわれたのを感じる。
「二人ずつ乗れるから、僕と穂高さん、トクさんと巧さんに別れよう。あまり遠くまでは行けないけれど、この崖を越えればやつらも簡単には追ってこられないから」
「その前におまえたち、黒玉はここに捨てていけ。そいつはとんだ紛いものだ」
聞けば追われたのは、この石のせいらしい。
「ねぇ、でもこれ、捨てちゃっていいの? 持ち帰って、これが本当に偽物なのか偽物ならどうやって手に入れたのか調べる必要はない? シタラさまがなぜこれを私たちに持たせたのか知る必要があるんじゃない?」
「俺も、一つは手もとに残したほうがいいような気がする。上層相手に現物なしで、こんな状況に陥ったことを説明するのは難しいと思うよ」
穂高までがそう言うと、徳丸は低くうなって考え込んだ。
「確かに、巧と穂高のいうことも最もだな。梁瀬、おまえはどう思う?」
「うん……気乗りはしないけど、あとは帰るだけか……そうだね、持ち帰ることにしようか」
「決まりだな。それじゃあ早く乗っちまおう」
徳丸にうながされて梁瀬の式神を見た。
それは触れるのもためらうほどに大きな鳥だった。
「ヤッちゃん、いつの間にこんな式神を出せるようになったのよ? それに穂高の傷も、ふさいだって……」
その問いかけに、梁瀬はなにも答えなかった。
霧のせいで表情は見えないけれど答えたくない様子が伝わってきて、巧はそれ以上なにも聞けず、徳丸にうながされるまま鳥の背にまたがった。
「落ちないように、しっかりつかまっていてね」
ゴワゴワとした固い羽をグッと握る。
それを待っていたように、大きく羽ばたいて空へと舞い上がった。
風が動くたび辺りの霧が薄くなり、沼のかたわらに動かなくなった敵兵の姿が見え隠れしている。
その中で、いくつかの影が慌てたように動き回っているのも見えた。
「傀儡に掛かってるような兵の他に、普通に動く奴らもいたのよね。あいつらが動かしていたのかしら?」
「おまえたちの追手もそうだったのか……俺たちが相手にしたやつらは、傀儡にかかってるやつの体に印があってな、そこを突くと動かなくなった」
「印って、どんな?」
「首筋や腕に、痣のような印だったな」
なにか思い出しかけたとき、周囲に銃声が響いた。
敵兵が闇雲に銃を乱射し始めたようだ。
「梁瀬さん!」
穂高の叫び声が聞こえ、ハッとして辺りを見る。
霧が濃すぎて二人の姿は見えない。
焦りを感じた瞬間、グラリと式神がかたむき、周囲が見えないまま空中へ投げ出された。
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