蓮華

釜瑪 秋摩

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待ち受けるもの

第48話 ジャセンベル ~修治 3~

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 そう思った瞬間、最初に斬り倒した敵兵が起きあがったのを、修治は見た。

(こいつら……あのロマジェリカの兵と同じか!)

 斬りつけた胴からは油は染み出していないようだ。

「岱胡! 足だ! 足を狙い撃て!」

 焦って岱胡に指示をする。

「なんだコイツ!」

 接近されて斬りつけられたのか、岱胡の焦った声と、立て続けに何発もの銃声が聞こえた。
 修治があわてたことで、ジェは気を良くしたのか、辺りに高笑いが響く。

 束になってかかってくる相手をかわして凌ぎ、隙を狙い、足を落とした。
 しばらくして、少し前から銃声が聞こえないことに気づいた。
 目の前にいる敵兵の足を止め、岩場の陰に目を向けると岱胡の姿がない。

(いない? どうしたっていうんだ……なにがあった!)

 周囲に視線を巡らせても、その姿が見つからない。
 岱胡の姿を探しながら敵兵を薙ぎ倒していると、突然、敵兵の背中や腕、腰もとから次々に火があがっていった。

 その火は数秒すると一気に燃えあがり、周囲が炎で包まれた。
 火が移らないように倒れ込んでくる敵兵から飛び退く。

 強い風が森のほうから吹き抜け、炎も煙もすべてが森とは逆に流れている。
 この風向きならば森への被害はないだろうと、ホッと息をついた。
 視線をジェのほうへ向けると驚いた表情で立ち尽くしていた。

(この火はやつらの仕業じゃないのか?)

 どうやら火がついたのは、おかしな敵兵だけだったようで残った側近が十人ほど、剣を抜いて背後から斬りつけてきた。
 炎に気を取られいたせいで反応が少し遅れ、振りあげられた剣を避け損ねるかと思った瞬間、車が飛び込んできて側近を跳ね飛ばした。

「修治さん! こっちです!」

「岱胡……無事だったのか!」

 姿が見えなかったのは、車を取りに戻っていたからだったのか。

「修治さん、運転頼みます!」

 そう言って荷台に飛び移った岱胡は、荷物を漁り始めた。
 言われるままに運転席に飛び乗ると、修治はそのままアクセルを踏み込んだ。
 側近たちが車に手をかけ、窓や荷台に乗り込もうとしてくるのを、岱胡が取り出したライフルで撃ち落としていく。

 そのまま追ってこようとしていた兵を、確実に撃ち抜き、さらにジェに向けて撃ち込んだ。
 ジェは側近を盾にして自分の身をかばっている。

「チッ……! あのババア……なんてマネをしやがる」

 岱胡はそう毒づいてから追ってくる最後の一人まで撃ち倒した。
 思わず苦笑しながらも無事だったことでホッとため息が混じった。
 最初からスピードをあげたおかげで、すぐには追いついてこれないところまで引き離せたようだ。

「おまえが機転をきかせてくれて助かった。すまなかったな。それにしても、良くあの状況下で、車を取りに行こうなんて思ったな?」

 ミラー越しにそう言うと、岱胡はようやく構えたライフルをおろした。
 かばんの中からタオルを取り出し、右の太腿あたりを縛っている。

「だって……あのとき、俺が斬りつけられてすぐ、修治さんが車を取ってこいって言ったじゃないッスか」

「俺が? いや、俺はそんなことは言ってないぞ?」

 そんな指示をした覚えはない。

 それにあの火……。

 突然燃えあがったのを見たジェの驚きようからすると、前回のときのように前もって用意されたものではないのだろう。

「それじゃあ、一体誰が……?」

 岱胡のつぶやきが聞こえたとき、なにかが頬をかすめた。
 見覚えのない布が風でなびいている。

「うわっ! なんだおまえ!」

 岱胡の叫びにミラーを見ると、岱胡の隣にマントをなびかせた何者かが座っていた。

「あんたたち、なかなかいい腕をしているねぇ。でもあんた、あの女を殺るならもっと何度も撃ち込まなきゃ」

 そいつはライフルを構え直した岱胡の腕を押さえ、面を被った顔をこちらに向ける。

「あぁ。残念だけどやり合う気はないよ。それに手を貸してやったんだ。お礼ぐらいは言うべきじゃないのかねぇ? おっと、あんたはこのまま車を走らせるんだ」

 ブレーキを踏もうとした修治の足が、急にピクリとも動かなくなった。

「手を……? それじゃあ、おまえがあの火を? おまえ、術師なのか?」

「まぁね、車の指示を出したのも私だ。あの女に一泡吹かせてやりたいと思ってたところに、あんたたちがあらわれたから便乗させてもらったよ」

 そう言いながら、そいつは荷物に手をかけて中身を全部ばら撒くと、黒玉を手に取った。

(昨日感じた気配……あれはこいつのものだったのかもしれない)
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