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待ち受けるもの
第46話 ジャセンベル ~修治 1~
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「この辺りだったと思うんだが……」
立ち止まった辺りを探ると小屋がひっそりと建っていた。
明かりは点いていない。
今は人の気配もない。
そっとドアを開けて中をのぞく。
小屋の中は使われている様子があり、家具類も置いてある。
「人はいませんね」
岱胡はゴーグルを被って小屋の中をゆっくり見回している。
植物関連の本が書棚に収まっている以外は、机の横に植物の苗や種が保管されているだけだった。
「例のジャセンベル人が使ってるみたいッスね。植物に関するものしかないみたいですよ」
「あぁ、少しばかり気にし過ぎていたのかもしれないな。ここへ来るまでも人の気配はなかった」
「近くの村人でも通り過ぎたのかもしれないですよ。敵意を感じたりはしなかったんスよね?」
そう問われ、修治は黙ってうなずいた。
小屋を出て森の反対側まで探ってみたけれど、結局なにも見つからない。
「悪かったな、余計な手間をかけさせて」
「全然手間じゃないッスよ。用心するに越したことはないですからね。なにもないとわかったし、良く眠れそうです」
そう言って笑った岱胡は、テントに戻って横になると、本当にあっという間に寝入ってしまった。
なんとなく感じる嫌な予感に、なかなか寝つけず、修治はぼんやりと揺れるランプを見ていた。
眠りの浅いまま朝を迎え、岱胡が起き出してくる前に、まずは朝食の準備に取りかかった。
朝食を済ませてから森の中の祠に出かけ、周囲を清めて祠を丁寧に磨いた。
穀物と酒を供えてから、二人揃って祝詞をあげた。
「夕べは気づかなかったッスけど、この森ってもしかして、全部植林した成果なんスか?」
「全部じゃないだろうが、三分の一はそうだろうな。巧の何代か前から、ずっと続けているそうだからな。その辺の若い木は、巧がやったのも含まれてるはずだ」
「へぇ……」
いったん車に戻って苗木を担ぐと、岱胡をうながして指定の場所へ出かけた。
五分ほど歩いた場所に、穴を掘って肥料をたっぷり撒き、苗木を五本とも植える。
「この森を抜けたところに空き地があるんだが、そっちもなかなか凄いぞ」
「だんだんと森を広げてる感じですかね? これほど凄いのに枯らされなければいいんですけど」
「そうだな。土地を育めば、これだけのことができるんだと気づいてほしくてやっているんだって、巧は言ってたよ」
森の外れにある小川で、土に塗れた手を洗う。
汗をかいたと言って、岱胡は顔まで洗っていた。
「ここの世話をしてくれるって人、そういう人が増えれば可能かも知れないですけど、あんだけの兵隊をあちこちに出してるようじゃ、まだまだ期待はできそうもないッスね」
タオルで顔を拭った岱胡は、慈しむような目で木々を眺めている。
「まったくだな。自分の国の食糧や資源ぐらいは自分たちでなんとかして、うちに構うのはいい加減、終わりにしてほしいもんだ」
「ホントですね」
修治の言葉に岱胡が笑った瞬間、突然、周囲に嫌な気配が湧いた。
「なんだ……? 囲まれてる……?」
これまで同様、修治は気を抜いてなどいない。
それがまったく気づかないうちに驚くほど接近されている。
「これ、凄く近くないッスか? 俺でももっと早く気づいてもおかしくないくらい、近いッスよね?」
「あぁ……まずいな。逃げる余裕はなさそうだ。おまけに相手が悪いぞ。やっぱり、あの女がいやがる」
「まさか赤髪の女ッスか? うっわ~、嫌だなぁ! 俺、あの女、苦手っつーか、嫌いッス!」
岱胡はそう言いながら嫌々をするように首を振り、タオルを首にかけてゴーグルを被った。
緊張感のない物言いに、修治は苦笑しながら軽く岱胡の頭をたたく。
「五十はいるな。木々を傷つけるわけにはいかないから、ここから出るぞ……今だ! 走れ!」
そう言って小川を飛び越え、森の中を駆け抜けた。
一斉に気配が動きだし、静かだった森がざわめいた。
木々のあいだを走り抜けて森を出ると、近くの岩場まで一気に駆け、岱胡をその陰に押し込んだ。
「岱胡、おまえはそこから援護を頼む」
「修治さんは?」
「あちらさんは、どうやら俺に用があるらしい」
心配そうな岱胡に笑ってみせ、修治は森のほうを振り返った。
恐らく、先だっての襲撃の際についていた、捨てゼリフの件だろう。
敵兵たちの先頭に、ジェが腕を組んで立っていた。
立ち止まった辺りを探ると小屋がひっそりと建っていた。
明かりは点いていない。
今は人の気配もない。
そっとドアを開けて中をのぞく。
小屋の中は使われている様子があり、家具類も置いてある。
「人はいませんね」
岱胡はゴーグルを被って小屋の中をゆっくり見回している。
植物関連の本が書棚に収まっている以外は、机の横に植物の苗や種が保管されているだけだった。
「例のジャセンベル人が使ってるみたいッスね。植物に関するものしかないみたいですよ」
「あぁ、少しばかり気にし過ぎていたのかもしれないな。ここへ来るまでも人の気配はなかった」
「近くの村人でも通り過ぎたのかもしれないですよ。敵意を感じたりはしなかったんスよね?」
そう問われ、修治は黙ってうなずいた。
小屋を出て森の反対側まで探ってみたけれど、結局なにも見つからない。
「悪かったな、余計な手間をかけさせて」
「全然手間じゃないッスよ。用心するに越したことはないですからね。なにもないとわかったし、良く眠れそうです」
そう言って笑った岱胡は、テントに戻って横になると、本当にあっという間に寝入ってしまった。
なんとなく感じる嫌な予感に、なかなか寝つけず、修治はぼんやりと揺れるランプを見ていた。
眠りの浅いまま朝を迎え、岱胡が起き出してくる前に、まずは朝食の準備に取りかかった。
朝食を済ませてから森の中の祠に出かけ、周囲を清めて祠を丁寧に磨いた。
穀物と酒を供えてから、二人揃って祝詞をあげた。
「夕べは気づかなかったッスけど、この森ってもしかして、全部植林した成果なんスか?」
「全部じゃないだろうが、三分の一はそうだろうな。巧の何代か前から、ずっと続けているそうだからな。その辺の若い木は、巧がやったのも含まれてるはずだ」
「へぇ……」
いったん車に戻って苗木を担ぐと、岱胡をうながして指定の場所へ出かけた。
五分ほど歩いた場所に、穴を掘って肥料をたっぷり撒き、苗木を五本とも植える。
「この森を抜けたところに空き地があるんだが、そっちもなかなか凄いぞ」
「だんだんと森を広げてる感じですかね? これほど凄いのに枯らされなければいいんですけど」
「そうだな。土地を育めば、これだけのことができるんだと気づいてほしくてやっているんだって、巧は言ってたよ」
森の外れにある小川で、土に塗れた手を洗う。
汗をかいたと言って、岱胡は顔まで洗っていた。
「ここの世話をしてくれるって人、そういう人が増えれば可能かも知れないですけど、あんだけの兵隊をあちこちに出してるようじゃ、まだまだ期待はできそうもないッスね」
タオルで顔を拭った岱胡は、慈しむような目で木々を眺めている。
「まったくだな。自分の国の食糧や資源ぐらいは自分たちでなんとかして、うちに構うのはいい加減、終わりにしてほしいもんだ」
「ホントですね」
修治の言葉に岱胡が笑った瞬間、突然、周囲に嫌な気配が湧いた。
「なんだ……? 囲まれてる……?」
これまで同様、修治は気を抜いてなどいない。
それがまったく気づかないうちに驚くほど接近されている。
「これ、凄く近くないッスか? 俺でももっと早く気づいてもおかしくないくらい、近いッスよね?」
「あぁ……まずいな。逃げる余裕はなさそうだ。おまけに相手が悪いぞ。やっぱり、あの女がいやがる」
「まさか赤髪の女ッスか? うっわ~、嫌だなぁ! 俺、あの女、苦手っつーか、嫌いッス!」
岱胡はそう言いながら嫌々をするように首を振り、タオルを首にかけてゴーグルを被った。
緊張感のない物言いに、修治は苦笑しながら軽く岱胡の頭をたたく。
「五十はいるな。木々を傷つけるわけにはいかないから、ここから出るぞ……今だ! 走れ!」
そう言って小川を飛び越え、森の中を駆け抜けた。
一斉に気配が動きだし、静かだった森がざわめいた。
木々のあいだを走り抜けて森を出ると、近くの岩場まで一気に駆け、岱胡をその陰に押し込んだ。
「岱胡、おまえはそこから援護を頼む」
「修治さんは?」
「あちらさんは、どうやら俺に用があるらしい」
心配そうな岱胡に笑ってみせ、修治は森のほうを振り返った。
恐らく、先だっての襲撃の際についていた、捨てゼリフの件だろう。
敵兵たちの先頭に、ジェが腕を組んで立っていた。
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