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待ち受けるもの
第43話 ジャセンベル ~岱胡 1~
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大地を踏みしめて、岱胡は一気に脱力した。
ロマジェリカへは二日とかからないのに、ジャセンベルには二日半もかかった。
これまでより速くなったと言われてこれじゃあ、今までのままだったら、岱胡は着く前に倒れていたかもしれない。
「遠いんスね、この国。俺、まだ揺れてる気がしますよ」
「ヘイトも半分程度の時間で着くからな。俺もここへくると、少し調子が悪くなった気になるよ」
船をしっかりと繋いで、シートを被せながら修治が笑った。
岩場から砂浜に向かう途中、一瞬、冷や水を浴びたようなゾッとする感覚をおぼえた。
修治のほうもなにか感じたのか、しきりにうなじあたりをさすっている。
嫌な感覚をごまかすように、体を払いながら堤防を登って驚いた。
荒れていると巧は言ったけれど、ロマジェリカのそれとは別世界のように見える。
言葉も出ずに立ち尽くしていると、あとから来た修治が訝しげに岱胡の顔をのぞき込んできた。
「どうした? なにかあったか?」
「いや……緑が多いな、と。巧さん、荒れた土地だって言ってましたけど、これで荒れてたら、ロマジェリカは死んだ土地ッスね」
「それじゃあ、おまえがヘイトに渡ったら、きっと天国に見えるぞ」
修治はそう言って鼻で笑う。
ジャセンベルへは三度目だと言ったけれど、修治はまるで毎年来ているかのように、当たり前のように車の隠し場所まで行き、地図も見ずにルートを進んでいる。
会話の途中で一瞬、真顔になることがあった。
最初はなんだかわからなかったけれど、人の気配を探っているのだと気づいた。突然、修治は岩陰に車を寄せてとまった。
「岱胡、幌をおろして周りを見てくれ」
「はいはい、全開にしちゃっていいッスよね?」
「ああ」
言われたとおり幌をおろして畳み、岱胡は周囲を見渡した。
特に目につくものはない。
「どうだ?」
「いや……特になにもないッスけど……ちょっと待ってください」
とりあえず、そう答えてからかばんを開け、中からゴーグルを出して被った。
「肉眼じゃ、遠くまでちゃんと見えないッスからね」
「おまえ、近視だったか?」
「まさか。両目ともに視力はバッチリですよ。コイツはスコープつきの改造品なんス」
車のドアに腰をかけて、シートよりも高い位置から周囲をもう一度見回すことにした。
「そんなもんを持ってたのか。俺には良くわからないが、使えるものなのか?」
「そりゃあ、もちろんッスよ。今回のために改造して倍率は上げてあるし、夜にも使えるようにしてありますからね」
まるでピンとこない、といった様子で、修治は岱胡を見あげている。
それを横目で見てから、ぐるっと辺りを眺めた。
砂埃が不自然にあがっている場所があるように見え、倍率をあげて目を凝らした。
「修治さん、偉く遠いんですけど、こっち方面に向かってくるなにかが見えます」
「そうか……」
「砂埃がかなりあがっているんで車で移動しているか、結構な人数がいるんじゃないッスかね?」
「ああ、集団なのは間違いないだろうな。それに……」
修治は言い澱んで考え込んでいる。
「それに? なんスか?」
「もう出すぞ。まだ追いつかれやしないが遠いほうが安心だからな」
岱胡の問いに、フッと笑った修治は、エンジンをかけて車を走らせた。
ロマジェリカのなにもない土地と違い、所々に森や山、集落が地平線をさえぎっている。
陽が傾きかけてちょっと眩しい。
わずかに砂埃も舞っているけれど、スコープのお陰で景色は良く見える。
風を受けてタオルで口を覆い隠し、鼻歌混じりに自分の位置と地図を照らし合わせていた。
「呑気なもんだな。それになんだ? その格好……」
「だって、この辺り結構、砂埃が立ってるじゃないッスか。さすがにマスクまでは持ってきてないんスよ」
呆れた顔でミラー越しに岱胡を見て、修治は言う。
タオルをさげて口を出し、修治に答えるとまたすぐにタオルで口を覆った。
丘を登り、林の中に車を停めると、修治は車をおりる前に西のほうを指差した。
「あそこにジャセンベルの城が見えるだろう?」
「はい」
「本来、あれを回り込んで奉納場所に向かうんだが、今夜ここで休息を取りながら、城と周囲の様子次第で、おまえが言ったあのルートを使おうと思う」
「ええっ! なんでまた急にそんなことを……」
突然の修治の申し出に、岱胡は思わず大声をあげてしまった。
「渡ってきてすぐ、こっちに向かっている気配に気づいた。最初はジャセンベルの兵が移動しているのかと思ったんだがな、どうやらあれは庸儀の兵らしい」
「はあっ? あんな遠かったのに、そんなことがわかるんスか?」
そう言ってから、さっき修治がなにかを言い澱んだことを思い出した。
ロマジェリカへは二日とかからないのに、ジャセンベルには二日半もかかった。
これまでより速くなったと言われてこれじゃあ、今までのままだったら、岱胡は着く前に倒れていたかもしれない。
「遠いんスね、この国。俺、まだ揺れてる気がしますよ」
「ヘイトも半分程度の時間で着くからな。俺もここへくると、少し調子が悪くなった気になるよ」
船をしっかりと繋いで、シートを被せながら修治が笑った。
岩場から砂浜に向かう途中、一瞬、冷や水を浴びたようなゾッとする感覚をおぼえた。
修治のほうもなにか感じたのか、しきりにうなじあたりをさすっている。
嫌な感覚をごまかすように、体を払いながら堤防を登って驚いた。
荒れていると巧は言ったけれど、ロマジェリカのそれとは別世界のように見える。
言葉も出ずに立ち尽くしていると、あとから来た修治が訝しげに岱胡の顔をのぞき込んできた。
「どうした? なにかあったか?」
「いや……緑が多いな、と。巧さん、荒れた土地だって言ってましたけど、これで荒れてたら、ロマジェリカは死んだ土地ッスね」
「それじゃあ、おまえがヘイトに渡ったら、きっと天国に見えるぞ」
修治はそう言って鼻で笑う。
ジャセンベルへは三度目だと言ったけれど、修治はまるで毎年来ているかのように、当たり前のように車の隠し場所まで行き、地図も見ずにルートを進んでいる。
会話の途中で一瞬、真顔になることがあった。
最初はなんだかわからなかったけれど、人の気配を探っているのだと気づいた。突然、修治は岩陰に車を寄せてとまった。
「岱胡、幌をおろして周りを見てくれ」
「はいはい、全開にしちゃっていいッスよね?」
「ああ」
言われたとおり幌をおろして畳み、岱胡は周囲を見渡した。
特に目につくものはない。
「どうだ?」
「いや……特になにもないッスけど……ちょっと待ってください」
とりあえず、そう答えてからかばんを開け、中からゴーグルを出して被った。
「肉眼じゃ、遠くまでちゃんと見えないッスからね」
「おまえ、近視だったか?」
「まさか。両目ともに視力はバッチリですよ。コイツはスコープつきの改造品なんス」
車のドアに腰をかけて、シートよりも高い位置から周囲をもう一度見回すことにした。
「そんなもんを持ってたのか。俺には良くわからないが、使えるものなのか?」
「そりゃあ、もちろんッスよ。今回のために改造して倍率は上げてあるし、夜にも使えるようにしてありますからね」
まるでピンとこない、といった様子で、修治は岱胡を見あげている。
それを横目で見てから、ぐるっと辺りを眺めた。
砂埃が不自然にあがっている場所があるように見え、倍率をあげて目を凝らした。
「修治さん、偉く遠いんですけど、こっち方面に向かってくるなにかが見えます」
「そうか……」
「砂埃がかなりあがっているんで車で移動しているか、結構な人数がいるんじゃないッスかね?」
「ああ、集団なのは間違いないだろうな。それに……」
修治は言い澱んで考え込んでいる。
「それに? なんスか?」
「もう出すぞ。まだ追いつかれやしないが遠いほうが安心だからな」
岱胡の問いに、フッと笑った修治は、エンジンをかけて車を走らせた。
ロマジェリカのなにもない土地と違い、所々に森や山、集落が地平線をさえぎっている。
陽が傾きかけてちょっと眩しい。
わずかに砂埃も舞っているけれど、スコープのお陰で景色は良く見える。
風を受けてタオルで口を覆い隠し、鼻歌混じりに自分の位置と地図を照らし合わせていた。
「呑気なもんだな。それになんだ? その格好……」
「だって、この辺り結構、砂埃が立ってるじゃないッスか。さすがにマスクまでは持ってきてないんスよ」
呆れた顔でミラー越しに岱胡を見て、修治は言う。
タオルをさげて口を出し、修治に答えるとまたすぐにタオルで口を覆った。
丘を登り、林の中に車を停めると、修治は車をおりる前に西のほうを指差した。
「あそこにジャセンベルの城が見えるだろう?」
「はい」
「本来、あれを回り込んで奉納場所に向かうんだが、今夜ここで休息を取りながら、城と周囲の様子次第で、おまえが言ったあのルートを使おうと思う」
「ええっ! なんでまた急にそんなことを……」
突然の修治の申し出に、岱胡は思わず大声をあげてしまった。
「渡ってきてすぐ、こっちに向かっている気配に気づいた。最初はジャセンベルの兵が移動しているのかと思ったんだがな、どうやらあれは庸儀の兵らしい」
「はあっ? あんな遠かったのに、そんなことがわかるんスか?」
そう言ってから、さっき修治がなにかを言い澱んだことを思い出した。
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