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待ち受けるもの
第30話 ロマジェリカ ~鴇汰 5~
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「……あんたいい加減、ちょっと黙りなよ」
チッと軽く舌打ちをした麻乃は、怒っているのか呆れているのか、よくわからない表情だ。
「こんななにもないところでそんな大声をあげて、どこまで響いてるかわかりゃしないじゃないのさ。まったく、馬鹿じゃないの?」
「ばっ、馬鹿ってなんだよ!」
「だからうるさいってのよ。だいたいね、あんた人の話しをちゃんと聞いてた? 誰があたしと修治が祝言を挙げるだなんて、くだらないことを言ったのさ?」
「だって、おまえがさっき……」
「だってもなにも、あたしは修治と多香子姉さんが、泉の森で祝言を挙げるって言ったでしょうが!」
麻乃の怒りを感じ取ったように、また風が吹いて周囲の木々が大きくきしんだ。
(そういえばさっきも、風の音と木の揺れる音で、麻乃の言葉が途絶えた……)
そしてまたため息をつくと、ぽつりとつぶやいた。
「人の話しも聞かないで、一人で大騒ぎして、あんたってホントに馬鹿。呆れた馬鹿だよ」
「馬鹿だ馬鹿だって言うな! おまえはなんだってんだよ? なんとも思ってないやつに平気で……その……キスなんかしやがって!」
麻乃は脱力したように肩で大きく息をつき、鴇汰を睨むと、腰に手を当ててうつむいた。
「あんたの中では、あたしは一体どんなイメージなのさ……なんとも思ってないやつと、どうこうするような、ろくでもない女だって思ってるんだ?」
「そんなわけがないだろ! ただ、あの庸儀のやつとか……」
「あんたたちみんな、あのときのことを誤解してたみたいだけどね、あいつとは、まったくなにもありやしない。好きでもなんでもなかったよ。それにあたしはね、なんとも思ってない相手にあんな真似しやしないってのよ、この馬鹿!」
麻乃は鴇汰のすぐ横にある大木を蹴りつけてから落とした荷物を拾っている。
その動きがピタリと止まり、周囲を見渡すと、まだ倒れたままの鴇汰に手を差し伸べてきた。
「立って。荷物を拾って」
立ちあがり、落ちた荷物に手をかけたとき、鴇汰も周囲の気配に気づいた。
「俺が……騒いだから……」
「違う。あたしはちゃんと注意を払っていた。もっと早く気づいてもおかしくなかったのに……まるで、たった今湧いて出てきたみたいに近い。現に鴇汰だって気づかなかったでしょ?」
そう言われると、いくらなんでも、こんなに近づかれるまで気づかないはずがないと思う。
「弓や銃はいないようだね。でも……バラけているけど、五十はいる。これだけの人数ってことは敵兵と思って間違いないね」
「なんかおかしいと思わないか? 最初に麻乃が気配を感じてから、ずっと追われているみたいだ」
少しずつ、川岸に向かって移動した。
「うん。それに、なんだってこんなに接近させちゃったんだろう」
「どうする?」
「まずは川岸だよ。そこまで一気に走り抜いて飛び込むしかない」
「わかった」
肩にかけた大剣を背負い直す。
麻乃も刀を確認するようにグッと握ってから、荷物を背負った。
「下からくる。どういうわけかわからないけど、こっちの居場所に気づいてるみたいだ。やつらも川岸に向かっている」
「正面には……いないな。それだけでもまだマシか」
一度止まって相手の様子を見た。
こちらが止まった瞬間、向こうも止まり、それから少しずつ距離を詰めてくる。
麻乃の表情が変わり、かばんからアームウォーマーを出すと、両手に嵌めてギュッとこぶしを握った。
「どうしたのよ?」
「あいつがいる……なんだってあいつがここに……」
鴇汰の問いに、麻乃は小さくつぶやいた。
必死に押し殺しているふうに見えるけれど、わずかに殺気を感じる。
「鴇汰……まずは逃げることが優先だよ。なにがあっても、だよ。いい? たとえ一人でも逃げる。はぐれたときは、あの車のところで落ち合おう」
「なにがあってもって……どういうことだよ?」
「四時間待っても相手が来ないときは、先に停泊場所に戻る。そのあとのことは、船員と話し合ったうえで判断する。いいね? さっきの話しの続きもそれからだよ。無事に戻ってから必ず、二人でゆっくり話そう」
有無を言わせない麻乃に、鴇汰は黙ってうなずくしかなかった。
「よし……行くよ」
うなずき合うと、川岸に向かって全力で駆け出した。
チッと軽く舌打ちをした麻乃は、怒っているのか呆れているのか、よくわからない表情だ。
「こんななにもないところでそんな大声をあげて、どこまで響いてるかわかりゃしないじゃないのさ。まったく、馬鹿じゃないの?」
「ばっ、馬鹿ってなんだよ!」
「だからうるさいってのよ。だいたいね、あんた人の話しをちゃんと聞いてた? 誰があたしと修治が祝言を挙げるだなんて、くだらないことを言ったのさ?」
「だって、おまえがさっき……」
「だってもなにも、あたしは修治と多香子姉さんが、泉の森で祝言を挙げるって言ったでしょうが!」
麻乃の怒りを感じ取ったように、また風が吹いて周囲の木々が大きくきしんだ。
(そういえばさっきも、風の音と木の揺れる音で、麻乃の言葉が途絶えた……)
そしてまたため息をつくと、ぽつりとつぶやいた。
「人の話しも聞かないで、一人で大騒ぎして、あんたってホントに馬鹿。呆れた馬鹿だよ」
「馬鹿だ馬鹿だって言うな! おまえはなんだってんだよ? なんとも思ってないやつに平気で……その……キスなんかしやがって!」
麻乃は脱力したように肩で大きく息をつき、鴇汰を睨むと、腰に手を当ててうつむいた。
「あんたの中では、あたしは一体どんなイメージなのさ……なんとも思ってないやつと、どうこうするような、ろくでもない女だって思ってるんだ?」
「そんなわけがないだろ! ただ、あの庸儀のやつとか……」
「あんたたちみんな、あのときのことを誤解してたみたいだけどね、あいつとは、まったくなにもありやしない。好きでもなんでもなかったよ。それにあたしはね、なんとも思ってない相手にあんな真似しやしないってのよ、この馬鹿!」
麻乃は鴇汰のすぐ横にある大木を蹴りつけてから落とした荷物を拾っている。
その動きがピタリと止まり、周囲を見渡すと、まだ倒れたままの鴇汰に手を差し伸べてきた。
「立って。荷物を拾って」
立ちあがり、落ちた荷物に手をかけたとき、鴇汰も周囲の気配に気づいた。
「俺が……騒いだから……」
「違う。あたしはちゃんと注意を払っていた。もっと早く気づいてもおかしくなかったのに……まるで、たった今湧いて出てきたみたいに近い。現に鴇汰だって気づかなかったでしょ?」
そう言われると、いくらなんでも、こんなに近づかれるまで気づかないはずがないと思う。
「弓や銃はいないようだね。でも……バラけているけど、五十はいる。これだけの人数ってことは敵兵と思って間違いないね」
「なんかおかしいと思わないか? 最初に麻乃が気配を感じてから、ずっと追われているみたいだ」
少しずつ、川岸に向かって移動した。
「うん。それに、なんだってこんなに接近させちゃったんだろう」
「どうする?」
「まずは川岸だよ。そこまで一気に走り抜いて飛び込むしかない」
「わかった」
肩にかけた大剣を背負い直す。
麻乃も刀を確認するようにグッと握ってから、荷物を背負った。
「下からくる。どういうわけかわからないけど、こっちの居場所に気づいてるみたいだ。やつらも川岸に向かっている」
「正面には……いないな。それだけでもまだマシか」
一度止まって相手の様子を見た。
こちらが止まった瞬間、向こうも止まり、それから少しずつ距離を詰めてくる。
麻乃の表情が変わり、かばんからアームウォーマーを出すと、両手に嵌めてギュッとこぶしを握った。
「どうしたのよ?」
「あいつがいる……なんだってあいつがここに……」
鴇汰の問いに、麻乃は小さくつぶやいた。
必死に押し殺しているふうに見えるけれど、わずかに殺気を感じる。
「鴇汰……まずは逃げることが優先だよ。なにがあっても、だよ。いい? たとえ一人でも逃げる。はぐれたときは、あの車のところで落ち合おう」
「なにがあってもって……どういうことだよ?」
「四時間待っても相手が来ないときは、先に停泊場所に戻る。そのあとのことは、船員と話し合ったうえで判断する。いいね? さっきの話しの続きもそれからだよ。無事に戻ってから必ず、二人でゆっくり話そう」
有無を言わせない麻乃に、鴇汰は黙ってうなずくしかなかった。
「よし……行くよ」
うなずき合うと、川岸に向かって全力で駆け出した。
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