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待ち受けるもの
第28話 ロマジェリカ ~鴇汰 3~
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「そうしようかと思ったんだけどさ、鴇汰、良く寝てたし……あんた最近、凄く寝るよね? さっき起こしたときは、うなされてたみたいだけど……なにか嫌な夢でも見た?」
タオルを畳んで後部席に置くと、麻乃が顔をのぞき込んできた。
さっき見た夢を思い出すには、今はまだ生々しくて、真っすぐ前を向いたまま麻乃の視線をさけた。
(凄く寝るよね)
そういえば最近は、どうにも抗えない睡魔に襲われることがある。
しかも放っておくと相当長い時間、目が覚めない。
疲れているんだろうか。
だから、あんな変な夢を……。
「ちょっとな。意味のわからねー夢だよ」
「……そう」
窓に頬づえをついた麻乃は、張りつめた雰囲気で外を眺めている。
「……うん、だいぶ引き離したかな。もう気配は感じない。空も……だいぶ明るくなってきたね」
そうつぶやいた。
「暗くなる前には、麓に着きたいな。コイツの隠し場所、あればいいんだけどな」
明けていく空の下を、少しずつスピードをあげて車を走らせる。
途中、何度かの休憩を挟み、食事の支度を済ませた。
そのたびに麻乃が人の気配を感じ取り、追い立てられるように移動を続けた。
麓には陽の落ちる前にたどり着き、鴇汰は岩陰の窪みに車を止めてシートで覆うと、枯れ木を集めて上から被せた。
「ここからは歩きだな」
「うん。ここも本当に草木が少ないね……ほとんどが枯れてるし、なにより山だってのに、ここにさえ生きものの気配がない」
あたりを見回す麻乃の表情は厳しい。
「夕べから何度か人の気配を感じるけど、山に入っちゃえば、奉納場所までそんなに距離はないよね。早く行こうか」
荷物を担ぎあげて麻乃が振り返った。
「日暮までまだ少しあるか……あんまり進めねーぞ、夜に備えて準備もあるしな」
「わかってるよ」
麻乃はなにか急いでいるふうに見える。
気持ちの悪い国だ。
早く帰りたいと思うのもわかるが、こんなときに焦るのは危ない気がする。
山を割くように流れる川は、川幅が平地のときよりも狭くなったとはいえ、まだ広い。
対岸との高さもまだ変わらない。
後ろを歩く麻乃を振り返った。
立ち止まり、川の向こうに見える平地へ目を向けている。
「どうしたのよ? まさか、また人の気配がするのか?」
「いや……あれ」
麻乃が指差したほうを見た。
遠くに小さくロマジェリカの城が見える。
周囲にはいくつかの森が広がっているけれど、広さは泉翔のそれとは大違いだ。
おまけに緑が少ない。
あの辺りも枯れ木ばかりなのだろう。
「思っていたよりも近いね。火や明かりがまずいっていうのもわかる」
「あぁ、こんななにもない山ん中で、明かりが見えたら、不審に思われて当然だな」
「鴇汰、やっぱりこの辺りで夜に備えよう。このまま進むと危ない気がしてきた」
周辺にピリッと張り詰めた空気が広がったのを感じた。
演習のときや立ち合い、訓練などでは、麻乃は手を抜いて楽しんでいる節がある。
持ち回りで一緒になることが滅多にないぶん、麻乃の本気を目にすることも滅多にない。
今、目の前にいるのは、紛れもなく本気の麻乃だ。
テントの準備をしながら、ゾクリと背筋が震えた。
その夜も、また夢の中にシタラが現れた。
真っ赤な蓮華の花が、血と麻乃を連想させる。
盛んに頭をさげるシタラは、必ず空を仰ぐ。
真っ暗な空に、昨夜よりも光を増やした月が、まるでこちらを嘲笑うかのように細く孤を描いていた。
「いい加減にしろよ! 一体、俺にどうしろってんだよ!」
自分の怒鳴り声で目を覚ました。
隣で上半身を起こした麻乃が驚いた顔で見つめている。
「鴇汰も気づいた?」
聞かれた意味がわからずに、麻乃の目を見返した瞬間、人の気配を感じた。
「まだ遠いか? いや……俺にもわかるくらい近づいたってことか」
二手にわかれて急いで荷作りをし、その場を離れた。
夜明け前で周囲はもちろん、まだ足もとも良く見えない。
水の流れる音を頼りに山を登る。
鴇汰は時折、振り返って麻乃の姿を確認し、急な斜面や大岩を登るときには手を差し伸べた。
明るくなり始め、周囲を確認すると、対岸は岩肌を剥き出しにして、こちら側の高さとは大きく差をつけていた。
あと少しで奉納場所に着く。
本来、休んでいたはずの時間も動いていたせいか、思ったより早くたどり着いた。
(今日中には奉納を済ませて、明日の朝には帰路に着けるか……)
鴇汰は繋いだ手に、ギュッと力を込めた。
タオルを畳んで後部席に置くと、麻乃が顔をのぞき込んできた。
さっき見た夢を思い出すには、今はまだ生々しくて、真っすぐ前を向いたまま麻乃の視線をさけた。
(凄く寝るよね)
そういえば最近は、どうにも抗えない睡魔に襲われることがある。
しかも放っておくと相当長い時間、目が覚めない。
疲れているんだろうか。
だから、あんな変な夢を……。
「ちょっとな。意味のわからねー夢だよ」
「……そう」
窓に頬づえをついた麻乃は、張りつめた雰囲気で外を眺めている。
「……うん、だいぶ引き離したかな。もう気配は感じない。空も……だいぶ明るくなってきたね」
そうつぶやいた。
「暗くなる前には、麓に着きたいな。コイツの隠し場所、あればいいんだけどな」
明けていく空の下を、少しずつスピードをあげて車を走らせる。
途中、何度かの休憩を挟み、食事の支度を済ませた。
そのたびに麻乃が人の気配を感じ取り、追い立てられるように移動を続けた。
麓には陽の落ちる前にたどり着き、鴇汰は岩陰の窪みに車を止めてシートで覆うと、枯れ木を集めて上から被せた。
「ここからは歩きだな」
「うん。ここも本当に草木が少ないね……ほとんどが枯れてるし、なにより山だってのに、ここにさえ生きものの気配がない」
あたりを見回す麻乃の表情は厳しい。
「夕べから何度か人の気配を感じるけど、山に入っちゃえば、奉納場所までそんなに距離はないよね。早く行こうか」
荷物を担ぎあげて麻乃が振り返った。
「日暮までまだ少しあるか……あんまり進めねーぞ、夜に備えて準備もあるしな」
「わかってるよ」
麻乃はなにか急いでいるふうに見える。
気持ちの悪い国だ。
早く帰りたいと思うのもわかるが、こんなときに焦るのは危ない気がする。
山を割くように流れる川は、川幅が平地のときよりも狭くなったとはいえ、まだ広い。
対岸との高さもまだ変わらない。
後ろを歩く麻乃を振り返った。
立ち止まり、川の向こうに見える平地へ目を向けている。
「どうしたのよ? まさか、また人の気配がするのか?」
「いや……あれ」
麻乃が指差したほうを見た。
遠くに小さくロマジェリカの城が見える。
周囲にはいくつかの森が広がっているけれど、広さは泉翔のそれとは大違いだ。
おまけに緑が少ない。
あの辺りも枯れ木ばかりなのだろう。
「思っていたよりも近いね。火や明かりがまずいっていうのもわかる」
「あぁ、こんななにもない山ん中で、明かりが見えたら、不審に思われて当然だな」
「鴇汰、やっぱりこの辺りで夜に備えよう。このまま進むと危ない気がしてきた」
周辺にピリッと張り詰めた空気が広がったのを感じた。
演習のときや立ち合い、訓練などでは、麻乃は手を抜いて楽しんでいる節がある。
持ち回りで一緒になることが滅多にないぶん、麻乃の本気を目にすることも滅多にない。
今、目の前にいるのは、紛れもなく本気の麻乃だ。
テントの準備をしながら、ゾクリと背筋が震えた。
その夜も、また夢の中にシタラが現れた。
真っ赤な蓮華の花が、血と麻乃を連想させる。
盛んに頭をさげるシタラは、必ず空を仰ぐ。
真っ暗な空に、昨夜よりも光を増やした月が、まるでこちらを嘲笑うかのように細く孤を描いていた。
「いい加減にしろよ! 一体、俺にどうしろってんだよ!」
自分の怒鳴り声で目を覚ました。
隣で上半身を起こした麻乃が驚いた顔で見つめている。
「鴇汰も気づいた?」
聞かれた意味がわからずに、麻乃の目を見返した瞬間、人の気配を感じた。
「まだ遠いか? いや……俺にもわかるくらい近づいたってことか」
二手にわかれて急いで荷作りをし、その場を離れた。
夜明け前で周囲はもちろん、まだ足もとも良く見えない。
水の流れる音を頼りに山を登る。
鴇汰は時折、振り返って麻乃の姿を確認し、急な斜面や大岩を登るときには手を差し伸べた。
明るくなり始め、周囲を確認すると、対岸は岩肌を剥き出しにして、こちら側の高さとは大きく差をつけていた。
あと少しで奉納場所に着く。
本来、休んでいたはずの時間も動いていたせいか、思ったより早くたどり着いた。
(今日中には奉納を済ませて、明日の朝には帰路に着けるか……)
鴇汰は繋いだ手に、ギュッと力を込めた。
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