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待ち受けるもの
第25話 ロマジェリカ ~麻乃 1~
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「それじゃあ、ここからは、ほかのときと同じでボートで移動してもらう。今日から最長一週間停泊するけど、なんの連絡もなくそれを過ぎたら戻らなくても出航するからそのつもりで」
一日半の航海を終え、船を離れるとき、麻乃と鴇汰はそう注意をされた。
荷を担ぎ、予定通り上陸ポイントにおり立った。
「麻乃、船を隠しちまうから、おまえ、ちょっと上の様子を見てきてくれよ」
「わかった」
入り江から数十メートル外れた窪みにロープでしっかりと船を繋ぐ鴇汰を横目に、麻乃は岩場沿いを登って崖の上に立ち、息を飲んだ。
広がるのは岩山と赤茶けた砂地ばかりで、雑草さえもほとんど生えていない。
風が吹くたびに砂埃が舞い、周囲の景色をくすませている。
人の気配もない。
そもそも、こんな場所に人が住んでいられるのだろうか。
生き物が息づく気配も感じない。
振り返ると広がる海の色さえも、泉翔とは違って黒ずんで見える。
まだ日中だというのに、やけに薄暗い。
「どんな感じよ?」
鴇汰がいくつか荷物を持ってあがってきた。
麻乃はそれを受け取って足もとに並べた。
もう一度、荷物を取りにおりた鴇汰の背中に向かって答えた。
「うん……なんか凄い荒れた土地だね。この辺りには人はもちろん、動物の気配も感じないよ」
「ふうん。そっか」
崖の下から大荷物を抱えて登ってくるのを見おろす。
「手伝う?」
そう聞くと、鴇汰は首を振って、もうこれで最後だよ、と言った。
「三つ並んだ大岩の左側の下、このあいだ、諜報のやつらが使った車がそこに隠してあるってんだけど、どれだかわかるか?」
「三つ並んでる大岩……うん、あるね、そう遠くはなさそう」
大きく息をはいて麻乃の隣に立った鴇汰は、その位置を確認すると、数歩前に出てしかめっ面をした。
「荷物持って移動はきつそうだから、おまえ、そこで待ってろよ」
鴇汰は大岩に向かって駆けていき、数十分ほどしてから、泉翔で見るのとは違う型のオフロード車に乗って戻ってきた。
荷物を積んで乗り込むと、地図を広げてもう一度ルートを確認してみる。
「諜報のやつら、うまい場所に隠してたよ。岩場が多いと隠すのが楽かもしれないな。ジャセンベルじゃあ、いつ見つかってもおかしくないような隠し場所だぜ」
「ヘイトも海岸の付近は岩場が続いてるから、窪みに隠してあったよ。それより砂埃がひどいね」
「そうだな。まぁ、とりあえず川沿いを進めるかぎりいこう。山あいに入ったら、車じゃ乗り入れられないかもしれない。今のうちに距離を稼いで、途中でこいつを隠す場所も探さねーとな」
走り始めた瞬間、パリッと全身に電気が通ったような感覚に包まれた。
総毛立ち、うなじの毛も逆立っているように感じる。
麻乃は思わず両手でワシワシと首筋をなでた。
海岸沿いをしばらく走ると、河口が見えてきた。
水量は確かに多く、轟々と海へ流れ込む水音が響いている。
「水際なのに、本当に草木がないね」
「こうなにもないと、確かに遠くからでも目につくだろうな」
上流に向かって左岸を走り続けると、ようやく少しずつ草木が目につくようになってきた。
それでも、岱胡の言ったとおりで立ち枯れた木々ばかりだ。
「だいぶ、こっちの姿が目立たなくなったな。ここらで一度、飯の支度しておかねーと……夜は火を使うなって言われてんだよな」
「やっぱり目立つのかな?」
「みたいだな」
比較的、木々の密集した辺りで鴇汰は車をとめた。
手際良く食事の準備を始めた鴇汰に断り、麻乃は周辺の様子を見に歩き出した。
小動物の一頭、鳥の一羽でも見えれば、多少は不安も和らいだかもしれない。
なんの気配も感じないのは、敵兵に遭遇する危険もない、ということで本当ならホッとしてもいいのだろうけど……。
(本当になにもないな……気味が悪い場所だ)
ヘイトの土地も荒れてはいた。
それでもまだ草木は青く繁っていたし、動物もいた。
小規模ではあっても、いくつかの集落も……。
木立の向こうに土手が見える。
ただ土が盛り上がっただけの土手を、麻乃は登ってみた。
河口の辺りより川幅が広く浅いからか、流れはゆっくりと感じる。
水は奇麗で川底が見えるほどだ。
対岸もなにもなく、こちら側と同じでなんの気配も感じない。
真っすぐ先に連なる山が見える。
この川はそっちに向かって続いているのだろうか。
あの山を越えるとジャセンベルとの国境がある。
修治が上陸するのは明日の昼ごろだろう。
ふと、ジャセンベルの奉納場所を思い出した。
(そういえば……あの男の子はどうしただろう。今ではもう立派な青年になっているんだろうけれど……)
一日半の航海を終え、船を離れるとき、麻乃と鴇汰はそう注意をされた。
荷を担ぎ、予定通り上陸ポイントにおり立った。
「麻乃、船を隠しちまうから、おまえ、ちょっと上の様子を見てきてくれよ」
「わかった」
入り江から数十メートル外れた窪みにロープでしっかりと船を繋ぐ鴇汰を横目に、麻乃は岩場沿いを登って崖の上に立ち、息を飲んだ。
広がるのは岩山と赤茶けた砂地ばかりで、雑草さえもほとんど生えていない。
風が吹くたびに砂埃が舞い、周囲の景色をくすませている。
人の気配もない。
そもそも、こんな場所に人が住んでいられるのだろうか。
生き物が息づく気配も感じない。
振り返ると広がる海の色さえも、泉翔とは違って黒ずんで見える。
まだ日中だというのに、やけに薄暗い。
「どんな感じよ?」
鴇汰がいくつか荷物を持ってあがってきた。
麻乃はそれを受け取って足もとに並べた。
もう一度、荷物を取りにおりた鴇汰の背中に向かって答えた。
「うん……なんか凄い荒れた土地だね。この辺りには人はもちろん、動物の気配も感じないよ」
「ふうん。そっか」
崖の下から大荷物を抱えて登ってくるのを見おろす。
「手伝う?」
そう聞くと、鴇汰は首を振って、もうこれで最後だよ、と言った。
「三つ並んだ大岩の左側の下、このあいだ、諜報のやつらが使った車がそこに隠してあるってんだけど、どれだかわかるか?」
「三つ並んでる大岩……うん、あるね、そう遠くはなさそう」
大きく息をはいて麻乃の隣に立った鴇汰は、その位置を確認すると、数歩前に出てしかめっ面をした。
「荷物持って移動はきつそうだから、おまえ、そこで待ってろよ」
鴇汰は大岩に向かって駆けていき、数十分ほどしてから、泉翔で見るのとは違う型のオフロード車に乗って戻ってきた。
荷物を積んで乗り込むと、地図を広げてもう一度ルートを確認してみる。
「諜報のやつら、うまい場所に隠してたよ。岩場が多いと隠すのが楽かもしれないな。ジャセンベルじゃあ、いつ見つかってもおかしくないような隠し場所だぜ」
「ヘイトも海岸の付近は岩場が続いてるから、窪みに隠してあったよ。それより砂埃がひどいね」
「そうだな。まぁ、とりあえず川沿いを進めるかぎりいこう。山あいに入ったら、車じゃ乗り入れられないかもしれない。今のうちに距離を稼いで、途中でこいつを隠す場所も探さねーとな」
走り始めた瞬間、パリッと全身に電気が通ったような感覚に包まれた。
総毛立ち、うなじの毛も逆立っているように感じる。
麻乃は思わず両手でワシワシと首筋をなでた。
海岸沿いをしばらく走ると、河口が見えてきた。
水量は確かに多く、轟々と海へ流れ込む水音が響いている。
「水際なのに、本当に草木がないね」
「こうなにもないと、確かに遠くからでも目につくだろうな」
上流に向かって左岸を走り続けると、ようやく少しずつ草木が目につくようになってきた。
それでも、岱胡の言ったとおりで立ち枯れた木々ばかりだ。
「だいぶ、こっちの姿が目立たなくなったな。ここらで一度、飯の支度しておかねーと……夜は火を使うなって言われてんだよな」
「やっぱり目立つのかな?」
「みたいだな」
比較的、木々の密集した辺りで鴇汰は車をとめた。
手際良く食事の準備を始めた鴇汰に断り、麻乃は周辺の様子を見に歩き出した。
小動物の一頭、鳥の一羽でも見えれば、多少は不安も和らいだかもしれない。
なんの気配も感じないのは、敵兵に遭遇する危険もない、ということで本当ならホッとしてもいいのだろうけど……。
(本当になにもないな……気味が悪い場所だ)
ヘイトの土地も荒れてはいた。
それでもまだ草木は青く繁っていたし、動物もいた。
小規模ではあっても、いくつかの集落も……。
木立の向こうに土手が見える。
ただ土が盛り上がっただけの土手を、麻乃は登ってみた。
河口の辺りより川幅が広く浅いからか、流れはゆっくりと感じる。
水は奇麗で川底が見えるほどだ。
対岸もなにもなく、こちら側と同じでなんの気配も感じない。
真っすぐ先に連なる山が見える。
この川はそっちに向かって続いているのだろうか。
あの山を越えるとジャセンベルとの国境がある。
修治が上陸するのは明日の昼ごろだろう。
ふと、ジャセンベルの奉納場所を思い出した。
(そういえば……あの男の子はどうしただろう。今ではもう立派な青年になっているんだろうけれど……)
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