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待ち受けるもの
第17話 同調 ~マドル 8~
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それから数日後、アサノは仲間の手を借りて森に戻ってきた。
薬湯に浸かりに来たようだ。
しばらくして仲間がその場を離れた。
アサノは傷を確かめるように手でなぞっている。
「治してあげましょうか?」
一人きりの今、ゆっくりと語りかけてみた。
ハッとして声の行方を探しているけれど、同調した今、気配に気づくことはない。
「その程度の傷も、すぐに治せないなんて、不自由なことですね」
体の傷が治ったら、この声の……マドルの存在をどう感じるのだろう。
薄気味悪いと思うだろうか、それともありがたいと思うだろうか。
そのときにアサノの感情がどう動くのか考えるとつい、含み笑いが漏れる。
その笑いがアサノの神経を逆撫でしたのか、感情を剥き出しにして反応してきた。
『治るもんなら治したいさ! だけどこんな傷、すぐに治るわけがないじゃないか!』
「どうでしょうか?」
これまで以上に意識を集中させ、アサノの意識を無理やりに押し込めた。
眠っているのをハッキリと感じてからおもてに出る。
意識を通しただけの状態で、回復術をかけるのは初めてだけれど同調している今は自分の体と同じことだ。
マドルはいつものように術を施した。
痛みが引き、傷はうまくふさがった。
立ちあがることもできるし歩くこともできる。
ただ、マドル自身に使ったときのように、完全には治らなかった。
それでも二カ月後には完治するだろう。
問題なく大陸に渡ってこられるはずだ。
かつて一度だけ、鬼神が恐ろしい力を見せたことがあったと言う。
この国のものたちが、禁忌を犯したせいだと、老婆を使って盗み見た書物に記してあった。
そのときの力がほしい。
それにはやはり、周りを取り巻く環境が邪魔だ。
幸い、このごろは感情が揺れることが多く、周囲との関係も少しばかり変わってきている。
医師のもとで傷の治療をしていたときも、トキタと喧嘩別れをしていた。
それをうまく利用させてもらうことにしよう。
大陸に渡ってくるまでにできるかぎり孤立させ、追い詰めてから手を差し延べれば、たやすくこちらに気を許し、この手を取ってくるかもしれない。
回復術を使ったせいで消耗したのか、軽い目眩を覚え、マドルは一度、意識を戻した。
今回はこれまでのように、突然に意識を失うまでにはならなかった。
馴染んできたおかげで、だいぶやりやすい。
怪我が突然治ったことが怪しまれたらしく、ちょうど老婆に繋ぎをつけていたとき、アサノになにかが憑いていないか視てほしいとの依頼がきた。
面倒ながらも重い腰を上げ、森へ向かった。
憑いているのはマドルだ。
それを視るのも自分自身。
なにもないと言ってのけると、それを聞いたものたちは安堵の表情を浮かべている。
「詮のないこと……」
あまりにもたやすい。
この島の人間は本当にどこまでも温い。
おかしくて口もとが緩んだとき、視線を感じた。
シュウジが、ジッとこちらを見ている。
横目でその姿を観察した。
どうやら勘が良さそうだ。
アサノの様子になにかを感じ取ったのも、今、一番身近にいるのも、この男だろう。
真っ先に引き離しておかなければ危険かもしれない。
用心はし過ぎても損はない。
二カ月などあっという間なのだから。
(手に入る日は近い――)
その日が近づくほど打ち奮えるような感覚に、マドルは身を包まれた。
薬湯に浸かりに来たようだ。
しばらくして仲間がその場を離れた。
アサノは傷を確かめるように手でなぞっている。
「治してあげましょうか?」
一人きりの今、ゆっくりと語りかけてみた。
ハッとして声の行方を探しているけれど、同調した今、気配に気づくことはない。
「その程度の傷も、すぐに治せないなんて、不自由なことですね」
体の傷が治ったら、この声の……マドルの存在をどう感じるのだろう。
薄気味悪いと思うだろうか、それともありがたいと思うだろうか。
そのときにアサノの感情がどう動くのか考えるとつい、含み笑いが漏れる。
その笑いがアサノの神経を逆撫でしたのか、感情を剥き出しにして反応してきた。
『治るもんなら治したいさ! だけどこんな傷、すぐに治るわけがないじゃないか!』
「どうでしょうか?」
これまで以上に意識を集中させ、アサノの意識を無理やりに押し込めた。
眠っているのをハッキリと感じてからおもてに出る。
意識を通しただけの状態で、回復術をかけるのは初めてだけれど同調している今は自分の体と同じことだ。
マドルはいつものように術を施した。
痛みが引き、傷はうまくふさがった。
立ちあがることもできるし歩くこともできる。
ただ、マドル自身に使ったときのように、完全には治らなかった。
それでも二カ月後には完治するだろう。
問題なく大陸に渡ってこられるはずだ。
かつて一度だけ、鬼神が恐ろしい力を見せたことがあったと言う。
この国のものたちが、禁忌を犯したせいだと、老婆を使って盗み見た書物に記してあった。
そのときの力がほしい。
それにはやはり、周りを取り巻く環境が邪魔だ。
幸い、このごろは感情が揺れることが多く、周囲との関係も少しばかり変わってきている。
医師のもとで傷の治療をしていたときも、トキタと喧嘩別れをしていた。
それをうまく利用させてもらうことにしよう。
大陸に渡ってくるまでにできるかぎり孤立させ、追い詰めてから手を差し延べれば、たやすくこちらに気を許し、この手を取ってくるかもしれない。
回復術を使ったせいで消耗したのか、軽い目眩を覚え、マドルは一度、意識を戻した。
今回はこれまでのように、突然に意識を失うまでにはならなかった。
馴染んできたおかげで、だいぶやりやすい。
怪我が突然治ったことが怪しまれたらしく、ちょうど老婆に繋ぎをつけていたとき、アサノになにかが憑いていないか視てほしいとの依頼がきた。
面倒ながらも重い腰を上げ、森へ向かった。
憑いているのはマドルだ。
それを視るのも自分自身。
なにもないと言ってのけると、それを聞いたものたちは安堵の表情を浮かべている。
「詮のないこと……」
あまりにもたやすい。
この島の人間は本当にどこまでも温い。
おかしくて口もとが緩んだとき、視線を感じた。
シュウジが、ジッとこちらを見ている。
横目でその姿を観察した。
どうやら勘が良さそうだ。
アサノの様子になにかを感じ取ったのも、今、一番身近にいるのも、この男だろう。
真っ先に引き離しておかなければ危険かもしれない。
用心はし過ぎても損はない。
二カ月などあっという間なのだから。
(手に入る日は近い――)
その日が近づくほど打ち奮えるような感覚に、マドルは身を包まれた。
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