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待ち受けるもの
第6話 若き軍師 ~マドル 6~
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庸儀の城が見渡せる岩場に潜んだ。
夕闇が広がるころ、城からいくつかの人影が出ていった中に、ジェの姿があるのを確認してから、マドルは城へと近づいた。
城を守る兵たちを、いとも簡単に暗示にかけると、堂々と城内へ入る。
ずいぶんと前にも、やはりこうやって城内へ忍び入った。
ヘイトにもジャセンベルにも、マドルは同じように入り込んだ。
ふとしたことで知った賢者の伝承に触発されて、各国の伝承や、それにまつわる文献を調べるために。
まだ城へ上がる前のことで、当然、ロマジェリカの城へも忍び入っている。
かつて大陸にあらわれたという多くの血筋を調べるうちに、マドルは自分こそが賢者だ、と思ったこともあった。
自惚れなどではなく、大陸で名の通った術師たちよりも明らかに強い術を、マドルには扱うことができたからだ。
それが、のちに知った伝承と文献で、これこそが自分ではないか?
と思うものに触れた。
そのときには意味のわからなかったことが、鬼神の伝承を知ったときにすべてが繋がった。
それからは機が熟すまで目立たぬように、無益な争いに巻き込まれぬように、ひっそりと生きてきた。
ジェが鬼神であるならば、今こそ機が巡ってきたということなのだけれど、どうも違和感が拭いきれない。
「誰だ!」
廊下の角からあらわれた兵が、マドルの姿を見咎めて声をあげた。
ロッドを振るい、簡単な暗示をかける。
「ジェ・ギテの部屋へ案内していただけますか?」
そういうと、兵は軽くよろめき、頭を一度さげてから歩き出した。
城の奥まった場所にある一室へ着くと、兵はその前に立ち止まった。
ドアには鍵はかかっていない。よほど急いで出ていったのだろう。
(運がいい)
ほくそ笑んで中に入ったマドルは、あまり物を動かさないように、書物や書類を探った。
机に積み重ねられた本のあいだに、書類と報告書らしきファイルを見つけた。
書類はどうやら写し書きをしたと思われる。
こんなにもあっさりと手に入るとは思わなかった。
誰かが自分の部屋に入り込むなどと、ジェは思ってもいないのだろう。
そこには鬼神についての伝承が、いくつか書き出されていた。
そばにあった椅子に腰をかけると、ざっと目を通してから近くにあった筆を取り、重要と思える部分だけを手帳に書き出して懐にしまった。
(その容姿、紅い髪に紅い瞳――)
ジェの瞳は闇のように黒い。
なんのことはない。偽物だったということか?
とはいえ、あの地位までのぼり詰めたほどだ、なにかしら役に立つかもしれない。
それこそ、盾にでも。
騙されたふりをしていても損はないだろう。
気になるのは、この書類に書かれている伝承をどこから写し出してきたのかということだ。
マドルがさまざまな土地で隈なく探した伝承の中に、鬼神についての文献などは一つもなかった。
辛うじて、口伝の一部に残っているのを耳にしただけたったのに――。
ただ、この伝承はすべて男であるようだ。
紅き華である女とは別の存在なのだろうか。
ジェが鬼神を名乗る理由も知りたい。
ああも堂々と自身を鬼神だと名乗るのは、ほかにその兆候を持った人間がいないからだろうか?
それとも、既にその手にかけてしまっているのか?
そうなると、マドルが成そうとしていることにも支障が出る。
早急に、しかも正確な情報収集が必要だ。
報告書のほうへも手を伸ばしてみる。
そこには、泉翔の大まかな地図が描かれているだけで、ほかにはなにもない。
常に海岸で防衛されているため、島の中がどうなっているのかは知らないが、この地図によると、島のちょうど中心の辺りに城があり、その傍らには大きな森と泉があるようだ。
地図の裏側に、名前が書かれている。
『藤川』
これを描いたのが、この藤川というのだろうか?
この名前からすると、泉翔の人間のようだ。
ジェはどうやってこの地図を手に入れたのか。
いろいろと考えて総合するとこれらの書類は、泉翔から持ち出したとしか思えない。
ただ、ロマジェリカでさえも内部の事情まで調べきれないというのに、庸儀がそれを成せるのだろうか。
もう一度、書類に目を通した。
最後のページに、リュ・ウソンと名前が書かれている。
どうやら、この人物が書き出しをしたようだ。
名前には聞き覚えがある。
ジェの側近の一人だ。
(このリュというかたから、詳しい話しを聞き出すことが先決か……)
書類をもとに戻し、マドルが来た形跡をすべて消すと、兵たちにかけた暗示を解き、城をあとにした。
夕闇が広がるころ、城からいくつかの人影が出ていった中に、ジェの姿があるのを確認してから、マドルは城へと近づいた。
城を守る兵たちを、いとも簡単に暗示にかけると、堂々と城内へ入る。
ずいぶんと前にも、やはりこうやって城内へ忍び入った。
ヘイトにもジャセンベルにも、マドルは同じように入り込んだ。
ふとしたことで知った賢者の伝承に触発されて、各国の伝承や、それにまつわる文献を調べるために。
まだ城へ上がる前のことで、当然、ロマジェリカの城へも忍び入っている。
かつて大陸にあらわれたという多くの血筋を調べるうちに、マドルは自分こそが賢者だ、と思ったこともあった。
自惚れなどではなく、大陸で名の通った術師たちよりも明らかに強い術を、マドルには扱うことができたからだ。
それが、のちに知った伝承と文献で、これこそが自分ではないか?
と思うものに触れた。
そのときには意味のわからなかったことが、鬼神の伝承を知ったときにすべてが繋がった。
それからは機が熟すまで目立たぬように、無益な争いに巻き込まれぬように、ひっそりと生きてきた。
ジェが鬼神であるならば、今こそ機が巡ってきたということなのだけれど、どうも違和感が拭いきれない。
「誰だ!」
廊下の角からあらわれた兵が、マドルの姿を見咎めて声をあげた。
ロッドを振るい、簡単な暗示をかける。
「ジェ・ギテの部屋へ案内していただけますか?」
そういうと、兵は軽くよろめき、頭を一度さげてから歩き出した。
城の奥まった場所にある一室へ着くと、兵はその前に立ち止まった。
ドアには鍵はかかっていない。よほど急いで出ていったのだろう。
(運がいい)
ほくそ笑んで中に入ったマドルは、あまり物を動かさないように、書物や書類を探った。
机に積み重ねられた本のあいだに、書類と報告書らしきファイルを見つけた。
書類はどうやら写し書きをしたと思われる。
こんなにもあっさりと手に入るとは思わなかった。
誰かが自分の部屋に入り込むなどと、ジェは思ってもいないのだろう。
そこには鬼神についての伝承が、いくつか書き出されていた。
そばにあった椅子に腰をかけると、ざっと目を通してから近くにあった筆を取り、重要と思える部分だけを手帳に書き出して懐にしまった。
(その容姿、紅い髪に紅い瞳――)
ジェの瞳は闇のように黒い。
なんのことはない。偽物だったということか?
とはいえ、あの地位までのぼり詰めたほどだ、なにかしら役に立つかもしれない。
それこそ、盾にでも。
騙されたふりをしていても損はないだろう。
気になるのは、この書類に書かれている伝承をどこから写し出してきたのかということだ。
マドルがさまざまな土地で隈なく探した伝承の中に、鬼神についての文献などは一つもなかった。
辛うじて、口伝の一部に残っているのを耳にしただけたったのに――。
ただ、この伝承はすべて男であるようだ。
紅き華である女とは別の存在なのだろうか。
ジェが鬼神を名乗る理由も知りたい。
ああも堂々と自身を鬼神だと名乗るのは、ほかにその兆候を持った人間がいないからだろうか?
それとも、既にその手にかけてしまっているのか?
そうなると、マドルが成そうとしていることにも支障が出る。
早急に、しかも正確な情報収集が必要だ。
報告書のほうへも手を伸ばしてみる。
そこには、泉翔の大まかな地図が描かれているだけで、ほかにはなにもない。
常に海岸で防衛されているため、島の中がどうなっているのかは知らないが、この地図によると、島のちょうど中心の辺りに城があり、その傍らには大きな森と泉があるようだ。
地図の裏側に、名前が書かれている。
『藤川』
これを描いたのが、この藤川というのだろうか?
この名前からすると、泉翔の人間のようだ。
ジェはどうやってこの地図を手に入れたのか。
いろいろと考えて総合するとこれらの書類は、泉翔から持ち出したとしか思えない。
ただ、ロマジェリカでさえも内部の事情まで調べきれないというのに、庸儀がそれを成せるのだろうか。
もう一度、書類に目を通した。
最後のページに、リュ・ウソンと名前が書かれている。
どうやら、この人物が書き出しをしたようだ。
名前には聞き覚えがある。
ジェの側近の一人だ。
(このリュというかたから、詳しい話しを聞き出すことが先決か……)
書類をもとに戻し、マドルが来た形跡をすべて消すと、兵たちにかけた暗示を解き、城をあとにした。
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