226 / 780
待ち受けるもの
第4話 若き軍師 ~マドル 4~
しおりを挟む
庸義とヘイトの国境からほど近い小高い丘の上まで、念のため側近を連れてやって来た。
ジェの率いる軍勢が、ヘイトに仕かけるとマドルに連絡があったのは二日前のことだ。
首尾良くヘイト軍をたたき、領土を奪えたならば、皇帝に庸義との同盟を進言するつもりでいる。
(表向き同盟とは言っても、実質は私の下にくだるだけ……使えるならば良し。使えなくても盾くらいにはなるだろう)
わざわざ自分で足を運ばず、誰かに確認に来させれば良かったのだけれど、マドル自身の目で確かめたかった。
鬼神であるというジェの闘いぶりと、その能力がどれほどのものなのかを。
「思ったよりも庸儀軍の規模が大きいですね」
側近の言葉にマドルはうなずく。
遠目で見ていても、ヘイトの軍勢と大きく差があるのがわかる。
(先日は国軍に問題があるようなことを言っていたけれど、なかなかの軍勢、ここから見たかぎりでは問題はなさそうか……)
側近に手渡されたスコープでジェの姿を探した。
前線で奮闘している兵たちの遥か後方で、屈強な兵士たちに囲まれて指揮をとっているのが見える。
流れてきた弓矢を時折、薙ぎ払う程度で、自身が戦闘に加わる様子はまるでみえない。
数分、その様子を眺めてからため息をつき、側近にスコープを戻した。
「結果を待つまでもなく庸儀が勝つでしょう。私は少し気になることがあるので先に戻ります。あなたがたはこのまま見届けて戻り次第、知らせに来てください」
「わかりました」
手にしたロッドを前方に向け、軽く振った。
先端にはめ込まれた濃紺の石からゆっくりと煙が流れ出し、白い馬へと姿を変え、それにまたがると丘をくだって走り出した。
(その姿はまるで紅い華が舞うように鮮やかに映える。その動きはまるで鬼が如く剣を振るい、先陣を切って戦場を駆け巡る)
以前、耳にした伝承では、そう言われていた。
記録は残ってはいないし、その伝承を受け継いできたものも、もう既に絶えた。
けれどマドルの記憶には、そのときの言葉がしっかり残っている。
ジェの戦場での姿は確かに映える。
風になびく長く赤い髪、それがゆえに、だ。
剣を振るおうともしない姿はイメージしていた鬼神の姿とはほど遠い。
そう感じるのは、長いあいだマドルの中で伝承を温め続け、本来よりもその存在に期待を膨らませ過ぎてしまったからだろうか?
蓋を開けてみたら、現実はこんなもので思ったほどの能力などないのかもしれない。
城へ戻ると、皇帝に気づかれないように部屋へ戻り、密かに諜報のものを数名、呼び立てた。
「庸儀のジェ・ギテの素性を三日のうちに、集められるだけ集めてください。少々急ぎますが、できるだけ詳細にお願いします」
「三日となると、古い情報を集めるのは少し難しいかもしれません。新しい情報からさかのぼれるところまででよろしいでしょうか?」
「そうですね、どのような経緯で、今の地位を確立したのかを重点にして集めてみてください」
「わかりました。では、三日後に」
そう言って出ていった諜報員と入れ替わるように、側近たちが戻ってきた。
「これはまた、ずいぶんと早かったのですね」
「マドルさま、やはり兵力に差がありましたので、かなり優位にことが済みました」
「今夜にも、ジェさまが意気揚々とおいでになるのではないでしょうか?」
マドルは軽く息をはき、椅子にもたれた。
「それも面倒ですね……あのかたの欲は強すぎて当てられる……少し気になることもありますし、私は三日ほど留守にします。ジェには同盟の件は抜かりのないよう進めるので、そのつもりで準備をしておくように伝えてください」
立ちあがると、衣装掛けからマントを手に取り、そのまま部屋をあとにした。
ジェの率いる軍勢が、ヘイトに仕かけるとマドルに連絡があったのは二日前のことだ。
首尾良くヘイト軍をたたき、領土を奪えたならば、皇帝に庸義との同盟を進言するつもりでいる。
(表向き同盟とは言っても、実質は私の下にくだるだけ……使えるならば良し。使えなくても盾くらいにはなるだろう)
わざわざ自分で足を運ばず、誰かに確認に来させれば良かったのだけれど、マドル自身の目で確かめたかった。
鬼神であるというジェの闘いぶりと、その能力がどれほどのものなのかを。
「思ったよりも庸儀軍の規模が大きいですね」
側近の言葉にマドルはうなずく。
遠目で見ていても、ヘイトの軍勢と大きく差があるのがわかる。
(先日は国軍に問題があるようなことを言っていたけれど、なかなかの軍勢、ここから見たかぎりでは問題はなさそうか……)
側近に手渡されたスコープでジェの姿を探した。
前線で奮闘している兵たちの遥か後方で、屈強な兵士たちに囲まれて指揮をとっているのが見える。
流れてきた弓矢を時折、薙ぎ払う程度で、自身が戦闘に加わる様子はまるでみえない。
数分、その様子を眺めてからため息をつき、側近にスコープを戻した。
「結果を待つまでもなく庸儀が勝つでしょう。私は少し気になることがあるので先に戻ります。あなたがたはこのまま見届けて戻り次第、知らせに来てください」
「わかりました」
手にしたロッドを前方に向け、軽く振った。
先端にはめ込まれた濃紺の石からゆっくりと煙が流れ出し、白い馬へと姿を変え、それにまたがると丘をくだって走り出した。
(その姿はまるで紅い華が舞うように鮮やかに映える。その動きはまるで鬼が如く剣を振るい、先陣を切って戦場を駆け巡る)
以前、耳にした伝承では、そう言われていた。
記録は残ってはいないし、その伝承を受け継いできたものも、もう既に絶えた。
けれどマドルの記憶には、そのときの言葉がしっかり残っている。
ジェの戦場での姿は確かに映える。
風になびく長く赤い髪、それがゆえに、だ。
剣を振るおうともしない姿はイメージしていた鬼神の姿とはほど遠い。
そう感じるのは、長いあいだマドルの中で伝承を温め続け、本来よりもその存在に期待を膨らませ過ぎてしまったからだろうか?
蓋を開けてみたら、現実はこんなもので思ったほどの能力などないのかもしれない。
城へ戻ると、皇帝に気づかれないように部屋へ戻り、密かに諜報のものを数名、呼び立てた。
「庸儀のジェ・ギテの素性を三日のうちに、集められるだけ集めてください。少々急ぎますが、できるだけ詳細にお願いします」
「三日となると、古い情報を集めるのは少し難しいかもしれません。新しい情報からさかのぼれるところまででよろしいでしょうか?」
「そうですね、どのような経緯で、今の地位を確立したのかを重点にして集めてみてください」
「わかりました。では、三日後に」
そう言って出ていった諜報員と入れ替わるように、側近たちが戻ってきた。
「これはまた、ずいぶんと早かったのですね」
「マドルさま、やはり兵力に差がありましたので、かなり優位にことが済みました」
「今夜にも、ジェさまが意気揚々とおいでになるのではないでしょうか?」
マドルは軽く息をはき、椅子にもたれた。
「それも面倒ですね……あのかたの欲は強すぎて当てられる……少し気になることもありますし、私は三日ほど留守にします。ジェには同盟の件は抜かりのないよう進めるので、そのつもりで準備をしておくように伝えてください」
立ちあがると、衣装掛けからマントを手に取り、そのまま部屋をあとにした。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。
Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。
それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。
そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。
しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。
命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─?
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる