蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
224 / 780
待ち受けるもの

第2話 若き軍師 ~マドル 2~

しおりを挟む
 ――その数カ月ほど前のこと。

 マドルのもとに、庸儀の国王が崩御したとの情報が入った。
 国王が亡くなったことで王族すべてが失脚し、全く血の繋がりのないものが新たな国王に収まったと聞いた。

 国軍も、前国王と縁の深かったものや忠義心の強かったものはすべて、処刑や失脚を余儀なくされたという。
 その混乱に乗じて一気に庸儀を攻め落とそうと、マドルは考えてた。

 庸儀ごときを落としたところで、所詮はロマジェリカと同じ枯れた土地。
 物資も食糧もさして増えはしないけれど、ないよりはマシだ。
 それになにより領土を広げることで、皇帝の信頼をより強固に得られる。

 その夜、進軍の準備を進めていると、外に妙な気配を感じとった。
 どうやらマドルを探しているようだ。

 城を出ると、その気配をたどってみた。
 わずかに離れた木立に人影が見え、追って行くと、いつの間にか城の裏手の森に入り込んでいた。

「あんたがロマジェリカの軍師かい?」

 待ち構えていた人影は、真っ白な衣服にフードを頭からすっぽり被っている。
 どうやら女のようで、マドルに向かって問いかけてきた。

 目を細め、答えずにその女を見すえていると、マドルに歩み寄ってきた。
 気配では五人はいるようなのに、茂みや木陰に隠れているのか、その姿は見えない。

「話しには聞いていたけど、本当にまだガキじゃないか」

 フードの女は首を動かし、舐めるようにマドルを見ている。

「とはいえ、ジジイよりはマシよね」

 フードからのぞいた紅く染まった唇が笑ったのか、吊りあがる。
 明らかにマドルを侮っているようで、さらに一歩、近づいてきた。
 マドルは手にしたロッドで地面を突き、広めの範囲で金縛りをかけた。

「どこの誰だか知りませんが、不用心が過ぎるのではないですか?」

 動かなくなった女に近寄ると、そのフードを剥ぎ取った。
 瞬間、思わず目を細める。
 痩身で身丈はマドルと同じ程度、ただ、あらわれた長い髪は燃えるように赤く艶やかだ。

「これはまた……ずいぶんと変わった容姿をされている……」

 まさかマドルが術を使うとは思っていなかったのか、あっさりと金縛りにかかった女は、忌々しそうな目つきで睨んでくる。

 後ろに潜んでいる気配も動けずにいる焦りを漂わせていた。
 マドルが指を二度鳴らすと、女はガックリと跪き、小さくうめいた。

「探し人は私で間違いないのですか? どなたかお探しなら呼んできますが?」

 ニヤリと笑ってそう言うと、女は動くのならば飛びかかって来そうな、強い視線を向けてきた。

「ああ、これは失礼。そのままでは口も聞けませんね」

 そう言って、今度は一度、指を鳴らした。

「ご存じないかもしれませんが、我が国では混血は忌み嫌われます。そのような目立つ赤い髪では引き立てられて問答無用で処刑されますよ」

 女の前にしゃがみ込むと、同じ目の高さで挑発的にそう言った。

「私はジェ・ギテ。庸儀の人間だ。混血なんかじゃない」

 低い声でうなるようにつぶやく。

「私の記憶では庸儀だけでなく、どの国にも赤い髪をしたものなどいないはずですが。どんなふうに血が混じれば、そんな髪色の人間が産まれてく来るのでしょうね?」

「私は鬼神だ! その辺のただの人間と一緒にするな!」

(鬼神――?)

 その言葉に動揺し、マドルの術が緩んだ。
 ジェはそれを見逃さず、即座に飛びかかってきた。

「おっと、今度は術はなしだよ」 

 背後に回り、短刀をマドルの喉もとに突きつけると、森の奥に向かい呼びかけた。

「あんたたち、動けるかい?」

 木陰から四人の男が出てきた。

「術師とは思いませんでしたね」

「まったくだよ。とんだ赤っ恥をかかせてくれたね」

 男たちは手にした縄で、マドルの両手を縛った。

「紅き華――」

 マドルがつぶやくと、ジェは、あらためて、まじまじとマドルを眺めてきた。

「深い青色の瞳、あんたがうちの国の部隊を壊滅させた、マドル・ベインに間違いないね?」

「私に一体なんの用です? 今は忙しい身でしてね。怨みごとならあとにしていただけませんか」

 その言葉に男の一人が反応した。
 短剣を抜くと、浅くマドルの頬を斬った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

主役の聖女は死にました

F.conoe
ファンタジー
聖女と一緒に召喚された私。私は聖女じゃないのに、聖女とされた。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...