蓮華

釜瑪 秋摩

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島国の戦士

第218話 苦渋 ~高田 2~

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 子どもたちが帰るのを見届けてから、全員が軍部へ集まった。
 結局、蓮華の印を持つものは一人もいなかった。

「やはりやつらがそうそう滅多な目に遭うことはないのでしょうな。早いものは、あと数日もすれば戻ってくるだろう?」

「あれだけの人数が印を受けながらも、蓮華は一人も出なかった。やつらは無事だということだ」

 継ぐものが出なかった以上、全員が無事に戻ってくると考えていいだろう。
 不安だった思いが少しだけ和らいだ気がした。

「ですが、全員が印を受けるなど、これは異常です。無事だなどと……」

 カサネが暗い面持ちでつぶやき、最後まで言いきる前に元蓮華たちの表情が変わったのを見て、言葉を濁した。

「確かにこれまでになかったことです。だからといって、そんな……まるでやつらが無事に帰ってくることがおかしいような仰りかたをするなんて」

 尾形が憤慨してそれに答えた。
 この件に関しては、どうも上層、神殿のものと、元蓮華の側の意見が相容れない。

 無事に戻ると信じている高田たちとは逆に、どうあっても戻らないと考えているように見える。
 歴然とした理由でもあるのだろうか。

「だいたい、こんな事態におちいったことに対して、ご神託なり占筮なり、なんらかの予兆はなかったのですか?」

「こちらに落ち度があってのことだと仰るのですか!」

 カサネが鋭い視線を尾形に向けた。
 普段は穏やかな人だというのに、今は別人のような表情を見せている。

「誰もそんなことは言っておりません。予兆はなかったのかとたずねているだけではありませんか」

「こんなことは初めてなのです! なんぞ不穏な予兆があったとしたら、それはシタラさまの件と、麻乃の件だけです!」

 ヒステリックに声を上げたカサネに、高田は違和感を覚える。
 これまでは誰も大きく反論もしなかった。
 多少の疑問を感じても口には出さずにいた。
 それが、この一言で、元蓮華たちの抱いていた不信感が一気に噴き出した。

「また藤川ですか? 確かにあの血筋は間違ったときには危険でしょう」

「凶兆のこともある。大陸でなにかあったときには一番不穏な要素を持っているでしょうが、まず藤川を疑ってかかるのはいかがなものでしょう?」

「ロマジェリカ戦でなにがあったにしろ、その後の戦果もこれまで同様というじゃないですか。藤川一人に固執していて、そのほかのことがおざなりになっているように感じますがね?」

「まったくだ。シタラさまの件も、島の調査についても、結果がまだ出ていないにしても経過さえ私たちは知らされてない」

 それぞれ口調は穏やかながらも向けている視線は厳しい。
 上層も神官も反論されたことでますますかたくなな態度を示した。

「経過は追って連絡はする。藤川の件にしても固執せざるを得ない状況ではないか。昨日の聞き取りで一般人を相手に抜刀した話しを聞いている」

「なにかがあったのは明らかであろう? 我々も、場合によっては排除を視野に入れて動かねばなるまい」

 不意に加賀野がこぶしで机を力強くたたいた。

「あんたがたがなにを聞いたのか知りませんがね、先だって藤川の件は、高田に一任すると仰ったじゃないですか! あれからまだ日も経ってないというのに、舌の根も乾かないうちに覆して、悪い情報だけ執拗に取り揃えて……あんたがたはこれまで一体、藤川のなにを見てきたってんですか!」

 あまりの勢いに高田は驚いた。
 本当ならここで怒るのは高田のはずだろうけれど、完全にタイミングを逃してしまった。
 止めようとつかんだ腕を加賀野は思いきり振りほどくと、さらに声を張り上げた。

「おまけに言うにことかいて、排除とはなんだ! 今、高田がどんな思いと決意でここに座っていると思ってるんだ! 俺は本気で頭に来ている……あんたがたのいうことなんざ、もう聞かん!」

 フーッと大きく鼻で息をついた加賀野の顔が真っ赤になっている。
 呆気に取られてその姿を見つめていたのは高田だけで、ほかの元蓮華たちは感心したように口々に同意している。
 肩をたたかれてハッとして振り返ると、尾形が加賀野を見つめたまま、二度、小さくうなずいた。
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