蓮華

釜瑪 秋摩

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島国の戦士

第217話 苦渋 ~高田 1~

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 泉の森の奥に、今年、洗礼を受ける十六歳の子どもたちが集まった。
 おおよその数で、五百を超えるくらいだろう。

 神殿から少し距離をおいたところにある拝殿で、地区ごとにわかれ、順番に祈祷を受ける。
 その中で実際に戦士としての印を授かるのは、三分の一に満たない数だ。
 今年はそれよりも少ないだろうと言われていた。

 泉の脇にある広場で、尾形たちほかの元蓮華や上層、神官たちと待機した。
 最初に入った東区の子どもたちの祈祷が済むと、巫女が印を受けたものだけを、広場へと案内してくる手筈になっている。

 最初の時点で、様子がおかしかった。
 子どもたちが、やけに不安そうな顔でざわついている。
 連れられてきた子どもの数は、入ったそのままの数だ。

「待ちなさい、印を受けたものだけを連れてくるはずだろう?」

 上層の一人が、先頭を歩いてきた巫女に問いかけた。

「はい、ですから印を受けたものたちをお連れしました」

「全員だというのか!」

 待機していた元蓮華たちがざわめく。

「おい、全員と言ったぞ?」

「一人も漏れることなく、印を受けたのか?」

「そんな馬鹿な……東区だというのに……」

 東区は商業区だ。
 これまでも職人や商人、農業など、さまざまな職業を目指す子どもが多く、印を受けるものの数も、ほかの区に比べて圧倒的に少なかった。

 今回も、戦士以外の夢を持った子どもが多かったはずだ。
 それが全員、印を受けたという。
 不安そうにしているのももっともなことだ。

「高田、おまえのところは今年、三日月は何人くらい出そうだ?」

「私のところは五人だろうと思っている。ほかのやつらのところはどうだろうな?」

 子どもたちの印を確認しながら、ほかの区に道場を構えている元蓮華の一人と、小声で話していた。

「東区の師範たちは驚くだろうなぁ、なにしろ、全員だ」

「いや、師範よりも子どもたちがかわいそうだ。それぞれが目指すものがあっただろうに……」

 皆が口々に話しを続けているあいだに、北区の祈祷も済んだようだった。
 東区のときと同じで、また、全員が連れられてきた。

 上層の数人がざわついただけで、今度は誰もなにも言わなかった。
 言わずとも感じていた。
 西区も南区も、全員が印を授かるだろう、と……。

「一体、なんだというのだろうな? こんなことは初めてじゃあないか?」

 背中合わせに印の確認をしていた加賀野がたまりかねたように声をかけてきた。
 黙ったままでいると、そのまま加賀野が続けた。

「……これだけの人数を補充しなければならないようなことでも起きるというのだろうか?」

「わからん。けれど、もう半数を確認しようというのに、蓮華の印は一人もいない」

 こんな状況の中、蓮華の印を持つものが出れば、騒ぎにならないわけがない。
 それがいまだ誰もなにも言わない。

「やはり凶兆が出たからと言って、やつらがそう滅多な目に遭うわけがないのだろうな」

 受け持った北区の確認を済ませた尾形が、西区の子どもたちが出てくるのを待ちながら、そう言った。
 西区の子どもたちが、巫女に案内されてきた。やはり全員だ。

 中に、高田の道場の子どもたちを見つけた。
 洸や琴子たち以外は、不安げな面持ちで高田を見ている。
 手招きをして手もとへ呼び、印を確認した。

 もしかすると、洸が蓮華の印を持っているかもしれない、そんな考えが頭をよぎったけれど、洸の受けた印も三日月だった。

「先生……僕たち、このまま戦士にならなければいけないのですか?」

 一人が小声でつぶやいた。
 洗礼が済んだあとは父親の職業を手伝う、と言っていた子だ。

「心配するな。印を受けたからと言って、必ずしも戦士にならなければいけない、というわけではないからな」

 肩口の印を確認してから、そう答えて頭をなでた。
 ほかの子どもたちも、それを聞いて、ようやく安堵の表情を見せた。

 実際、その気のない子どもには、ここから先の兵士としての鍛錬や訓練に耐えられるはずがない。
 さすがに上層でも、それをわかっていることだろう。
 そう考えると、無理強いをする必要もない。

 尾形のいうように、修治や麻乃たちに滅多なことが起こるとは思えない。
 けれど、加賀野がいうような、今年の洗礼で全員が印を受けなければならないなにが起こるのかがひどく気になる。

 不穏な思いは胸の奥でくすぶっている。
 それを口にしてしまうと、本当に起こってしまいそうな気がして、黙ったままでいた。
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