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島国の戦士
第216話 暗黙 ~塚本 2~
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花丘に着くと、まずは一番大きな店に入った。
この店の主人が、松恵と昔馴染みかどうかはともかくとして、この店には個室がある。
ゆっくり話すにはちょうどいい。
店に入ると案の定、松恵とおクマが待っているといって、二階の個室へ通された。
中では二人が酒を酌みかわしていた。
「さぁ、あんたたち、なにか知ってるんでしょ? なんだってこんな呼び出しがあったのか、とっととお話し」
苛立った様子で煙草を吹かしながらおクマが言う。
麻乃のこととなるとおクマの反応は尋常じゃなくなる。
麻乃の両親と親しかったから親のような気持ちでいるのだろう。
「さっきも言いましたけど、俺たちもちゃんと理由を聞いていないんですよ」
「何しろ先生が明晩の洗礼の件で、尾形さん、加賀野さんと一緒に出かけてしまってますし……」
ここへ来る前に市原と二人で詰め寄られたときの対応は決めてきた。
けれど、それで二人が引きさがってくれるかどうかは、また別の話しだ。
「あんたたち……適当なことを言ってごまかそうってんじゃねぇだろうな?」
おクマは、まるで地の底から響いてくるような低い声を発し、口調をも男のそれに変えた。
相当怒っているのが塚本にもわかる。
「軍部であんな立ち回りを見せられて、お二人を相手にごまかそうだなんて考えるわけがないじゃないですか」
「俺たちも、もう戦士じゃない以上は詳細までは知りようがないんですよ。高田先生にしても、どこまで知らされているかわかりませんよ?」
おクマは力強く煙草を揉み消すと、そのままもう一本に火をつけた。
松恵は黙ったままで、ジッとこちらを見すえている。
嘘はついていない。
隠しているわけでもごまかしているわけでもない。
小坂たちなら、もっと細かなことまで聞かされたかもしれないが、塚本も市原も高田から聞いたことだけしかわからない。
それにまだハッキリとわかっていることではないから、二人に話すわけにもいかない。
だから、ただ話さないだけだ。
テーブルを挟んで沈黙が流れた。
(ここ最近……こんなことばかりだな……)
おクマの手もとから紫煙が揺れるのを、なんとなくぼんやりと見つめていた。
そろそろ夕飯どきで、店の中が少しずつ賑わいをみせ、部屋の外を仲居が忙しなく動いている。
「まぁ……いいわ。あたしらは一般人だしねぇ。話せないことも聞かせるわけにはいかないこともあるってのはわかってるからね」
徳利をかたむけて、おクマが追加の酒を頼んだ。
「けどね、ほかのことと、麻乃のことは別。あんたたちがなにを隠そうとしてるのか知らないけれど、高田が戻ったら伝えといてちょうだい」
「そうョ、アタシらまで関わった以上は、最低限のことは話せ、ってね。昔からそういう約束なんだからサ」
「はぁ……そりゃあ、お二人がそこまでいうんですから、伝えますけど……あまり期待はしないでくださいよ?」
塚本はそう答えた。
松恵が諦めた様子で、もう帰っていいわよ、と片手をヒラヒラと振る。
「まだ帰らないんですか? 送っていきますよ?」
「アタシらはもう少し飲んで、明日、帰るからいいわョ」
正直帰りの道中も一緒だと、痺れを切らしたおクマに、また詰め寄られることになるんじゃないかと思って不安だった。
ホッとして立ちあがろうと、膝に手をかけた瞬間、塚本の左肩甲骨の辺りが、また、ビリッと痛んだ。
「っつ……」
今度は前より痛みが強く、思わず右手で揉み解すと市原も脇腹を抱えている。
見れば、松恵は右の二の腕を、おクマは首筋をさすっていた。
嫌な予感がする。
心当たりもある。
変な焦りを感じて市原のシャツをまくりあげると、脇腹を確認した。
(何もない……か)
「いきなりなにすんだ!」
驚いた市原があわててシャツを下ろして整え、少しムッとした顔を見せた。
訝し気にこちらを見ているおクマの首筋にも視線を走らせたけれど、なにもない。
(そうだよな、いまさら……俺たちだけならまだしも、おクマさんや松恵姐さんまで……あるわけがない)
「塚本! 行くぞ、早く来い!」
二人に頭をさげて先に部屋を出た市原が、階段から呼ぶ声が聞こえた。
この店の主人が、松恵と昔馴染みかどうかはともかくとして、この店には個室がある。
ゆっくり話すにはちょうどいい。
店に入ると案の定、松恵とおクマが待っているといって、二階の個室へ通された。
中では二人が酒を酌みかわしていた。
「さぁ、あんたたち、なにか知ってるんでしょ? なんだってこんな呼び出しがあったのか、とっととお話し」
苛立った様子で煙草を吹かしながらおクマが言う。
麻乃のこととなるとおクマの反応は尋常じゃなくなる。
麻乃の両親と親しかったから親のような気持ちでいるのだろう。
「さっきも言いましたけど、俺たちもちゃんと理由を聞いていないんですよ」
「何しろ先生が明晩の洗礼の件で、尾形さん、加賀野さんと一緒に出かけてしまってますし……」
ここへ来る前に市原と二人で詰め寄られたときの対応は決めてきた。
けれど、それで二人が引きさがってくれるかどうかは、また別の話しだ。
「あんたたち……適当なことを言ってごまかそうってんじゃねぇだろうな?」
おクマは、まるで地の底から響いてくるような低い声を発し、口調をも男のそれに変えた。
相当怒っているのが塚本にもわかる。
「軍部であんな立ち回りを見せられて、お二人を相手にごまかそうだなんて考えるわけがないじゃないですか」
「俺たちも、もう戦士じゃない以上は詳細までは知りようがないんですよ。高田先生にしても、どこまで知らされているかわかりませんよ?」
おクマは力強く煙草を揉み消すと、そのままもう一本に火をつけた。
松恵は黙ったままで、ジッとこちらを見すえている。
嘘はついていない。
隠しているわけでもごまかしているわけでもない。
小坂たちなら、もっと細かなことまで聞かされたかもしれないが、塚本も市原も高田から聞いたことだけしかわからない。
それにまだハッキリとわかっていることではないから、二人に話すわけにもいかない。
だから、ただ話さないだけだ。
テーブルを挟んで沈黙が流れた。
(ここ最近……こんなことばかりだな……)
おクマの手もとから紫煙が揺れるのを、なんとなくぼんやりと見つめていた。
そろそろ夕飯どきで、店の中が少しずつ賑わいをみせ、部屋の外を仲居が忙しなく動いている。
「まぁ……いいわ。あたしらは一般人だしねぇ。話せないことも聞かせるわけにはいかないこともあるってのはわかってるからね」
徳利をかたむけて、おクマが追加の酒を頼んだ。
「けどね、ほかのことと、麻乃のことは別。あんたたちがなにを隠そうとしてるのか知らないけれど、高田が戻ったら伝えといてちょうだい」
「そうョ、アタシらまで関わった以上は、最低限のことは話せ、ってね。昔からそういう約束なんだからサ」
「はぁ……そりゃあ、お二人がそこまでいうんですから、伝えますけど……あまり期待はしないでくださいよ?」
塚本はそう答えた。
松恵が諦めた様子で、もう帰っていいわよ、と片手をヒラヒラと振る。
「まだ帰らないんですか? 送っていきますよ?」
「アタシらはもう少し飲んで、明日、帰るからいいわョ」
正直帰りの道中も一緒だと、痺れを切らしたおクマに、また詰め寄られることになるんじゃないかと思って不安だった。
ホッとして立ちあがろうと、膝に手をかけた瞬間、塚本の左肩甲骨の辺りが、また、ビリッと痛んだ。
「っつ……」
今度は前より痛みが強く、思わず右手で揉み解すと市原も脇腹を抱えている。
見れば、松恵は右の二の腕を、おクマは首筋をさすっていた。
嫌な予感がする。
心当たりもある。
変な焦りを感じて市原のシャツをまくりあげると、脇腹を確認した。
(何もない……か)
「いきなりなにすんだ!」
驚いた市原があわててシャツを下ろして整え、少しムッとした顔を見せた。
訝し気にこちらを見ているおクマの首筋にも視線を走らせたけれど、なにもない。
(そうだよな、いまさら……俺たちだけならまだしも、おクマさんや松恵姐さんまで……あるわけがない)
「塚本! 行くぞ、早く来い!」
二人に頭をさげて先に部屋を出た市原が、階段から呼ぶ声が聞こえた。
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