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島国の戦士
第215話 暗黙 ~市原 6~
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「気安く触るんじゃないよ」
「とにかく、もう一度中へ……藤川の抜刀について、こちらはなにも報告を受けていない。その件をもっと詳しく話してもらいたい」
大会議室の中から出てこようともしない上層と神官を眺めて、松恵はフッと小さくため息をついた。
投げ飛ばされた上層もすぐに立ち上がったものの、また投げられるのは嫌だったのか、もう松恵に触れようとはしない。
地主の息子は自分の立場が怪しくなったと感じたのか、いつの間にか逃げてしまっていた。
「さっきから黙って聞いていましたけどね、一体なんだってんですかねぇ? 麻乃がなにかしたってんですか? 調子はどうだの様子はどうだのって、そんなことは、あたしらよりも、毎週顔を突き合わせていたあんたがたのほうが、良くわかってるんじゃありませんか?」
「そんなことはわかっている。それでもできるだけ多くのものから、最近の藤川の様子を聞かなければならないんだ」
松恵の言葉に腹を立てた一人が、憮然として言うと、松恵は腕を組んで睨み返している。
「ふ……ん、あたしにゃあ、寄ってたかって麻乃の粗を探して、陥れようとしてるようにしか見えませんでしたけどねぇ? あの子が西区に来てからこっち、柳堀じゃあ、さっきのような馬鹿な輩が大騒ぎや悪さをすることが減って、大助かりですよ。おかしなところなんてなに一つありやしませんねぇ」
「そうョ! 大体、なにがあったのか、それを聞いてどうすんのかさえアタシらは聞かされていないじゃない! あんな小さななりで、目一杯、頑張ってるってのに……あの子になにかしようってんなら、アタシらは黙っちゃいないわョ!」
「ま、どちらにしても、これ以上お話しすることは、なにもありませんよ。あんたがたも昔とすっかり変わられて……椅子ばかり温めてないで、少しはご自分の足で動いてみたらどうでしょうかね? そのうえでまだなにか聞きたいってなら、どうぞ柳堀まで足をお運びくださいな」
そう言うと、二人はかばんを手にして帰り支度を始めた。
これ以上は、なにを言っても無駄だと悟ったのか、上層も黙ったままだ。
「さて、あたしらは花丘で昔馴染みの顔でも見てから戻りましょうかね。熊吉、行くわよ」
松恵が塚本の肩を軽くたたき、意味深な目で市原を見た。
「この……その名前で呼ぶんじゃないって、何度も言ってるでしょうが!」
おクマも荷物を持ち出してくると、松恵に毒づき、二人揃ってにぎやかに帰っていった。
全員が見ている中、二人があれだけのことを言ってのけ、堂々と麻乃についたのを見て、隊員たちはホッとした表情を見せている。
(先生がたは隠しごとはするなと言ったが、庇い立てをするな、とは言わなかった。そして思っていることを問えと言った。どう対応したものかと思ったが、要するにアレでいいのか)
見れば小坂も杉山もうっすらと笑いを浮かべ、迷いのない目をしている。
バツが悪そうなのは上層と神官たちだけで壊れたドアを片づけるからと言って二手にわかれ、小会議室であわただしく聞き取りが済まされた。
身構えてきたぶん、拍子抜けしたけれど、執拗に細かいことまで聞き出されるよりはずっと良かった。
「あんな調子で、麻乃の何がわかるっていうんだかなぁ」
軍部を出ると、塚本が呆れた声でつぶやいた。
ここへ来るのも本当に久しぶりで、懐かしさも感じたけれど、今は嫌な場所としか思えない。
「要するに、シタラさまの件に絡んだ、説明ができないようなことの原因は、すべて麻乃に押しつけようって魂胆だろう?」
「婆さまこそ気味悪くておかしかったのに、そのことには触れもしなかったぞ。戻るかどうかわからない、おまけにあの血筋だ。責任を被せても問題ない、そんなところだろうな」
「だろうなぁ……なぁ、それよりどうする?」
市原が運転席のドアに手をかけると、塚本が助手席側で車の屋根に身を乗り出し、問いかけてきた。
「どうするって、何がだよ?」
「松恵姐さんに呼ばれたろう? 先生がいないってのに、あの二人に詰め寄られて、俺たち、無事に帰れるのか……」
「かといって、行かなきゃあとでもっとひどい目に遭わされる。諦めろ。先生が帰ってくるまで待っててくれるよう、納得してもらうしかないさ」
苦笑して運転席へ乗り込むと、塚本は大袈裟に大きくため息をつき、助手席に納まった。
「とにかく、もう一度中へ……藤川の抜刀について、こちらはなにも報告を受けていない。その件をもっと詳しく話してもらいたい」
大会議室の中から出てこようともしない上層と神官を眺めて、松恵はフッと小さくため息をついた。
投げ飛ばされた上層もすぐに立ち上がったものの、また投げられるのは嫌だったのか、もう松恵に触れようとはしない。
地主の息子は自分の立場が怪しくなったと感じたのか、いつの間にか逃げてしまっていた。
「さっきから黙って聞いていましたけどね、一体なんだってんですかねぇ? 麻乃がなにかしたってんですか? 調子はどうだの様子はどうだのって、そんなことは、あたしらよりも、毎週顔を突き合わせていたあんたがたのほうが、良くわかってるんじゃありませんか?」
「そんなことはわかっている。それでもできるだけ多くのものから、最近の藤川の様子を聞かなければならないんだ」
松恵の言葉に腹を立てた一人が、憮然として言うと、松恵は腕を組んで睨み返している。
「ふ……ん、あたしにゃあ、寄ってたかって麻乃の粗を探して、陥れようとしてるようにしか見えませんでしたけどねぇ? あの子が西区に来てからこっち、柳堀じゃあ、さっきのような馬鹿な輩が大騒ぎや悪さをすることが減って、大助かりですよ。おかしなところなんてなに一つありやしませんねぇ」
「そうョ! 大体、なにがあったのか、それを聞いてどうすんのかさえアタシらは聞かされていないじゃない! あんな小さななりで、目一杯、頑張ってるってのに……あの子になにかしようってんなら、アタシらは黙っちゃいないわョ!」
「ま、どちらにしても、これ以上お話しすることは、なにもありませんよ。あんたがたも昔とすっかり変わられて……椅子ばかり温めてないで、少しはご自分の足で動いてみたらどうでしょうかね? そのうえでまだなにか聞きたいってなら、どうぞ柳堀まで足をお運びくださいな」
そう言うと、二人はかばんを手にして帰り支度を始めた。
これ以上は、なにを言っても無駄だと悟ったのか、上層も黙ったままだ。
「さて、あたしらは花丘で昔馴染みの顔でも見てから戻りましょうかね。熊吉、行くわよ」
松恵が塚本の肩を軽くたたき、意味深な目で市原を見た。
「この……その名前で呼ぶんじゃないって、何度も言ってるでしょうが!」
おクマも荷物を持ち出してくると、松恵に毒づき、二人揃ってにぎやかに帰っていった。
全員が見ている中、二人があれだけのことを言ってのけ、堂々と麻乃についたのを見て、隊員たちはホッとした表情を見せている。
(先生がたは隠しごとはするなと言ったが、庇い立てをするな、とは言わなかった。そして思っていることを問えと言った。どう対応したものかと思ったが、要するにアレでいいのか)
見れば小坂も杉山もうっすらと笑いを浮かべ、迷いのない目をしている。
バツが悪そうなのは上層と神官たちだけで壊れたドアを片づけるからと言って二手にわかれ、小会議室であわただしく聞き取りが済まされた。
身構えてきたぶん、拍子抜けしたけれど、執拗に細かいことまで聞き出されるよりはずっと良かった。
「あんな調子で、麻乃の何がわかるっていうんだかなぁ」
軍部を出ると、塚本が呆れた声でつぶやいた。
ここへ来るのも本当に久しぶりで、懐かしさも感じたけれど、今は嫌な場所としか思えない。
「要するに、シタラさまの件に絡んだ、説明ができないようなことの原因は、すべて麻乃に押しつけようって魂胆だろう?」
「婆さまこそ気味悪くておかしかったのに、そのことには触れもしなかったぞ。戻るかどうかわからない、おまけにあの血筋だ。責任を被せても問題ない、そんなところだろうな」
「だろうなぁ……なぁ、それよりどうする?」
市原が運転席のドアに手をかけると、塚本が助手席側で車の屋根に身を乗り出し、問いかけてきた。
「どうするって、何がだよ?」
「松恵姐さんに呼ばれたろう? 先生がいないってのに、あの二人に詰め寄られて、俺たち、無事に帰れるのか……」
「かといって、行かなきゃあとでもっとひどい目に遭わされる。諦めろ。先生が帰ってくるまで待っててくれるよう、納得してもらうしかないさ」
苦笑して運転席へ乗り込むと、塚本は大袈裟に大きくため息をつき、助手席に納まった。
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