蓮華

釜瑪 秋摩

文字の大きさ
上 下
214 / 780
島国の戦士

第214話 暗黙 ~市原 5~

しおりを挟む
 高田の言ったとおり、翌日の午後、中央から呼び出しがかかった。
 ほかの師範たちに道場を任せ、塚本と二人で出向いてみると、すでに麻乃と修治の部隊の古参たちも姿がみえた。

 神殿の巫女に案内され、隊員たちとは別の小会議室に待機させられた。
 そこには意外なことに、麻乃と修治が演習をしたときに参加していた西区の道場の師範も何人か呼ばれていた。柳堀のものも数人いる。

 一体、なにごとかと彼らに問われたけれど、自分たちも良くわからないと答えるしかなかった。
 なにしろ部屋の片隅に見張るように上層と神殿のものが二人ずつ腰をかけているのだから。

 妙な雰囲気に、最初はしきりにいろいろと問いかけてきた師範たちも、黙りこくってしまった。
 シンと静まりかえった会議室に、掛け時計の秒針が進む音だけが響いてくる。

「参ったな。どんな基準で呼び出されてるんだ?」

「さぁな……けど、今、ここにいるのは、やっぱりロマジェリカ戦以降に麻乃に関わったメンツ……ってところか」

 塚本と隣り合わせに椅子に腰をかけ、小声で話した。
 時折、上層のものがこちらに目を向ける。

 背後の壁に、ドン、となにかが激しくぶつかったのと同時に、物凄い怒声が聞こえてきた。
 鈍い音と何人もの足音で、こちらの部屋まで震動が伝わってくる。

 一体、なにが起きたのかと止めようとする神官と上層をかわして、市原と塚本は部屋の外へ出た。
 隣の会議室にいた小坂たちも、今の音を聞いて廊下へ出ている。

「今のなんでしょうかね?」

「こっちの部屋の壁になにかが当たったからな。隣でなにかあったんだろうが……」

 小坂の問いかけに塚本が答えかけたその後ろで、隣の大会議室のドアがぶち破られて、なにかが転がり出てきた。

 驚きのあまり声も出せずにいると、腕に、腰に、足もとに、上層の連中を引き摺ったままの格好で外れたドアをゆっくりと踏みしめながら、おクマが出てきた。
 先に転がり出てきたのは、柳堀の地主の息子で、前に麻乃とやり合った相手だ。

「この……ごく潰しが!」

 低い声でおクマがうなる。
 先の壁の音は、おクマがこいつを殴ったせいだろうか。
 地主の息子は廊下の壁にもたれ、鼻血を拭いながら怒鳴った。

「なんだよ! 本当のことじゃねぇか! あの女、蓮華の癖に……一般人の俺を斬ろうとしたのは事実だろうが!」

「まずいな……あの件はおおごとにならないように、柳堀の連中が手を打ってくれたのに、ここで持ち出されたか……」

 サッと麻乃の隊員たちの顔が曇り、その隣で塚本が渋い顔でつぶやいた。

「お黙り! アタシや松恵の店でなにをしたのか忘れたっていうのかい! あのとき、てめぇがなにをやったか、それを言って見やがれ! さぁ! お言いよ!」

 上層のものたちが、必死で止めようと押さえているのをものともせず、地主の息子の目の前までくると、こぶしをバキバキと鳴らした。

「お止め! 熊吉!」

 こぶしが振りおろされた瞬間、大会議室の中から厳しい声が響いた。
 おクマのこぶしは地主の息子の顔を辛うじてそれ、耳をかすめて後ろの壁を砕いた。
 おクマを止めた声の主は松恵だった。

「その名前で呼ぶのは止めてちょうだいって、何度も言わせるんじゃないわョ!」

「まったくあんたは、ホントにいつも考えなしなやつだねぇ、これじゃあますます、麻乃の立場を悪くしちまうじゃないのさ……おや、あんたたちも来てたのかい?」

 壊れたドアをヒョイと飛び越えて、松恵が市原を見た。
 おクマは真っすぐに立つと、自分にしがみ付いている上層たちを振り払い、こちらをギロリと睨む。

「あんたたち、これは一体なんだってのサ! 呼び出されてきてみれば、麻乃が一体、なにをしたっていうんだい! あんたたち、なにか知ってるんじゃないの? え? 黙ってないでなんとかお言い!」

 市原は物凄い力で肩を突かれ、倒れそうになったのを塚本に支えられた。

「いや、俺たちはなにも……第一、こっちも呼び出されているんですから、なにがどうだなんて……」

「話しになんないわね! 高田はどうしたのサ!  こんなときになんでアイツはここにいないのョ!」

「先生は今は……」

 詰め寄られてたじろいだ背後で、またドスンとなにかが落ちる音がした。
 振り返ると、松恵が上層の一人を投げ飛ばしたあとだった。
 パンパンと手を払い、襟元を正している。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

処理中です...