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島国の戦士
第213話 暗黙 ~市原 4~
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「どういうおつもりでその結果を出されたのか、黒玉と偽って似た石を持たせたのかはわからん。なにしろ亡くなられてしまったわけだしな」
「おまけにやつらは既に大陸だ。こちらはなにも……なにが起きても知りようがない」
高田が抑え気味にはき出したため息と低い声が、嫌な想像を掻き立てる。
「私たちは今夜から中央で待機し、ほかの元蓮華とともに、二日後の洗礼に立ち合う」
「立ち合う? これまでそんなことは……」
「なかった。だが、カサネさまが仰られたのだ」
そう言って黙ってしまった高田の背中を、尾形が軽くたたいた。
その目は優しそうでいて、どこか悲しそうにも見える。
こんなにも、不安気にしている三人の姿を見たのは初めてだ。
先生がたも、歳を取られた……そんなどうでもいいことが市原の頭をよぎった。
咳払いが聞こえて我に返り、尾形の顔を見つめる。
「私の門弟も一人、出ているからな。考えたくはないのだが……次の洗礼で、蓮華の印を持つものが何人出るか確認するようにと言われている」
「な……何人って……それは戻らないって思っているということですか!」
これまで冷静さを保っていた小坂が、こらえ切れずに大声をあげた。
杉山と大石は沈みきった目でうつむいている。
隣に座っている塚本が「大丈夫だ。心配するな」とつぶやき、大石の肩をたたいてやっていた。
「その可能性もある、そういうことだろう。私たちは、やつらが戻らないなどと考えてはおらん」
尾形はそう言うが、やはり凶兆が出たともなれば、その不安が拭い切れないでいるに違いない。
「洗礼が済むまでは体が空かないが、ここへ戻り次第、今後のことについてを話し合っておかなければならない」
「今後のこと……」
「そうだ。こんな事態になって、なにもないことが一番だが、麻乃のことだけは、ほかとは別に考えなければならん。体は無事だったとしても、これまでと同様のままで戻ってくるとは限らないからだ。おまえたちもわかっていたのだろう? 麻乃の様子がおかしかったのは事実だ」
ここしばらくのあいだは、落着きを取り戻したように見えた。
やっと静まったところに、大陸でなにか起きてしまったら……。
昔から、麻乃になにかがあったときには自分で対処すると、高田は言い続けてきた。
修治もそれに同意していたし、古参の隊員も承知していることだ。
「修治のやつは早いうちから麻乃の様子を危惧していた。私も、もっと真摯に受け止めれば良かったのだが……あれも戻るかわからない今、残った私たちで、今後のことをしっかりと考えておかなければならないだろう」
「私たちが中央に詰めているあいだに、おまえたちは藤川のこれまでの動向について、なにか不審に思ったことや疑問に感じたこと、どんな小さなことでもいい、思い出しておいてくれ」
加賀野に言われ、三人は黙ったままうなずいた。
「市原、三人を詰所まで送ってやってくれ。塚本、おまえはこっちの運転を頼む」
塚本が立ちあがり、車の準備に外へ向かった。
「もう出かけられるんですか? 明日……多香ちゃんには……」
「多香子には、今度の洗礼の件で、加賀野とともに尾形さんのところへ出かけたと伝えておいてくれればいい」
「わかりました」
出かけていく高田たちを見送ってから、今度は小坂たちを西詰所まで送り届けた。
消沈したまま玄関をくぐっていく後姿を見ると、市原も切なくなる。
朝になって、三人がほかのやつらにどう話すのかと思うとやり切れない。
道場へ戻り、客間の片づけをしながら想像していた以上に事態が重いことを、改めて感じた。
(体は無事だったとしても、これまでと同様のままで戻ってくるとは限らないからだ)
高田の言葉が胸に響く。
これから、当分のあいだは、多香子がいなくなってから、塚本とともに昔の勘を少しでも取り戻さなければならないと、強く思った。
「おまけにやつらは既に大陸だ。こちらはなにも……なにが起きても知りようがない」
高田が抑え気味にはき出したため息と低い声が、嫌な想像を掻き立てる。
「私たちは今夜から中央で待機し、ほかの元蓮華とともに、二日後の洗礼に立ち合う」
「立ち合う? これまでそんなことは……」
「なかった。だが、カサネさまが仰られたのだ」
そう言って黙ってしまった高田の背中を、尾形が軽くたたいた。
その目は優しそうでいて、どこか悲しそうにも見える。
こんなにも、不安気にしている三人の姿を見たのは初めてだ。
先生がたも、歳を取られた……そんなどうでもいいことが市原の頭をよぎった。
咳払いが聞こえて我に返り、尾形の顔を見つめる。
「私の門弟も一人、出ているからな。考えたくはないのだが……次の洗礼で、蓮華の印を持つものが何人出るか確認するようにと言われている」
「な……何人って……それは戻らないって思っているということですか!」
これまで冷静さを保っていた小坂が、こらえ切れずに大声をあげた。
杉山と大石は沈みきった目でうつむいている。
隣に座っている塚本が「大丈夫だ。心配するな」とつぶやき、大石の肩をたたいてやっていた。
「その可能性もある、そういうことだろう。私たちは、やつらが戻らないなどと考えてはおらん」
尾形はそう言うが、やはり凶兆が出たともなれば、その不安が拭い切れないでいるに違いない。
「洗礼が済むまでは体が空かないが、ここへ戻り次第、今後のことについてを話し合っておかなければならない」
「今後のこと……」
「そうだ。こんな事態になって、なにもないことが一番だが、麻乃のことだけは、ほかとは別に考えなければならん。体は無事だったとしても、これまでと同様のままで戻ってくるとは限らないからだ。おまえたちもわかっていたのだろう? 麻乃の様子がおかしかったのは事実だ」
ここしばらくのあいだは、落着きを取り戻したように見えた。
やっと静まったところに、大陸でなにか起きてしまったら……。
昔から、麻乃になにかがあったときには自分で対処すると、高田は言い続けてきた。
修治もそれに同意していたし、古参の隊員も承知していることだ。
「修治のやつは早いうちから麻乃の様子を危惧していた。私も、もっと真摯に受け止めれば良かったのだが……あれも戻るかわからない今、残った私たちで、今後のことをしっかりと考えておかなければならないだろう」
「私たちが中央に詰めているあいだに、おまえたちは藤川のこれまでの動向について、なにか不審に思ったことや疑問に感じたこと、どんな小さなことでもいい、思い出しておいてくれ」
加賀野に言われ、三人は黙ったままうなずいた。
「市原、三人を詰所まで送ってやってくれ。塚本、おまえはこっちの運転を頼む」
塚本が立ちあがり、車の準備に外へ向かった。
「もう出かけられるんですか? 明日……多香ちゃんには……」
「多香子には、今度の洗礼の件で、加賀野とともに尾形さんのところへ出かけたと伝えておいてくれればいい」
「わかりました」
出かけていく高田たちを見送ってから、今度は小坂たちを西詰所まで送り届けた。
消沈したまま玄関をくぐっていく後姿を見ると、市原も切なくなる。
朝になって、三人がほかのやつらにどう話すのかと思うとやり切れない。
道場へ戻り、客間の片づけをしながら想像していた以上に事態が重いことを、改めて感じた。
(体は無事だったとしても、これまでと同様のままで戻ってくるとは限らないからだ)
高田の言葉が胸に響く。
これから、当分のあいだは、多香子がいなくなってから、塚本とともに昔の勘を少しでも取り戻さなければならないと、強く思った。
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