蓮華

釜瑪 秋摩

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島国の戦士

第211話 暗黙 ~市原 2~

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 ビリッと脇腹が痺れてさすりながら顔をあげると、塚本と目が合った。
 左肩を回してほぐしている。
 その目がなにか言いたげに見えて、首をかたむけてから周囲を見た。
 他の六人はなにも感じていないようだ。

「シタラさまが亡くなったことなのだが……」

 高田の声に、市原は我に返って膝を正した。

「このところ、シタラさまの様子がおかしかったようでな……この数カ月のあいだに接触のあったもの、それから先だってのロマジェリカ戦に関わったものに、神殿のかたがたから呼び出しがかかる。話しを聞きたいそうだ」

「上層ではなく、神殿から、ですか?」

「シタラさまと接触があった、というのはともかく、ロマジェリカ戦になんの関わりが……?」

 杉山と大石が高田に問いかけた。
 もっともな疑問だ、と思った。シタラと接触があったもの、というのなら、市原もその一人だと思うと他人事ではない。

「ちょうどそのころからなにかおかしいと感じられていたからだろう。それにもちろん軍の上層も関わってくる。併せて西区に限らず、島全体にも調査が及ぶ」

「シタラさまが亡くなったことで、島全体の調査、ですか? 大袈裟過ぎるのではないですか?」

 塚本が口を挟んだ。
 塚本自身もシタラと接触のあった身だ。
 市原と同様、他人事には思えないのだろう。
 高田が加賀野と尾形を横目で見た。

「シタラさまが亡くなられたのは、出航日前夜から朝にかけてだろうとのことだ。ただ……な」

「シタラさまの様子を見にいった巫女が、出航日の朝、発見したときには白骨化されていたそうだ」

 高田の言葉のあとを継いだ尾形の顔を、全員が黙ったままで見つめた。
 部屋の空気が、またさらに重くなった気がする。

「で……ですが、出航の前の晩までは生きていらっしゃったのですよね? それが一晩で白骨には……」

 大石の問いかけに、なりようがない、と答えてから高田は一息つき、三人それぞれの顔をジッと見つめた。

「なにかがあった、神殿のかたがたも上層もそう考えている。だからこその調査だ」

「さっき、ロマジェリカ戦がなぜ、関わりがあるのかと聞いたな? あの日の戦争が、これまでと違っておかしかったという話しは、多くの道場にも伝わってきている」

「そのときに、外部から干渉があったのではないか、どうも上の連中を含めて、神殿のほうではそう考えているらしい。シタラさまの亡骸も、白骨化しているとはいえ、医療所の先生がたにできるかぎり原因を調べてもらうそうだ」

 まぁ、まず何も見つからないだろうがな、と言って、尾形も加賀野もどこか納得のいかない顔をしている。
 三人ともそれぞれに、かつては部隊を率いて戦場に出ている身だ。
 簡単に外部から干渉されるなどとは思っていないのだろう。
 チラリと隣に目をやると、小坂は下を向いたまま難しい顔を見せていた。

「干渉と言っても……確かに敵兵の様子もおかしかったですけど、うちの部隊も安部隊長のところも、ほとんどのものが亡くなってます。残ったやつらに変な様子はないですし、新たに配属されてきたやつらだって、どこもおかしなところは……」

 反論しようとした杉山の表情が、ハッと曇ったことに気づいた。
 目の前の塚本も杉山の顔を見つめている。
 多分……今、ここにいる全員が、同じことを考えているのだろう。

(――麻乃か)

 思い返してみれば、おかしなことばかりだったじゃないか。
 麻乃の性格からして、大勢の隊員を失ったことも、自身が怪我で身動きできなくなったことも、気を沈ませる要因だっただろう。

 けれど、どう考えてもそれだけではない。
 なにがどうと、はっきり言いきれないなにかが引っかかっていたじゃないか。
 大怪我が、突然治ったこともそうだ。

 シタラに視てもらったときは、なにもないと言われたけれど、どちらか……あるいは二人ともに、なにかあったんだとしたら、なにもないと言うだろうし語らないだろう。

 そうなると麻乃の西区常任の件も、シタラは良い卦が出たと言ったそうだが、怪しいものだとしか思えない。

「けど、あの人の……ああいう部分は、もともとの気質で……すぐ落ち込むし、ことによってはカッとするし……」

「そうですよ。確かにあのあとの行動は行き過ぎた部分もありましたけど……だからといって、それが干渉されていたからだとは、思えません。なぁ、小坂、そうだよな?」

 黙ったままの小坂に、大石が身を乗り出して同意を求めた。
 小坂は小さくため息をつくと、杉山と大石にうなずいてみせてから、高田に向き直り

「それで、俺たちはどうすればいいんですか?」

 真っすぐな目でそう問いかけた。
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