蓮華

釜瑪 秋摩

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島国の戦士

第208話 出航日 ~高田 3~

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「高田のいうことにも一理ある。藤川は確かに術が効きにくい。嵌めようと思ったら、相応の準備を要するでしょう」

「第一、蓮華と言えど一介の戦士に、一晩で遺体を白骨にできるとも思えませんね」

「むしろ様子や行動のおかしかったシタラさまのほうが、なにか術に嵌まっていた可能性が高いのではありませんか?」

 直接関わったことはなくても同じ立場を経験したものとして、そのつらさも重圧も、隊員たちを失う哀しみも共有している。
 元蓮華のほとんどがカサネの言葉に理不尽さを覚えたようで、高田に賛同してくれた。

 上層部へ上がったものたちは、今はまた違った立場があるからか、高田たちとは考えかたも変わってしまったようだ。

「そんな……シタラさまは中央から出ることなどほとんどありません、それなのにいつ術にかけられるなどと……」

「でしたら藤川とて同じこと。あれもこの国から出ることはありません。それに先ほど高田の言ったとおり術には嵌まり難い。戦闘中であればなおさらでしょう」

「だが、藤川は特別だ」

 サツキと加賀野のやり取りに上層部の一人が割って入った。
 その言葉に場の空気が固まる。

 今、ここにいるすべてのものが、麻乃が鬼神の血筋であることを知っている。
 その力をうちに秘めていることも。
 握り締めた手が震えた。

「それがなんだというのですか。これまでも麻乃は十分過ぎるほどに、蓮華としての責任をまっとうしているはずです。あれの血筋がなんの問題を成すと……」

「漏れたそうじゃないか。大陸に」

「この状況で大陸に渡り、あの力を利用されるようなことになったら? 大陸の中でのみことが済めば問題はない。もしもそれをこの国に持ち込まれたら、泉翔は終わりだ」

 ここでそれを持ち出されるとは思いもしなかった。
 スッと背筋が寒くなり、高田は言葉に詰まる。

 大陸の中でことが済めば問題ないだなどと、それは麻乃に万一のことがあって大陸で利用されたとしても、この国に干渉されなければいいというのか。
 麻乃が命を落とすような事態になっても構わないというのか。
 どうにもならない怒りを、深く呼吸して辛うじてこらえた。

「そのときは……そのときには、私を含め、関わりのあるもので責任を持って対処します。昔から、常々そうお話ししてあるはずです」

 尾形と加賀野の心配そうな眼差しに、小さくうなずいて答えた。
 カサネは黙ったまま、ジッと高田を見つめている。
 その視線が会議室をぐるりと巡った。

「わかりました。麻乃については、高田さまにお任せすることにいたしましょう」

 まだ言い足りなさそうな上層部に、カサネがそう言うと、シズナとイナミが続けた。

「シタラさまのお亡くなりになられた原因などは、医療所の先生がたにより、手を尽くして可能なかぎりをお調べしていただくことになっております。葬儀についてはそのあととなるでしょう」

「皆さまにお願いしたいのは、五日後に行われる洗礼においてのことです。新たに戦士となる印を受けたものの中に、蓮華の印を持つものが、何名いるかを確認していただきたいのです」

 元蓮華の全員が愕然とし、そのうちの尾形を含めた数人が立ちあがった。

「確認とは……今度の洗礼で、蓮華の印を持つものが現れると……まさか、やつらが戻らないとでも思われているのですか!」

「ないこととは言いきれないと思っています」

 きっぱりと言いきったカサネの言葉に、なにも返すことができないでいるのは、誰もが心のどこかでそれを認めているからだろうか。

「洗礼までのあいだに、先のロマジェリカ戦に出ていたもの、シタラさまと接触のあったものを集め、事細かな状況など、話しをうかがいたいと思います」

「それと同時に、ありえないこととは思いますが、何者かが入り込んだ形跡がないかも調査をお願いしました。情報が入り次第、皆さまにもお知らせをいたしますが、皆さまのほうでも、なにかをつかんだ際には、速やかにお知らせいただきたいと思います」

 結局のところ、麻乃に関わった辺りがさらわれるわけか。
 この数カ月のあいだ、おかしかったのは事実で、説明のできないことがあったのも確かだ。

 それについて大陸からの干渉を、修治が危惧していた。
 市原が異様にシタラを遠ざけていたことも……。

 なぜそれらすべてを、もっと手を尽くして調べてみなかったのか。
 今となっては、もうなにもできやしない。
 ただ、無事に戻ってきてくれることを祈るだけしか……。
 見られている気配を感じて振り返ると、尾形と加賀野の視線とぶつかった。

(この二人には、なにもかもを話して知っておいてもらうべきだ……)
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