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島国の戦士
第207話 出航日 ~高田 2~
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「確かにうちの長谷川が、このところの組み合わせや今度の豊穣についても、なにかいつもと違うと申しておりましたが、凶兆とは一体どういうことですか!」
詰め寄る勢いに、巫女たちは飲まれて黙ってしまい、上層部が尾形をたしなめた。
「うちでも二人……安部と藤川が出ていますが、先だってシタラさまより、全員が黒玉の守をいただいたと申しておりました。凶兆に組み合わせたにもかかわらず、守を持たせた意味は一体、どういうことでしょう?」
「……黒玉? 全員がですか?」
「そう聞いております」
イナミは問いかけに首をかしげて考え込み、自分の袂から小さな袋を取り出すと、その中を確認している。
「今、神殿に保管されている黒玉は、すべて私が管理しています。鍵はずっとここへ。黒玉を使ったという話しはまったく聞いておりませんし、なにより保管されている数は八つもありません」
「ない……?」
「ええ、皆さまもご存じのとおり、黒玉は本当に稀《まれ》にしか見つかりません。それを、保管しているものも含めずに、八つも用意するのは難しいことかと思います」
「それじゃあ、やつらが持っていったのは、一体なんだったというんですか!」
一度はおさまりかけた尾形がまた憤りを見せたのを、高田は片手で制す。
ほかの元蓮華たちと違って、自分たちが大切に育てた弟子の話しだ。
不穏な状況の大陸へ渡るだけでも不安だというのに、組み合わせも行先も良くない兆しが出たなどと言われれば黙ってはいられない。
とはいえ、まずは呼ばれた理由を聞かなければ、先へ続く考えも浮かばないというものだ。
「黒玉については、私たちにはなんとも……ですが、今日の出航は止めたいと、できるかぎり急がせたのですが……」
カサネもやり切れない表情でうつむき、唇を噛み締めている。
「黒玉のことにしろ、この数カ月のシタラさまの行動には、巫女たちもわずかながら疑念を抱いていたようだ。それについて話し合われようとしたその矢先に、今日のことが起こった」
「今日のこととは、その占筮ですか?」
「確かに、凶兆とは穏やかではないが、我々が呼び出されるほどのこととも思えませんが」
上層の言葉に、数人の元蓮華が問いかける。
上層部も巫女たちも、なにかをためらうようにヒソヒソと言葉をかわしてから、カサネが顔をあげて震える声でつぶやいた。
「シタラさまの亡骸は、どういうわけか白骨でした」
「白骨……?」
「私たちが最後にシタラさまのお姿を見たのは、昨夜のことでした。出発に不備などはないか? と、しきりに今日の豊穣の儀を気にかけていらっしゃいました」
「それが今朝、自室からなかなか出ていらっしゃらないので、またお体が良くないのかと、中へ入ったところ、寝所に横たわっていたのは……」
シズナとイナミは今にも泣きそうなのをこらえながら、やっとそれだけを告げた。
昨夜の今朝で白骨にはなりようがないのは明白だ。
亡くなったのがそれ以前だとしたら、一体いつだったのか。
そしてこれまで誰もが見ていたシタラは、なんだったのか。
「麻乃が……」
カサネのつぶやきに、ハッと顔をあげた。
今、この場にいる全員が高田を見つめている。
「ここしばらく、麻乃の様子がおかしかったようですが、それはいつごろからだかわかりますか?」
「……それはどういう意味でしょうか? まさか、麻乃がシタラさまに仇をなしたとでも仰るのですか?」
「以前、神殿に立ち寄った麻乃を見たときに、なにかに干渉されている印象を受けました。敵兵に触れることの多い戦士の身です、なにか術を施されているようなことは……」
「馬鹿なことを! あれは術に対して耐性があります。それは西区の術師や、あれに術を施そうとしたものに問えばわかることでしょう! それが戦いの最中に、あっさり嵌るとは思えません!」
高田はカサネの言葉をさえぎって立ちあがった。
まるで麻乃がシタラを手にかけたかのような物言いに抑えようとしても憤りが収まらずに、声を張りあげて否定した。
「西浜でのロマジェリカ戦以来、麻乃は少々、過敏になり、不安定な状態が続いていました。ただ、それはあれのもともとの気質です。しかもあのときは多くの隊員を亡くしている……少しばかり気落ちしても当然でしょう」
詰め寄る勢いに、巫女たちは飲まれて黙ってしまい、上層部が尾形をたしなめた。
「うちでも二人……安部と藤川が出ていますが、先だってシタラさまより、全員が黒玉の守をいただいたと申しておりました。凶兆に組み合わせたにもかかわらず、守を持たせた意味は一体、どういうことでしょう?」
「……黒玉? 全員がですか?」
「そう聞いております」
イナミは問いかけに首をかしげて考え込み、自分の袂から小さな袋を取り出すと、その中を確認している。
「今、神殿に保管されている黒玉は、すべて私が管理しています。鍵はずっとここへ。黒玉を使ったという話しはまったく聞いておりませんし、なにより保管されている数は八つもありません」
「ない……?」
「ええ、皆さまもご存じのとおり、黒玉は本当に稀《まれ》にしか見つかりません。それを、保管しているものも含めずに、八つも用意するのは難しいことかと思います」
「それじゃあ、やつらが持っていったのは、一体なんだったというんですか!」
一度はおさまりかけた尾形がまた憤りを見せたのを、高田は片手で制す。
ほかの元蓮華たちと違って、自分たちが大切に育てた弟子の話しだ。
不穏な状況の大陸へ渡るだけでも不安だというのに、組み合わせも行先も良くない兆しが出たなどと言われれば黙ってはいられない。
とはいえ、まずは呼ばれた理由を聞かなければ、先へ続く考えも浮かばないというものだ。
「黒玉については、私たちにはなんとも……ですが、今日の出航は止めたいと、できるかぎり急がせたのですが……」
カサネもやり切れない表情でうつむき、唇を噛み締めている。
「黒玉のことにしろ、この数カ月のシタラさまの行動には、巫女たちもわずかながら疑念を抱いていたようだ。それについて話し合われようとしたその矢先に、今日のことが起こった」
「今日のこととは、その占筮ですか?」
「確かに、凶兆とは穏やかではないが、我々が呼び出されるほどのこととも思えませんが」
上層の言葉に、数人の元蓮華が問いかける。
上層部も巫女たちも、なにかをためらうようにヒソヒソと言葉をかわしてから、カサネが顔をあげて震える声でつぶやいた。
「シタラさまの亡骸は、どういうわけか白骨でした」
「白骨……?」
「私たちが最後にシタラさまのお姿を見たのは、昨夜のことでした。出発に不備などはないか? と、しきりに今日の豊穣の儀を気にかけていらっしゃいました」
「それが今朝、自室からなかなか出ていらっしゃらないので、またお体が良くないのかと、中へ入ったところ、寝所に横たわっていたのは……」
シズナとイナミは今にも泣きそうなのをこらえながら、やっとそれだけを告げた。
昨夜の今朝で白骨にはなりようがないのは明白だ。
亡くなったのがそれ以前だとしたら、一体いつだったのか。
そしてこれまで誰もが見ていたシタラは、なんだったのか。
「麻乃が……」
カサネのつぶやきに、ハッと顔をあげた。
今、この場にいる全員が高田を見つめている。
「ここしばらく、麻乃の様子がおかしかったようですが、それはいつごろからだかわかりますか?」
「……それはどういう意味でしょうか? まさか、麻乃がシタラさまに仇をなしたとでも仰るのですか?」
「以前、神殿に立ち寄った麻乃を見たときに、なにかに干渉されている印象を受けました。敵兵に触れることの多い戦士の身です、なにか術を施されているようなことは……」
「馬鹿なことを! あれは術に対して耐性があります。それは西区の術師や、あれに術を施そうとしたものに問えばわかることでしょう! それが戦いの最中に、あっさり嵌るとは思えません!」
高田はカサネの言葉をさえぎって立ちあがった。
まるで麻乃がシタラを手にかけたかのような物言いに抑えようとしても憤りが収まらずに、声を張りあげて否定した。
「西浜でのロマジェリカ戦以来、麻乃は少々、過敏になり、不安定な状態が続いていました。ただ、それはあれのもともとの気質です。しかもあのときは多くの隊員を亡くしている……少しばかり気落ちしても当然でしょう」
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